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「こんな言い方は、情が無いとあたしも思うが……難しいだろうね。祟り神が黄泉の国へおまえさんを連れて来たという事は、すなわち、契約が結ばれちまっているという事でね、こいつがとにかく厄介なのさ」
「契約……ですか?」
「そう。祟り神が一方的に結ぶ契約――『呪い』だね。だが、もし、それを人間の方から解こうとすれば、まず十中八九――そいつは死ぬね。解呪そのものもだけど、まず間違いなく祟り神に殺されるだろうね」
こ、殺されるのかい……。
心なしか青ざめつつ、竜伸は胸に浮かぶ疑問を重ねて女将さんに尋ねてみる。もう、こうなった以上、じたばたしても始まらない。
「祟り神は何のためにそんな事をするんですか?」
「この世界の――黄泉の国の神が、よその世界の人間を連れて来る理由は様々さ。ひどい話だけど、ほんの気まぐれとか、気に入ったからとか……ああ、惚れちまったからというのもいたな。
だけど、祟り神の場合は一つだけ――『依り代』にするためさ。鎮められるのを避けるのに祟り神が昔からよく使う手なんだよ」
「ええと……よりしろ? ……ですか?」
「そう。鎮めの方術や祭文から自分の魂を守りこの世に繋ぎ止めるためのね。
まあ、ようは魂を宿らせる入れ物だね。祟り神はね、よその世界でその『依り代』を見つけると、お土産よろしくそのままお持ち帰りしちまうのさ。
でね、問題なのは、話はここで終わりじゃない事なのさ。おまえさんには気の毒なんだが、あたしの話はここからが本番なんだ。
そもそも祟り神は、心を負の感情に喰い尽くされた事によって成った神でね。その負の感情って奴は、時として己の肉体をも喰い尽くしちまう事があるんだよ。
まあ、そこまで行くと祟り神という区分では、もう呼べなくなっちまうんだけどね……。で、それはともかくだ、あたしが言いたいのは、祟り神にはそういう事が往々にしてあるという事なのさ」
女将さんは、考え込むようにして言葉を続けた。
「で、いいかい? 神が宿った人を指して『依巫』と言うんだが、ここであたしは『依り代』と言っただろ。
『依り代』というのは神が宿った『物』を指すんだ。
つまりね、祟り神にとってこの呪いを掛けた相手の人間は基本『物』なんだよ。
何をしてもいい――荒ぶる負の感情の赴くままにその心や体を新たに喰いつくしてもいい――と言うね」
「じゃあ、あの祟り神は……」
「そう、鎮められるのを避けるために利用したおまえさんを、そのまま荒ぶる負の感情のままに食い尽くしちまう、つまり、殺しちまう可能性が少なからずあるという事さね。いいや、この言い方はずるいか」
女将さんの竜伸を見つめるその両の瞳が力を帯びる。
「……その可能性は、かなり高いよ」
つまり――『呪い』を解こうとしても殺されるが、そのまま従順に従っていても喰い殺される。
空元気を出して聞いてみた結果はこの通り。
全くもって世の中は理不尽だというほかない。
だが……と空元気の竜伸は、前を見据えた。
もう、じたばたしないと決めたのだ。そうとなれば、取るべき態度は一つだろう。
「祟り神の『呪い』を解く事って、どうしてもできないんですか?」
「うーん。祟り神自身が呪いを解くか、あるいは……おまえさん自身が祟り神を鎮めるしかないね」
「……祟り神が呪いを解いてくれる可能性は?」
「まず、無いね。それと、当事者以外は何をやっても無駄だよ。おまえさん以外の別の人間、例えばあたし達がその祟り神を鎮めようとしても依り代であるおまえさんが存在する限り鎮める事は不可能だ。下手に鎮めようものならおまえさんの中に逃げ込んじまう」
それと――と最後に決定的な言葉が女将さんの口から放たれた。
「こいつが一番肝心さ……もし、鎮めるなら次の満月が沈むまで。呪いがかけられてから迎える最初の満月――つまり次の満月が沈んだその時にこの呪いは確定しちまう。そうなると、祟り神自身にすらどうにもできなくなる。時間が限られているんだよ、とてもね」
(と、言う事は…………)
女将さんは、竜伸の視線に大きく頷いた。
――――無事に帰りたければ、どうあっても自分自身の手で祟り神を鎮めるしか選択肢は無いという事だ。
それも、次の満月が沈む前に。
あれ?
「次の満月っていつですか?」
女将さんは、壁に掛けられた日めくりカレンダーに目をやると物憂げに頬杖をついた。
「明後日さね」
明後日に上った月が沈むまで……実質、二日弱。
それまでに祟り神を鎮めればよい、と言う事。
しかし――――どうやって?




