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初対面の女の子を下の名前で呼ぶのはいかがなものかと竜伸は思ったのだ。
が――
「名字……名字?」
かさねは、ぶつぶつと呟きながら首を捻った。
やがて、「あ、そっか!」と、ポンと手を打った。
「現世の国の人達は皆、名字があるんでしたね。私は屋号が『野乃崎』なんで役所に出す書類には『野乃崎のかさね』って書いてます。だから、『野乃崎』が名字の代わり……かな」
「屋号?」
「そうです。私の商売っていうか仕事が『日女の乙女』なんです。で、私の屋号が『野乃崎』。だから通り名が『野乃崎のかさね』。でも、仲間内では、皆から『かさね』って名前で呼ばれてます」
かさねは、不思議そうな表情で固まっている竜伸の顔を見てクスリと微笑んだ。竜伸の言わんとする事が何となく分かったのだろう。
「だから、竜伸さんも『かさね』って呼んで下さい。あと、名前の下に『さん』はいらないですからね。なんだかよそよそしいでしょ」
「でも、さっき俺を呼んだ時、かさねさん――いや、その、かさねは『さん』付けてなかったっけ?」
「竜伸さんは、いいんです。竜伸さん、竜伸さん……ほら、このほうがしっくりくるもん」
竜伸さん、竜伸さんとさらに何度か呟いてご満悦の様子のかさねに「いやいやいや」と竜伸は首を
振る。
「でも、歳だってもし俺が年下だった場合、失礼なんじゃ……」
「竜伸さんは、おいくつなんですか?」
かさねが竜伸の顔を覗き込むように尋ねた。
上目づかいに竜伸を見つめるすみれ色の瞳がいたずらっぽく光っている。
竜伸は、どぎまぎしつつ小さなため息を吐いた。
「十六歳……」
「ほら、同い年じゃないですか! 私も十六歳ですよ」
そうじゃないかと思ったんですよね……とかさねは、着物の袖をふりふりと振ってなぜかご機嫌な様子だ。
そのキラキラと光る瞳に見とれつつ竜伸は、今までの会話を反芻する。
現世の国。
日女の乙女。
自分と同い年の少女が営むという謎の商売。
そして、名字代わりだというその屋号……。
考えれば考えるほど頭の周りを無数のクエスチョンマークが乱舞する。
なんというか……と竜伸は胸の中で呟いた。街並みといい(そもそも、ここはどこなんだろう?)、この少女の話す内容といい不思議なことが多い。
まあ、何よりもあのイノシシとのやり取りからして信じられないのだけど。
(ともあれ、どうしたもんかな?)
うーん、と頭を掻く竜伸に、かさねが躊躇いがちに言った。
「あの……。このすぐ近くに私が住んでる場所というか家というか、そういうお店があって……その……竜伸さんに詳しくお話したい事があるんです」
それに――とかさねは慌てて付け加える。
「私より頼りになる人もいますよ。あと、そのお店は、一品料理と紅茶がとってもおいしいお店なんです。それに、あの……その…。わたし…………」
かさねは、顔を真っ赤にして俯いた。
「もう、お腹ペコペコなんです」




