8話 仕上げ
2018,1/25 改稿
拠点の前に立ち、山を見下ろす。今日は珍しいことに、コンスィール山の天気は落ち着いている。
風は吹いておらず、空は晴れ渡っている。高くまで積もった雪が頭上に上った太陽の光を反射していて、思わず目を細める。
この数日間はずっと山を下りていたせいでアメミヤがどうしていたか分からなかったが、どうやら無事にサバイバルを終えることができたようだ。拠点内の彼の部屋にあるベッドで寝ていたのを見つけた。
かなり辛かったのだろう。普段ならば私が部屋の前に立つ辺りで目を覚ましていたのだが、起きることはなかった。
これがいつもならば説教をするのだが、今回ばかりは許してやろう。ただし、それは寝ている間だけであるがな。起きたらすぐに言ってやろう。寝ている間であろうと、相手は待たないのだからな。
拠点の中をちらと見る。暖炉のそばに立て掛けておいた二本の剣が窓から差し込む光を受けて光っている。
量産品でなく、しっかりとしたものだ。実戦向きと評すれば聞こえはいいが、飾り気のない正しい意味での剣と言えるだろう。
いろいろと厄介な用事が片付いた。冒険者ギルドについては、あとでまとめたものをアメミヤに渡しておこう。
特に勇者らについての情報は重要だろう。冒険者ギルドにも、そのうち関わってくるかもしれないからな。
ふ、と吐いた息が白く染まって流れていく。ほんの少しだけその場に残って、溶けるようにして消えていった。
それが今の自分に重なって、思わず笑いがこぼれる。それに後悔はないが、やはりアメミヤの行く先を見られないというのは悔しい。そう感じる。
自分らしくないな。こうも自分の感情に戸惑いを覚えるというのもなかなか経験のないものだ。
拠点の中に戻る。屋外とは異なり中は暖炉のお蔭で暖かい。いくら天候が良いからと言っても、ここは標高の高い雪山だ。
日が昇っていても気温はさほど上がらない。フリーデン王国はこの山と違ってかなり気温が高かった。いや、あちらの方が普通なのだろう。
明日の朝にでも、アメミヤを連れて卒業をするとしよう。
刃を潰した訓練用の剣ではなく、真剣を用意した。あとはアメミヤがこの五年間で私が教えた全てを使って戦うだけだ。
私が今までに経験してきたものを、文字通り全て教え込んだ。戦うための方法を、生き抜くための方法を、技術と知識で伝えた。
いや、全てではなかったな。アメミヤにはまだ一つだけ教えていないことがある。
言葉や知識で教えられるような簡単なものではないのだから仕方がないことではある。彼がこの先どのように生きるかによって、きっとそれは重要なものになるだろう。
しかし、そう心配するようなものでもない。これについては既に話をつけてある。
アメミヤの判断によって、冒険者ギルドのマスターが教えてくれる手筈になっている。
さて、日はまだ上ってはいるが休むことにしよう。寝るには時間がまだ早いが、外に出るにはかなり冷え込み始めてきた。
窓から外を眺める。今日は本当に珍しい日だ。未だに天候が崩れていない。むしろ更に良くなってきている。
部屋の奥で物音が聞こえた。恐らくアメミヤが目を覚ましたのだろう。今は天候が良くなっているが、サバイバルの間はかなりひどかったはずだ。
よく無事に生き延びることができた。それはしっかりと評価しなければな。その前に、いくら疲れているからとはいえ、他人の気配に気づかずに熟睡していたことについて話すこととしよう。
今夜は夜空が綺麗に見えるだろう。フリーデンで買ってきた土産を供にして話し込もうか。
明日についても、言っておかなければならないならないな。体調のことを考えるとなると、あまり夜を過ごすことはできないのか。
いろいろと話したいこともあるが、まずは食事の準備をするとしよう。フリーデンでかなりの種類の食材を買ってきている。
久しぶりの贅沢でもするとしようか。そうさね、ここじゃ滅多に食べられない野菜をふんだんに使ったものでも作るか。
「ずいぶんと気持ちよく寝ていたな、アメミヤ。流石にお前でもあのサバイバルは堪えたようだが、だからといって私が近くにいっても気づかないとはな」
