2話 黒衣を纏う戦士
2018,6/30 改稿
ハイエスト・ワンとして危険度の高い依頼を終わらせて、久しぶりにフリーデンに戻ってきた。
城下街を囲うようにして作られている城壁には、風雨によって痛んだ石壁の一部が石工たちによって修繕されただろうところが見られる。
冒険者という立ち位置のお蔭で、王都には早く入ることができた。相も変わらず城門前には大勢の人が長蛇の列を作っている。
商人にそれを護衛する冒険者たち。フリーデン以外の都市でも拠点を持っているのであろう大型商会の者もいるようだ。
俺が王都を離れていた間に、王都では何か景気のいい話でもあったのだろうか。ここを発つ前にもこの行列はできていたが、それと比較しても商人が多くなっている。
それもかなり大きい商会が、だ。
それに、王都から離れた場所での仕事であったにも関わらず勇者についての話題を数度と耳にした。
王都からやって来る商人らが村人と交わしていただけの、噂話の範疇を出ない程度のものであるが警戒するべきだろう。
フリーデン王国領土だが、村はかなり端の方に位置していた。そこにまで話が伝わってきていたとなると、盛られているだろうが事実なのだろう。
冒険者用に別で分けられた城門の衛兵に、左耳につけた耳飾りを見せる。
燃え上がる炎を模した紅色の翼を持つシンプルな造りのそれは、俺がただの冒険者ではなく上位であるハイエスト・ワンであることを示す。
衛兵の一人が入国手続きを行っている間に、手の空いている他の衛兵と言葉を交わす。
王都で何か大きな発表があったのか。それとも景気のいいことでもあったのか。
勇者関係についても聞きたいが、そういった重要情報は流れてこないだろう。仮に聞けたところでそれの真偽は怪しいところだ。
信頼度の高いものは、それなりの場所でなければな。あくまで目的は噂がここでもあるのかどうかの確認だ。
衛兵の一人から発行された滞在許可証を受け取って城門をくぐり城下街に入る。
依然として一般門は混雑しているようだ。
城下街の中でも最も外側に位置する外周部であるために街の内外から流れ込む人の数で賑わっている。
どうやら新しく店が建てられている。そのほぼ全てを木造で作られた外観と、看板に描かれているマークから、これが下位の冒険者を対象にしたものだと分かる。
棚や壁に掛けられた品は、外周部から少し中心部に歩けば簡単に買う事ができるものばかりだ。
冒険者を志願する数が増えたのか。それとも単に店主に金があったのか。
店の中で真剣な顔をして包帯や傷薬を吟味している冒険者を見ると、新人が増えたのは確かなようだ。
外周部からやや歩いた場所。中心部から離れた場所であり、ここまで来ると王都の市民の姿は減り、冒険者の数が増える。
それに伴い、周辺の店も一般人向けから冒険者向けのものを扱う店が増え始めてくる。
新人からある程度実力が身についてきた者を対象としたものが多い。
立ち並ぶ建物の中でも一際目立つ石造りの二階立ての建物こそが冒険者ギルドだ。
一階には依頼待ちをしている冒険者と、隅の方の酒場で騒いでいる姿が見えた。
彼らが身に着けている武器や防具の傷の少なさから、新人なのだろう。
受付にいた受付嬢の一人に依頼を達成した報告をしてから、受付カウンターの奥にある二階へと続く階段を上る。
一階とは異なり、床材は高級そうな艶のある木材になっている。
廊下の奥にある、重厚な造りをした細かく彫細工が施された扉を無造作に開ける。
部屋の主は中央に据え付けられた執務机の上で山のような書類を片付けていた。
その細い身体と深い青色の双眼は、五年前と何ら変わることのない。あの日の出来事がフラッシュバックする。
それを無理やりに押さえつけながら、未だに書類を片付けている男に声をかける。
「頼まれた依頼は無事に片付けた、プセゥド」
書類に何かを書き込むことを止めず、顔だけをこちらに向けてくる。
「お疲れ様、シグ。今回はかなり大変だっただろう。本当ならばフリーデン王国の騎士団とかが対処しなければいけないんだけど、どうやらお守りで手が離せないようだからね。君に頼むことになった」
それと、とプセゥドが続ける。
「僕の名前はマンソンジュ・テュタペールだよ。そろそろ君に覚えてほしいものだけれどね」
彼の言葉に被せるようにして、「気を付けるさ、プセゥド」と返す。
諦めるようにして溜息を吐く彼の姿を無視して、話を続ける。
依頼金のために今回の依頼を受けたわけではない。他国と繋がりのある冒険者ギルドだからこそ手に入るだろう情報を手に入れるためだ。
「隻眼隻角の―――ここでの呼び方はブラックドラゴンだったか、そいつの居場所はどこだ。これに加えて気性はかなり激しいと来ている。いい加減に目撃情報もあるはずだ」
マンソンジュが執務机に積まれた紙束の中から、一枚を引っ張り出す。
フリーデン王国第二騎士団が作成した冒険者ギルド向けの魔獣報告か。
場所は迷いの森周辺か。確かにあの周囲の魔素濃度はかなり高い。ドラゴンにとっては理想的な環境だろうな。
確認場所から、第二騎士団が割り出した活動分布についても読んでおく。あくまでも目撃した場所から考えた分布であるために、さほど信用度は高くないが重要な情報の一つだ。
更にもう一枚を受け取る。
見出しは『フリーデン王国第一騎士団遠征計画書』か。場所はフリーデン王国領内の外側に近い場所か。
計画書に描かれたやや精度の悪い地図には遠征予定地と、周囲の主だった場所の名前が記されている。
予定地のすぐ近くに迷いの森外周部があるようで、やや不安ではあるが今のこの見た目ならば問題はないはずだ。
「感謝するよ、プセゥド。ついに俺はヤツを倒すことができるんだ。見失ってから本当に長い時間がかかった」
ゆっくりと長く息を吐く。心の奥底によどみ溜まった想いを吐き出していく。
僕の独白にも等しい呟きを受けるプセゥド―――いや、マンソンジュの顔は苦い顔をしていた。
だけど、これは俺にとっての過去の清算だ。そうだ。ただの少年の自己満足の具現化だ。
分かっている。自分がしようとしていることの無謀さも、意味のなさも、全て。
それでも止めることはできないのだ。
手にした資料を彼の執務机に戻す。準備が必要だ。武器の整備をしなければならない。
今すぐにでもここを飛び出してやつのいる場所に向かいたい。
はやる気持ちを抑えながら、その闘志だけをひたすらに練り上げていく。
「それじゃあ、準備があるから失礼する。大舞台なんだ、しっかりと用意をしなくてはいけないからね」
胸の内で溢れんばかりに膨れ上がる歓喜と、我が身を焼き尽くさんばかりに燃え盛る憎悪の渦を押さえつける。
ギルド長室から去る際に見えた彼の顔は、見えなかった。俯く彼の姿だけがよく見えた。
扉が閉まるときに、部屋の中から声が聞こえた気がした。
「君はディーミディウム・ニゲルを倒すことができるだろう。世界最強と謳われた冒険者、エリス・エーデンの最初で最後の弟子だからね。それが君の原動力なのだからね」
―――そして、鎖でもあるんだ。
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