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3話 出会い、決断 後編

2017,12/14 改稿

僕の話しを聞いたエリスさんはつぶやいた。今まで会ってきた彼ら、と確かにそう言った。

エリスさんは僕のような人たちと過去に出会っている。

それならば。その触れたらはらりと壊れてしまいそうな希望を抱いてしまう。

「ここは、どこですか」

喉から出た言葉は、自分から発したものとは思えないほどに震えていた。自分でも、分かっているのだろう。それでも、それを信じたかった。

エリスさんは、僕の目をしっかりと見つめて、聞きたくなかった答えを言った。

「ここはコンスィール。この山に入った者は、厳しい環境に淘汰される運命を持つ世界でも五本の指に入る危険地帯よ」


コンスィール。有名所の名前しか知らないが、コンスィールなどという山の名前は知らない。聞いた覚えも、どこかで見た覚えもない。

ここは僕の知っている場所なのだろうか。その考えが脳裏によぎる。考えたくないことだ。

そんな僕の状態を見て、エリスさんの言葉はさらに続く。

「その様子だと、やっぱり知らないようね。普通に生きてきたものなら、知らないことはないはず。やはりあなたは彼らと同じ場所の出身なのか」

その言葉は、僕の淡い期待を砕くのに十分すぎるものであり、混乱させるものだった。

ここは未知の場所で、僕はここを知らない。

「知識を持たない者は二人いる。一つは孤児か、それに似た境遇のもの。そして片方は、この世界を知らないで歳を重ねた者たちだ」

後者の大半は、どこかの大国で勇者として祭り上げられてきた者たちだ。そう、付け加えた。


その言葉を聞いて、内容を理解することはできた。しかい、その意味を理解することはできなかった。いや正確にはそれをすることを拒んでいる。

僕の慌て具合を見て、エリスさんはカップに飲み物を注いでいく。注がれた液体の色や匂いからして、紅茶の類だと思われる。

湯気を上げるそれを、ゆっくりと口にしみこませていく。じわりと、口の中に柔らかな味が広がっていく。

ハーブか何かだろうか。そういうことは分からないが、思考が落ち着いていく。

「私は、私が今までに会ってきたなかで後者の者たちに出会ったことがある。彼ら彼女らは総じて君と似た容姿だった。黒曜の髪に瞳、君と同じだった」

僕と同じ見た目。黒い髪に瞳。それは間違いなく日本人だろう。日本人がこの世界に生きているという紛れもない事実だ。

これは新たな希望であると同時に、僕を打ちのめすものになる。

もしかすると同郷の人に会えるかもしれない。

そして、多分あの時の教室に現れた不思議な模様は僕たちを勇者として呼び寄せるものだったのだろう。

気になるのは、どうして僕だけがこんな場所にいるかということだが。今はそこまで問題ではない。

「その反応を見る限り、君も、君を含めた他の人たちも勇者として呼ばれてきたのかもしれないわね。そうだとすると、気になるのは本来は儀式を行った場所にいるべきはずの対象がここにいることだ」

勇者として呼び寄せられた、か。エリスさんが言うことのほとんどに間違いはないだろう。

ただ一つを除いては。僕のような人間が勇者なぞなれるはずがない。

本来いるべき場所。それは勇者になれる人間のみがいることができる所なのだろう。そして僕は勇者に相応しくないと判断された、と。

「僕はそんなものにはなれないし、選ばれることはない。廃棄されて当然なのだろう」

脳裏に浮かぶは、人間として能力が高く、将来性があり、協調性もある彼ら彼女らの姿だ。


「私はねアメミヤ・シグレ―――つまりは君のことだが、不要な人物ではないと思っているよ。どこの場所でも必要であるから存在しているのだと、私は考えているからね」

自嘲的な笑いを浮かべながら、そうつぶやいた僕の目を覗き込んでそう強く話す。

僕の顔を見つめながら話す彼女の瞳には、今にも泣き出してしまいそうな情けない顔を自分自身の姿が映っていた。

そうだとしても、だ。勇者として選ばれていない僕は、何一つ知らないこの世界でどうやって生きていけばいいのか。全く見当もつかない。

勇者として召喚されていたならば、こういった考えも抱くことはなかったのだろうか。いや、前提が成り立たない時点でその考えに何の意味もない。

「君はこの世界で自由に生きていくことができる。勇者として召喚されていないからと言って、生き方が固定されることも、ましてや生きることが許されないことはないのだからな」

鬱々とした考えに止めを入れるかのように、エリスさんは言葉を続ける。

「勇者でないのならば、それは正しい意味で君は自由になれる。国に束縛されることなく、使命に身を縛られることなく」

生き方を自由に決めることができる。その言葉は、僕の意識にすとんと入った。

“自由”。状況に縛られることも、他人によって自分の行動が制限されることもない。

この世界で僕は、どんな存在になれるのだろうか。あのクラスで、いいや、僕の世界で、僕は無力だった。

周りから苛められることを誰も止めてくれはしなかったし、抵抗することもできなかった。

そしていつしか、自由を諦めていた。自分には手に入れることができないものだとして。どうしようもないことなのだと、現実から目を背けた。

「今、君は自由を望んでいるのだと私は思っているよ。何かしら理由があって、君はそう思うようになったのだろう。私にはそれは分からないが、君は君が望むものを得ることができるものを知っている」


「一つはこのまま何事もなく、どこかの街か王都に降りて住民として生活すること。

商人としてか、それともどこかの店で働くか。いずれにせよ、そういう生き方になる。

それとも、私と同じように自由を信条に掲げる冒険者となるか、だ」

指し示された選択肢は二つ。市民として生きるか、それとも冒険者として生きるか。

「日々を安全に生きることができて毎日を平凡に過ごすか。冒険者となり自らの力で自由を掴み取って生きるか。私は君がどちらの選択肢を選んでも私は手助けをしよう」

答えは、既に決まっていた。

「僕は、自分の力で生きていきたい。誰かに屈することなく、道を切り開く力が欲しい」

だから、冒険者として生きていく。

彼女の目を見ながら、僕は僕の意志でそう答えた。

目の前の女性の瞳には、先ほどまでの情けない少年の姿はもう映っていなかった。




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