部屋から出てきたアメミヤにそう声をかけながら、食事の用意を進めていく。用事を全て済ませた後にフリーデンの市場で仕入れた新鮮なものばかりだ。
ただ、この拠点にたどり着くまでの間に気温が低いためにうっすらと霜がついている。これについては仕方のないことだ。
料理をしている傍らで、暖炉のそばに座っているアメミヤに向かって話を続けていく。さきのだけで済ますつもりはない。
「確かにこの拠点は安全な場所ではあるが、絶対に安全な場所なぞほとんどない。いくらお前が実力を身に着けていると言っても、寝込みを襲われてしまえば意味がないだろう」
ある程度の量を切り終えたら、鍋の中に放り込んで暖炉の上に持っていく。
鍋の中には細かく切りそえられた野菜と肉類、数種類の調味料を入れてある。あとは水を注ぎ込んでしばらくは放置しておけばよし。
次の作業までには少し時間がある。他にも作るものはあるが、準備だけをして終える。
「さて、と。さっきから厳しいことを言っていることは分かっている。ただ、このサバイバルが終えたことで気が緩んだことは事実だろう」
隣に座っているアメミヤの頭を少し乱暴に撫でる。特に癖のないまっすぐな長髪をくしゃりとかきあげる。
「分かっています。そうですよ、サバイバルを無事に終えて拠点に戻ったことで緊張が解けました。サバイバルの中じゃ満足に寝ることすらできませんでした。ただ、これに文句を言うつもりはありません」
ここで何かしらの文句でも言ったものならば、さらに話すことを増やさなければならないと考えていたのだが大丈夫だったようだ。
そろそろ次のものも作っていこうか。鍋の蓋を開けて中身をかきまぜる。昔からこの料理を作ってはいるが、やはりこれくらい雑な方が楽でいい。
次の料理を作っている間に、明日の予定についてを簡単にではあるがアメミヤに話していく。
私が持っている、教えることができるものは全て渡せた。あとは、それらをお前が使いこなすことができるかどうかの確認をするだけである。
明日の早朝。そうだな、日が昇り始める少し前に、あとで話す場所に行こうか。
そこで、最後の試合をするつもりだ。お互いに全力を尽くして、持ちうる全てを使ったものだ。
「まぁ、少し格好つけた言い方をするならば卒業試験というものさ。ああ、使う剣についてだが、フリーデン王国の信頼できる鍛冶屋から買った二本の鉄剣を使うつもりだ。刃の潰していない真剣を使う。武器が変わったからといって怯えて動けなくなるようなことにはなるなよ」
私の卒業試験という単語に、アメミヤはかなり大きく反応していた。それについても色々と言いたいところではあるが、時間が経てば変わっているだろう。
出来上がったものをテーブルの上に並べていく。鍋に入れたものも大分いい感じに出来上がっている。
昔は仕事の合間にこれをよく使ったものだった。作った料理を皿に盛り分けていく。
ついでに買ってきた上質な酒もコップに注いでいく。酒といっても、貴族や金持ちが飲むようなワインなどではない。
ウィスキーの類だ。ただ、ほんの少しばかり度数の高いものであるが。
「これはな、見た目はかなり雑なように見えるが味はいいものだ。私もよくこれを作って食べていた。安価で味がいい。それに量だって十分だ」
冒険者ギルドがそれになる前の時代。古い時代を思い出す。あのときほど忙しい時はなかったな。
今夜はそれについても話すことにしよう。あの時代から生きている者は、もうほとんどいなくなってきている。
昔のことを教えることが大事であることもそうだが、一番はやはりこれだ。
私の跡を継がせるのだ。それならば知っていなければならない。
料理を口に入れる前に飲んだウィスキーは、ここ最近は飲むことのなかった強烈なものであったからなのか、酔いが思ったよりもまわる。
アメミヤにも飲ませたいものだが、明日のことがある。歳を重ねて、自分で買って味わってもらうことにしよう。
アメミヤのコップには酒ではなく、果実を絞ったものを注ぐ。特に何か味付けをされたものではないが、ほんのりとした甘味をきっと気に入ってくれるだろう。
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