[1]
夕暮れ時が迫り、街は濃いオレンジ色の光に満たされていた。
絶える事のない人の波。
いつ来ても変わらないな、と少女は苦笑した。
少女の視線の先にある狭い通りは、彼女とたいして変わらないであろう十代半ばくらいの少女達で溢れている。
そんな彼女達の華やかな装いと自身の服装を見比べて、少女は少し残念そうに肩を竦める。
だが、服装以上に特徴的なのは、少女のその風貌の方だった。
外国人の血を引いているとおぼしき端正な顔立ちと透き通るような白い肌。二重まぶたの下のぱっちりとしたやさしげな瞳は澄んだすみれ色。ふんわりとしたショートボブの髪が黄金色に輝いている。
通りがかった人の十人が十人必ず振り返る完璧な美少女がそこにいた。
そして、その美少女が身に纏うのが、淡い水色の着物に濃い紫色の袴。
だが、別に卒業式の帰りという訳ではない。
これが少女の仕事着、ユニフォームなのだ。
――と、少女の髪が、ふわりと揺れた。
もうじき、この世界に夜が来ると風が告げていた。
少女は、袂から取り出した懐中時計と通りの向い側を交互に見て、そっと眉を顰める。
(ホントに比売神さまったら……)
通りの向い側には、比売神さまと少女が呼ぶ黒髪の童女がショーウィンドウ越しに、時折、少女の方を見ては、目が合うと慌てて視線を反らす。振り返るタイミングを見計らって、少女は懐中時計を顔の高さまで上げて指差した。掲げられた懐中時計を見るなり比売神さまは、「ダメ?」とばかりに甘えるような視線を送って来る。
そんな比売神さまに少女は、腕組みをして「ダーメッ!」とかぶりを振った。
すると、比売神さまはあと五分とでもいうように手を広げてみせる。
少女が、すかさず両手で×。
じゃぁ、三分! と比売神さま。
(もうっ!! そんな勝手なことばかり言うなら置いて帰りますよっ!)
少女が、両腰に手を当て「じとー」っと睨み据えると、比売神さまは「えーっ」と顔を歪めてみせる。 どこまで行ってもいつも通りの比売神さま。
が、諦めたのかしばらくすると……
通りの向い側、件の店のドアが開きフリルとレースだらけの黒いワンピースドレスに身を包んだ十歳ぐらいの女の子――少女が呼ぶところの比売神さまがやっと現れた。
ゴシックロリータファッションにいたくご執心のこの小さな女神さまは、少女とは対照的に顔は全くの和風。全体的にバランスよく目鼻の配置されている顔は、美しいというよりは可愛らしいという表現がぴったりだ。
「かさね、そなたもせっかちじゃのう」
せっかくここまで来たというに。
ぶつぶつ。
「祭りが始まっちゃうでしょ。比売神さまがいなかったら出来ないんですよ、祭り。真加部さんだって首を長くして待ってるだろうし」
「あんな口うるさい煤けた宮司は、待たせておいたらよいのじゃ。そもそも、買い物は、あれはどうじゃ、これはどうかのう、と迷うことこそ醍醐味ぞ。あの白のボンネット、あれこそわらわが探し求めていたもの。さっきの店で購うたワンピースがもう少し安ければのう。されど、このスカートは絶対に欲しかった故な……。さればこそ迷って時間を喰っておったのじゃ。それをそなたは――」
ぬけぬけと勝手な事をのたまう小さな女神さま。
かさねと呼ばれた少女は頬を膨らませると、ぷいっ、とそっぽを向く。
(そうよ、いつものことよ。そう、いつもの比売神さま。いつもの。あの時も、こないだも……。もう!! きぃぃぃぃ! 比売神さまのばかーっ!)
かさねは、大きく息を吸い込んで「ダメダメッ」とばかりにぷるぷると首を振る。
(だめだめ。落ち着いて、かさね。深呼吸……そうよ、深呼吸! 深呼吸!!)
すーはー。すーはー。すーー…………。
(…………。うん。やっぱり、ダメみたい)
「比売神さまっ!!!」