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かさねが誘ってくれたその店は本当にすぐ近くだった。
歩道の二人がいた場所から五十メートルほど先の十字路。その角にあるのが、かさねが誘ってくれた店だった。
周りの建物から頭一つ高いそのモダンな建物は、十字路に沿ってゆるくカーブの付いた外壁をレンガ色のタイルに覆われた三階建てで、店はその一階にあった。
戸口の上に掲げられた看板には『金色堂ミルクホール』とあり、通りに面して配された引き戸と戸口の上部には、花鳥風月を象ったステンドグラスが配され、カウンターと丸テーブルのあるその店内は全てアール・ヌーボー調の内装で統一されている。
そして、天井から吊るされた控えめな照明の下を流れる蓄音器が奏でるジャズ調の音楽。
なかなか、居心地のよさそうな店だが客の姿は無い。
もうそろそろ店じまいなのかも知れない。
その証拠に、店内にいる店員と思しき長い黒髪を桜色のリボンでまとめた少女とおかっぱ頭の――どう見ても小学校低学年くらいの――女の子が床を箒で掃いたり、テーブルを拭いたりといった作業をしている。この二人もかさねと同じように着物に袴姿。そして、その上から肩かけの部分に羽のついたエプロンをしている。
二人が中に入ると、箒を持っていたリボンの少女の方が歓声を上げながら飛び出して来て、いきなりかさねを抱き締めた。
「も~心配したよぅ。戻って来たかと思ったら、ろくに手当てもせずにお店を飛び出して行くんだもん。女将さんは女将さんで『例会』に呼び出されて、なかなか帰って来ないしぃ……。かさねちゃんを襲ったのは祟り神だって言うしぃ……」
ほんわかした顔を曇らせ、その瞳にうっすらと涙さえ浮かべながら言い募る少女。
かさねは、そんな少女の肩をやさしくぽんぽんと叩いた。
「心配かけてごめんね。本当に大丈夫だから」
ホントにホント? ホントにだいじょうぶ? 少女は体こそ離したものの、しばらくかさねの肩を揺さぶっていた。が、竜伸の方を見て
「そうだ!」
いけない、いけないと呟きつつカウンターに向かって「女将さん、女将さん」と声をかけた。
少女の声に応えてカウンターから出てきたのは着物姿の女の人だった。
粋な格子縞の着物に頭の後ろで緩く纏められた艶のある黒髪と切れ長の目が特徴的な背の高い和風美人。
女将さんと呼ばれたその人は、かさね、そして竜伸の順でふたりの顔を見つめ、安堵の表情を浮かべて言った。
「おかえり、かさね。それと――」
女将さんは竜伸に向かってにっこりと微笑み
「初めまして、ようこそ金色堂へ。バタバタしちまってて、すまないね。あたしも外から戻って来たところなのさ。家の者がえらく世話になったようだね。今、店を閉めるからちょっと待ってておくれよ」
そして、「そら、店じまいだよ」と他の二人に声を掛けた。
声を掛けられた二人は「「はーい」」と女将さんに返事を返すと、手際よく、部屋の中央のテーブル席のみを残して他の椅子をテーブルの上に逆さに上げて行く。
そして、残された中央のテーブルには、すかさず料理の皿がコトリコトリと置かれた。
「ライスカレーだぁ!」
例のおかっぱ頭の小さな女の子が、歓声を上げる。
そんな女の子の様子に紅茶の入っていると思しき大きなポットを抱えた例のリボンの少女とかさねが顔を見合わせて微笑んだ。
程なくして、テーブルの上の準備が全て整い、最後に女将さんが、おかっぱ頭の女の子が「よいしょ、よいしょ」と閉めた表の引き戸に施錠する。
がちゃり、と音がして女将さんが振り返った。
「何はさておき食事にしよう。話はそれからさ」
ほら、おすわりよ、と女将さんが竜伸に傍の椅子を勧めてくれた。




