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三時間  作者: 木村よし
3/3


下.


居間へ戻り、母と夕食を食べた。



献立は、肉じゃがとお味噌汁とご飯という、よくあるものだった。


でも、それで良かったと思う。



きっとこれが、私にとって最後の夕食になるだろう。



それが母の手料理で、本当によかった。



肉じゃがのジャガイモを一口食べる。


それからまた一口と、箸をすすめていく。



しっかりと味を噛み締めながら。



ちゃんと『母の味』というものを味わったのは、たぶんこれが初めてだと思う。



「おいしい。お母さん、すごくおいしいよ。」



「あら、そう?いつもと変わらないわよ。」



母は嬉しそうに目を細めた。



私は、母のこの顔が一番好きだ。



「ねえ、お母さん。私、明日の晩カレーが食べたいな。」



「カレーね。わかったわ。材料を買っておかなくちゃね。」



「うん。楽しみにしてる。」



私は笑った。



楽しそうに。


淋しそうに。



私は笑った。




今まで気が付かなかったけれど、きっとこれが『幸せ』なのだろう。



大好きな人と一緒に笑って、一緒にいる。



私は、気付くのが遅すぎた。


沢山の幸せを、素通りしてしまったのだ。



幸せすぎて、幸せではなくなってしまったのかもしれない。



もっと早くに気が付いていればよかった。



私は、とても幸せだったのだと。




その後、私は母の肩を揉んだ。


毎日働いている母の肩は、とても硬かった。



「お母さん、毎日お疲れ様。」



「なあに、改まって。」



母は気持ち良さそうに目を閉じ、クスリと笑った。



「気持ち良い?」



「うん。すごく気持ち良い。」



「よかった。」



私は嬉しくなって、指にもう少しだけ力を入れた。時計の音だけが静かに響いている。



「お母さん。お母さんはお父さんと別れて、色々大変だったと思う。それでも、私のことを一生懸命育ててくれた。高校にだって通わせてくれた。すごく感謝してる。ありがとう。本当にありがとう。私、お母さんの子供でよかった。」



「何よ、気色悪い。今日の春香、熱でもあるんじゃない?」



母は恥ずかしそうに下を向いた。



なんだか私も少しだけ恥ずかしくなったけれど、言えて良かったと思う。




その時だ。



突然電話が鳴り出した。




私はあっと思った。



時計を見る。


九時十分。


あれからまだ、三時間しか経っていないではないか。



母が、よいしょと立ち上がる。



待って!


私はまだ一番大切なことを言っていない!



廊下へと消えていく背中に、お母さんと叫ぼうとしたが、声が出ない。



ああ。


どうしよう。



ぱっと後ろを振り向いたとき、机の上に、短い鉛筆と、小さな紙切れが一枚置いてあるのが目に入った。


私は急いで鉛筆を手に取った。



最後の一文字を書き終えた途端、手に力が入らなくなり、鉛筆がポロリと机の上に落ちる。



間に合ってよかった。



手を見ると、指先がほとんど消えていた。



涙が溢れる。



消えてしまうのが怖いのではない。


母に会えなくなるのが、とても淋しいのだ。



お母さんと、離れたくないよ。



涙が頬を伝っては落ちる。


その度に、どんどんと私の姿が薄れていく。



ああ、さようなら。


どうか私のことを、忘れないでください。




静かに目を閉じる。



そこには、いつもの優しい母の笑顔があった。






春香の母、優子は、電話の内容を信じられずにいた。



娘が死んでいるというのだ。



そんな馬鹿な。


ついさっきまで一緒にいたではないか。



優子は、娘を呼んでくるからと、いったん受話器を置いた。



娘の名を呼びながら、居間へと行く。



返事がない。


姿もない。



段々と心臓の音が早くなる。


どくりどくりと。



「春香!春香!」




家中を探し回ったが、どこにも娘の姿はない。



気が付くと、居間へと戻ってきていた。



泣くまいと目線を下へと下げると、床に一枚の小さな紙切れが落ちていた。



拾い、表を見る。



そこに記されたメッセージを目にした途端、一気に目の前が揺らいだ。




涙が紙へと落ち、文字をにじませていく。




『お母さん、大好きだよ』という短い言葉は、とうとう最後には読めなくなってしまった。




           


                  おわり






どうも、木村よしです。

『三時間』を読んでくださり、ありがとうございます☆


批評や感想、駄目だしなど、何でもいいので書き込んでいただけると、これからのよしの力になるので、よろしくお願いします!!


この作品は、私が高1の時に書いた作品で、初めての小説でもあります。


だから文章めちゃめちゃですが汗。


コンクールに出したのですが、するっと綺麗に落選しました笑。


でも、自分では結構気に入っている作品だったりします。


この作品を読んで、何かを感じていただけたなら、木村よしは本当に幸せです。


いつも感謝することを忘れてしまう私ですが、母にこれを捧げたいと思います。


いつもありがと、お母さん。



これからも、木村よしと、よしの作品たちを、暖かくみまもってやってください。


本当にありがとうございました!



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