1話 見知らぬ場所
2017,10/16 改稿
強烈な眩暈と頭痛を感じながら俺は目を覚ましたのだった。頭を押さえながら、気を失う前のことを思い出そうとする。
確か、教室で国語の授業の時にいきなり頭痛と眩暈がして……。だめだ、これ以上は思い出せそうにないな。思い出そうとしても、頭痛がひどくなってまともに考えられない。
辺りを見渡すと、そこは見知らぬ場所だった。先までいた馴染みのある木張りの床やガラス窓はなく、目の前に広がっているのは冷たい雰囲気を放つ不思議な模様が刻み込まれた石壁だった。
壁だけじゃない。床も天井も、この部屋は石材で作られている。基本的にはどの石材にも同じ模様が彫られているのだが、幾つかはそれとは違うものが彫られているのもある。
部屋の中央は一段高くなっていて、段ごとによく分からない模様が描かれている、
俺の他にも、目を覚ました友達もいるようだし、今は話し合うくらいしかできないようだ。
目を覚ましていない奴もいるが、声をかけて揺さぶっても反応がない。自然に起きるまでは放置をするしかないようだ。呼吸もちゃんとしているし、大丈夫だろうし。
続々と目を覚ましてきたクラスメイトと話をした結果分かったことがいくつかある。
全員が共通しているのは、目を覚ましたらここにいたということ。そして誰もこの場所を知らないということだ。
みんなも同じように、教室のことを思い出そうとすると頭痛がひどくなるようだ。
最後に高橋先生も目を覚ましたようで、数人の生徒たちと話し合っているようだ。
先生の話しを聞いてみると、誰かを探しているようだ。先生もこんな状況で参っているのかもしれない。俺のクラスに雨宮時雨なんて男子生徒はいない。
高橋先生も落ち着いたようで、クラスのみんなを纏め始めた。俺が起きてからかなりの時間が経ったと思うが、部屋に変化はなかった。
不安で騒ぎ始めていたみんなを高橋先生が収めながら、これからについて話し合うことになった。その中でも先生は相変わらず男子生徒がいない。そうしきりに言っていたが、そんなことはないはずだが。
先生も冷静になっているようで、やっぱりこの状態に混乱しているようだ。俺たちが先生に甘えっきりでいたら先生も大変だ。なるべく先生の負担にならないようにしよう。
先生の話しも一度区切りがついたようで、友達どうしで話し合っているのも多い。最初よりも心にゆとりができたのか、それなりにざわつき始めてきた時だった。
今まで閉め切られていた扉があけ放たれた。
扉の先には、淡い青色の高そうなドレスに身を包んだ若い女性と、その人を取り囲むようにして立っている男の人たちだった。
男の方は、縁に装飾の施された金属製のようにみえる胸当てやヘルメットをしていて、しかも腰には鞘にこそ入れられているもののサーベルだろう刃物が付けられていた。
その女性の美しさによる興奮を一気に消し去る勢いで、その情報が頭で瞬時に理解された。
ややざわめきつつあった状態から、その男たちによって俺たちがパニックを起こしかけた瞬間、女性がその場所から一歩進み話し始めた。
叫び声を上げる瞬間を完全に逃した俺たちは、目の前のドレスを着た女性が話すことを、ただ静かに聞くことしかできなった。
その女性―――最初に自己紹介をしてくれたおかげで名前は分かった―――名をフィル=エスト=メイリスは、俺たちを召喚した王国の王女らしい。
「驚かせてしまい申し訳ございません。この方たちは、私の付き添いで来てくださっている騎士団の人たちです」
そ、と頭を俺たちに下げながら。メイリス王女はそう言った。
まだ俺たちは理解できていない。この状況を、目の前で起きていることを、理解することができていない。
―――召喚。王国。王女。騎士団。
メイリス王女の口から出た言葉は、耳から入り、そのまま”それ”として情報を記録されていくだけだ。
だって、誰だって分からないことには戸惑うものだろう。
俺だけじゃない。近くにいる友達も、集団で集まっている女子たちも。そして高橋先生も。
「これについての詳しい話は少し落ち着いてから話をさせていただきたいと思っています。今は、ここから出て明るい、暖かな日の光は入る場所に行きましょう」
最後の言葉を、王女様は美しい笑顔と共に終わらせた。
騎士団と呼ばれた男の人たちに、一言二言と言葉を交わしたあと。
王女様は準備があるからと言って、先に行ってしまった。この部屋には、俺たちと男たちが残された。
彼らは、その見た目からは想像がつかない丁寧さで俺たちを目的の場所にまで案内してくれた。床一面にやや暗めの赤色の絨毯が敷かれたその部屋は、外から差し込む光は暖かく、部屋にある柔らかなソファによって俺たちを癒してくれた。
部屋に入ってすぐは、みんな緊張して何もしていなかったが今はくつろいでいる。
そういう俺も、友達とソファに集まって話し合っている。
話している内容は、至って普通のことだ。さっきの王女様が綺麗だったや、スタイルが良かったとか。騎士団と呼ばれていた男の人たちの体つきがすごかった。
先まで切れそうなほどに張りつめていた緊張の糸が緩んだからなのか。仲のいい集団で集まってくつろいでいた。
高橋先生だけは変わらず、緊張した表情でソファに腰かけていた。背筋を伸ばした座り方で、両手を膝の上に乗せて硬く握りしめていたのが見えた。
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あまりに激しい頭痛と全身の痛み、そして寒さから僕は目を覚ました。
