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三時間  作者: 木村よし
2/3


中.


私の住んでいた家は、決して綺麗とは言えない。


古くて小さい、母の実家である。



祖父も祖母も、私が高校に入る前に亡くなっており、母と私の二人だけで住んでいた。



父と母は三年前に離婚した。


父が赴任先で女を作ったのだ。


それから母は小さな印刷会社に勤め、私を高校に通わせるために、一生懸命働いてくれていた。



ガラリと古い引き戸を開ける。


それに嵌め込まれた曇りガラスが、うるさく音をたてる。



その瞬間に、ふわりと、お味噌汁のいい匂いが私を出迎えてくれた。




居間へ行くと、母がテーブルの上に料理を並べていた。



「ただいま。」



と言うと、母は顔をこちらへ向けた。



「おかえりなさい。ごめんなさい、全然気が付かなかったわ。変ねえ、どうしてかしら。」



首を傾げる母を見て、少し淋しくなる。


たぶんそれは、私が死んでいるからだろう。



「もうご飯だから、早く着替えてらっしゃい。」



「はあい。」



私はいつものように面倒臭そうに返事をして、トントンと二階へと上がる。




自分の部屋に入ったとき、全てがとても愛しく思えた。



使い古した勉強机も、いつも寝ている水色のベッドも、幼い頃から部屋にあるベビー箪笥も。



服を着替えて、制服をハンガーに掛ける。



なんだか、彼らにお礼がしたいと思った。


感謝を込めて、何かを捧げたいと思った。



そうだ!



私はゆっくりと歩いていってピアノの前に立つ。



蓋を開ける。


少し黄ばんだ鍵盤が顔を出す。



私はそっと指を置き、弾き始めた。




ショパンの『別れの曲』。



私はこの曲がとても好きだ。



哀愁の中の美しさと激しさが、交互に胸の奥を打つ。



途中母が、「今何時だと思ってるの!」と怒るのが聞こえたけれど、止めなかった。



今ここで止めたら、きっと後悔する。



私は心を込めて、鍵盤を叩き続けた。




終ったとき、少し息が弾んでいた。



呼吸を整えるため、深呼吸を三回。


冷たい空気が心地良い。



部屋の中を、一周ぐるりと見渡す。



そして、しっかりと頭を下げた。




今日まで本当にありがとう、と。





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