[101]
「みんな、大丈夫かねぇ……」
晴れ渡った空。
古ぼけた旅行カバン片手に飛翔する袴姿の少女は、前を見つめたままぽつりと独り言のように呟いた。
傍らを飛ぶ男の子と女の子は、そんな少女の横顔を左右から見つめると小さく頷き合う。
「「比売神さまと女将さんたちだもん。大丈夫だよー」」
「…………」
そりゃぁ……そうだろうけどさ……。
と、空の彼方を見つめて少女は、口の中でもごもごと呟いた。
出発前から何度なく繰り返して来た会話だ。
そうなんだけど……でもさ……。
なんとも言えない表情で少女は、前方の空を見つめて、そっとため息を吐く。
そうしてしばし飛翔し続けていたが、
(うん、やっぱりダメだっ!)
少女は、ぐっと眉を顰め、意を決したようにそっと祭文を口ずさむ。
その途端、赤みを帯びたポニーテールが風を孕んで空に舞い上がった。
「「あぁ! ゆきのさん、はーやーいーっ!!」」
男の子と女の子の抗議を尻目に少女の飛翔する速度が、ぐんっ、と上がった。
それまで地平線の向こうに霞んでいた街並みが俄かに色彩を帯びる。
そして――
(やっと、着いた……)
ゆきのと呼ばれた少女が降り立ったのは、タイル張りの小さなビルの前。
足場が組まれ、工事中らしいそのビルの一階部分、店舗と思しき場所の戸口の上には、看板が掲げられている。
看板には、こうあった。
『金色堂ミルクホール』
うん……帰って来た。
ゆきのは、看板の文字を噛みしめるようにして見つめると、そっと目じりを指で拭った。
「「やーっと、追い付いたーっ」」
もーっ、ゆきのさんたらーっ!
と、息を弾ませる二人へ、ゆきのは、手を合わせて謝りつつ目の前の戸口を示す。
不満げだった男の子と女の子も、戸口へ視線を向けるとゆきのへ「「うんっ」」と頷いて息を吸い込み、互いの着物を指差し確認。
やがて、二人はゆきのに向けて再び大きく頷いた。
(このために急いで帰って来たんだ。ああ、気が急くね!)
ゆきのは、胸に手を当て深呼吸を一つすると、花鳥風月を描いたステンドグラスが嵌め込まれた引き戸へと手を伸ばし、
「みんな、あたいだよっ! ただいま――」
その取っ手を力いっぱい引いた。
が――
ガチャッ。
「「「?」」」
一同は、顔を見合わせる。
ゆきのさーん?
胡乱気な表情で左右から顔を覗き込んだ二人を
ちょ、ちょっと、タンマッ!
と、制してゆきのは、今一度深呼吸をする。
そして、「よしっ」と傍らの二人へ頷いてみせた。
では、気を取り直してもう一度――
「ただいまっ!」
ガチャッ。
一同は、再び顔を見合わせた。
何の事はない。
戸には鍵がかかっており、よくよく注意してその内部の気配を探ってみると、どうやら無人らしい。
「「ゆきのさーん……」」
ガッカリした表情を浮かべる男の子と女の子。
ゆきのもガックリと肩を落とす。
――が、鋭い視線と共に叫んだ。
「そこだぁぁぁぁ!!!」




