4話 叶える手段 前篇
2017,12/26 改稿
この世界で、自分の常識の通じない新しい場所で。僕は自由を掴み取って生きて生きたい。
きっと、その望みを叶える道のりは険しく、危険なものなのだろう。
平和の中で生きてきた僕には、冒険者がどのように生きていくのか全く見当がつかない、けれどもそれは、命の危機が付きまとうものであることは容易に想像できる。今日かそれとも明日か。そんな人生を送るのだろう。
それでも、僕はこの世界で自由になりたい。自分の運命を自らの力で掴み取りたいのだ。だからこそ。僕は冒険者として生きていきたい。
その確固たる意志を、僕ははっきりと答えた。
優しい彼女は、この無知で幼稚で何もかもが足りていない僕の願いを叶えることを手伝ってくれると言ってくれた。
―――そして、時は今に至る。
エリス・エーデン。今や世界中に展開するようになった冒険者ギルドの一員であり、世界最強の一角である。
彼女の指導によって、冒険者となる為の修行を受けているのが現在の状態である。
エリスさんの基本的な方針は文武両道であり、知識も戦闘も可能になることを目的としている。
戦うことは誰にでもできる。知識を蓄えることは金を積めばできる。とは座学の授業始めに言われた言葉だ。
日によって、戦闘技術か知識を教わる。まれにその両方をすることもあるが、それは知識を実践で使うといったものだ。
これだけではない。他にも知らなければならない事は数多くある。そのため朝は日が上りはじめる前に起床し、周囲が明るくなるまでの間に戦闘技術の練習を行う。それからはエリスさんの指示に従って日が沈むまで修行だ。
夜の時間は基本的には自由時間である。寝るのも、夜食を作って食べるのもよし。拠点の周辺を散歩することも自由だ。ただ、遠くに行く場合は事前に声をかけなければならない。
基本的には、次の日に支障が出ない範囲ならば問題はないそうだ。日中に学んだことの復習ができることは非常に良いことだ。
ここ最近は座学で学んだ他種族のことについての復習に多くの時間を割いている。
それぞれの種族が持つ文化に言語、そして文字。それと宗教や国家の位置も、だ。
エリスさんの合格ラインはかなり厳しい位置にある。学んだことを全て覚えて及第点以下だ。それからが本番である。
文化や宗教は比較的簡単に合格を得ることができる。しかし言語、文字はそれらとは比べ物にならない程に難しい。
その種族が、違和感なく受け取れるような完成度でなければならないのだ。
つい先日にようやく二つ目の合格が取れたばかりである。最初に学んだ人族のものと比べて、どの種族も難しいものだ。
今夜は二つ目に合格したエルフ族の発音練習だ。母音が少ないその特徴的な発音を練習する。
明日は戦闘技術を学ぶ日だったはずだ。あまり夜更かししすぎない方がいいだろう。
ある程度の練習をしたら、寝てしまおう。そう考えつつ、基礎的な発音練習を繰り返していく。頭の中にあるイメージと現実が重なるまでひたすらに繰り返す。
基本を一通り復習し終えた時には、既に辺りは暗くなっていた。かなり長い間集中していたようだ。
急いで寝支度を整える。明日は近接戦闘に関してのはずだ。少し前に基本的な武器を使った戦闘技術を学んだはずだ。
恐らくは、それら武器と合わせた格闘戦を想定しているのだろう。まずは基本的な格闘術を教わることになるのだろうか。
何にせよ、今日はもう早く寝てしまうことにしよう。
もう既に日々の習慣になってしまったことであるが、日が昇りきる前に目が覚める。
朝はいつもならば戦闘技術の修行と決めていたが、今日は昨日からの続きをしようか。
基本的なことをしたのだ。ならば次はそれを問題なく使う事ができるようにするか。
日が昇きる前には朝食も取らなければな。時間はそこまでないが、少しでも復習して身に着けていきたいものだ。
朝の朝食はそこまで量は多いものでなかったはずだ。だからといって、遅れるつもりなぞない。
こういったもので遅れたらエリスさんが怒る。肉体的な罰や説教こそないものの、その日の修行の内容が非常に厳しいものへと変わる。
それだけは勘弁願いたいものである。
さほど時間が経たないうちに、朝食の時間が迫ってきていた。昨晩のうちに用意しておいた服装に着替えて、部屋を出る。