身体を起こして辺りを見渡すと、どうやらここは外のようだ。問題は外と一言で表しても、平原でも森の中でもない。
僕が目を覚ました場所は、雪山であった。無意識のうちに呼吸が浅くなっていて、呼吸がしづらい。もしかすると、標高はかなり高いのかもしれない。
幸いなことに、まだ風はそこまで強く吹いておらず、雪も降っていない。頭上に日が昇っていることをしっかりと確認できる。
少なくとも、この状態で遭難ということにはならずに済みそうである。今は、ではあるが。
天候が安定しているからと言って安心することはできない。山の天気は変わりやすい。それが雪山ならば、なおさらだ。
いつこの状態が崩れるか分からない現状、できる限り風や雪をしのげる場所を探したいところだ。
天候だけじゃない。野生の動物の危険もある。いるとは分からないが、ここは雪山だ。考えておく方がいいだろう。
取り敢えずは歩くしかなさそうだ。周囲を見渡しても、前方の山以外は何も見えない。
依然、体は痛む。それでも行動しなければならない。遅くてでもいいから安全な場所は見つけたほうがいい。
空は未だ青いままである。風は吹いていない。この理想の状態が、どこまで続いてくれるのか……。今は、ただ歩こう。
あれからどれくらい歩いたのか。やはりあの時に早めに行動を始めていたのは正解だった。
懸念していた天気の崩れは、思っていたよりも遅かったものの、やはり起きてしまった。
ただそれでも。それなりに安全な場所の付近で天気が崩れたことは良かった。これが先まで歩いていた時に起きていたら、きっとこの場所にはたどり着くことはできかなかっただろうから。
崖の窪み、といっても僕の体を隠すには十分すぎるそれから外を眺める。
最初は雪が降り始めていただけだったのだが、今では吹雪いてしまっている。少し先を見ることはできるが、この天候状態で行動するのは危険すぎる。
この吹雪がいつ止むのか、それとも緩和されるかは分からないが、それまでの間はここで休んでいよう。
僕の体を隠すことができる窪みのお蔭で、外の吹雪や風はほぼ当たらない。しかし、そうであってもここは雪山だ。しかも吹雪いている。
そんな場所に学生服でいることは間違いなく自殺行為であろう。学生服では寒さなぞ防げるはずがなく。
確実に、着実に、僕の熱を奪っていく。熱だけじゃない。体力もだ。
あまりの寒さに体は震え、歯の根は合わずに音を立てつづけている。そんな状況にも関わらず、僕はまだ笑うことができている。笑っている。
心が折れたからではない。まだ僕が寒さを感じ取れているからだ。寒いというものを理解できているからだ。
余りにも小さく、触れれば折れてしまいそうなほどに脆い、”それ”が今の僕を支えている。
その事実に、また笑う。
いくら待っても天候は回復しない。止む気配はなく、緩和どころかより悪化していっているようにも思える。
一度崩れた天気はそう回復しないというのは本当のことらしい。
このままだと、天候が戻るよりも先に僕の方がもたないかもしれない。危険を承知でこの吹雪のなか、より安全な場所を求めるか。この場所で耐え忍ぶか。
長く考え込むほど、状況は悪化していくだろう。そう悠長に考え込んではいられないのが現状だ。
どうすればいいのか。正しい選択なんてものは僕には分からない。ただ、それを選んだらどうなるのかを考えて、悩んでいたときだった。
頭上で、鈍い、何か重たいものがずれ動く音が響いたような気がした。その音の正体は分からない。ただ、全身の血が冷え込んだ感覚に従って、僕は窪みから飛び出した。
身体から熱を感じられない。全てを氷に置き換えたかのように、冷たい感触がする。
窪みを飛び出して、転がった僕は見た。さっきまで僕が身を寄せていた窪みを塞ぐように雪の塊が落ちてきていた。
あそこに居たのならば。良くて窪みの中に閉じ込められて、最悪はこの雪塊に押しつぶされていただろう。
自力での脱出は不可能であることは容易に想像できる。
もう感が混む必要もなくなった。安全地帯はなくなった。悩み続ける必要もない。違う場所を探すしかない。
吹雪は更にその激しさを増し、視界はさらに悪くなった。身体に打ちつけらえる雪が体の熱を奪う。学生服が濡れて、冷えて。さらに熱がなくなっていく。
崖はまだ続いている。この視界の悪さで移動するのならば、崖沿いの方がいいだろう。
先のように落ちてくる雪塊を警戒して離れて歩く。
凍えて震える体に鞭うち、移動を始める。どうにかしてこの状況を変えなければ。打ち付けられる雪を鬱陶しく思いつつ、歩みを進める。
歩いて、歩いて、歩いて。ただひたすらに歩き続けて。
それでも変化なく。天候はさらに悪化して、積もった雪の深さに足を取られる。
体力は既に限界だった。立っていることすらもできない程に消耗しきり、気力と執念だけで歩き続けていた。
足がもつれ、転んでしまう。積もった雪に体が沈み込む。視線は上を向いている。
どこも見えない。何も見えない。何が見えない。真っ白だ。
腕に力を込めたはずなのに、立ち上がれない。視線を横にずらせば、腕は最初から動いていなかった。
暑い。打ち付ける雪が、体が、着ている服が、火傷をしそうなほどに、熱い。
服を脱ぎたい衝動に駆られるも、腕が動かない。
眠い。暑いのに、それでも眠くなってきた。上を見る。何が見える。白が見える。
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