恐らく朝食を摂っている間に今日の予定の概要を聞くことができるだろう。
さて、と。今日の朝食はなんだろうか。ほんの少しだけ楽しみである。
既にテーブルの上には幾つかの料理が皿に盛られていた。
簡単なサラダ、この山では珍しい葉野菜がいくつかある。どこから取ってきているのだろうか。少し気になる所である。
主食としておかれているハーブなどで味付けけがされた肉を頬張る。肉本来の味に加えて、さわやかなハーブが食を進める。
「さて、今日はな。今までやってきた剣や槍といった武器を十全に扱うために戦闘技術を学んでもらう」
エリスさんも僕と同じメニューを次々と口の中へと入れていく。
「まだそこまで本格的なものはしないつもりだ。あくまでも、格闘戦をするのに当たってどういうことが必要になるのかを教えるつもりだ」
僕よりも少し遅れて食べ始めたのにも関わらず、既にそのほとんどを食べきっている。
中身のなくなった皿を部屋の奥に運んでいく。皿の表面を軽く洗い流し、水を張った桶の中に次々と入れていく。
「普段と同じ場所でやるわ。必要なものは私が用意するから支度を整えたら来なさい」
そう言って、部屋を後にしていった。
昨晩のうちに用意したものだけでは、もしかしたら足りないかもしれない。
いくつか適当に着替えと、そうだな。タオルでも持っていくことにしよう。それくらいならば、そこまで時間をかけずに済むだろう。
部屋に戻り目的のものを用意するのはさほど時間のかかるものではなかった。
さて、と。普段と同じ場所ならあそこだろう。特に起伏のない平坦な場所だ。武器を使った戦い方の練習もそこで教えてもらった。
既にエリスさんは準備を始めているようで、いくつかの道具や飲み物を分けている最中であった。
そこまで時間をかけていた訳ではないのだが、もう少し早くできたのかもしれない。
地面に置かれたものを眺める。手袋、もしくはグローブと言った方が正しいだろう。
他にもいくつか種類ごとに並んでいる。これは木剣か。ナイフのような小さいものから短剣と呼ばれるやや刃の長いものもある。
他にも紐のようなものが数種類ほどある。それぞれ長さも細さも異なっている。恐らくは触感も違うのだろう。
「来たか。予想していたよりも少し早いじゃないか。まだ準備が済んでいないから、終わるまでの間に体を慣らしておけ」
気になるものもあるが、まずは準備運動をしておこう。急に体を動かすことは体に負担を強いる。
実戦ではそうも言ってはいられないのだろうが、今の僕はその段階ではない。無茶をする余裕も資格もない。
準備運動といってもそこまで大仰なものじゃない。筋肉の筋を痛めないように入念にほぐしておくだけである。
分けられているものを見る限り、エリスさんはどうやら基本的なこと以外にもするつもりなのかもしれない。
「待たせてすまないね。準備は終わったし、早速始めていこうか」
どうやら用意したものの全てを分け終えたらしく、肩を軽く回しながらそう声をかけてきた。
「まず、格闘戦とは近距離での戦闘だ。リーチの長い武器は取り回しが悪くなり、相手の攻撃が早く届く」
ここまではいいね、と確認を取ってくる。
確かにそうだ。いくら間合いの中だとはいえ、得物が長ければ長いほど扱いは難しいものになる。
以前の武器の修行では、特に長剣や大剣といった類のものは著しく効果が下がることを体験した。
「分かっているようだね。経験と技術があれば、そういう状態に陥っても大きな支障はない。なぜならそれは動けるからだ。どうすれば状況を変えることができるかを判断できるようになっている」
だから、と付け加えて続ける。にやりと口の端を持ち上げる。
「最初に基本的な動きを教える。基礎中の基礎さ、そこまで時間はかけないから死ぬ気で物にすることだ」
基礎か。文句などない。僕は未熟の身であるし、基礎の大切さをよく知っている。
「時間が許すまでの間は幾らでも教えてやる。体に直接だがな」
優しい人だ。決して見捨てることはしない。あとは必要なのは僕の努力だけだ。
そう、今までもそうだ。座学も戦闘技術の習得のときも。
身体に直接覚えるしかない。この時間で、全てを覚えるつもりでいこう。今日の夜の予定は今日の内容の復習で決まりそうだ。
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