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三時間  作者: 木村よし
1/3


これは、当たり前な日常を送っている私達に。


心から贈りたい物語。


上.



私は、どうやら死んだらしい。



『らしい』というのは、今自分の死体の前に浮いているのではなく、立っているからである。



現在、十月三日。午後六時二分。


約一分前、私、木村春香は、白い乗用車に跳ねられたのだ。



ふう、と小さなため息を一つした後、辺りをぐるりと見渡す。



山の中だった。


深く黒い闇が、沢山ある木々の一本一本に、しん、と潜んでいるかのようである。



どうしてこんな所へ来たのだろう。



思い出そうと、少し目線を下へと下げる。



その時だ。



キラリとした何かが、私の死体のそばに落ちているのが目に入った。



ゆっくりと近づき、それを拾い上げる。



ペンダントだった。


小さな白いガラス玉がハートの形にいくつもちりばめられており、かすかな月明かりを受け、それらが乱れた光を映し出す。



これは、今日まで付き合っていた先輩に貰ったものである。



ああ。


思い出した。



私は今日、彼にふられたのだ。


他に好きな子ができたから、と。


私はその後どうしても一人になりたかったので、ふらふらと学校の近くにあるこの山の中へと入ったのだ。



運が悪かったなあと思いながら、そのペンダントをまた地面の上に置く。



そして、はっと気が付いた。



私は今、物に触れることができたのだ。



さらに、私には影があった。


ぼんやりと、私の足のところに暗いものがくっついている。



なるほど、と思う。


死んだ、ということ以外では、生前とほとんど変わりはないようだ。



そういえば確か、ある本にこう書いてあるのを読んだことがある。



『己の亡骸が発見されるまでは、魂はあの世へ行くことができない。』



ということは、すぐ目の前に転がっている『私』が見つかるまでは、ずっとこのままでいられるのだ。



ならば、隠せばいい。



私は、本当の『私』の腕を掴んだ。


いや、掴もうとした。



しかし、どういうわけか、触れることができないのだ。



私が透けているのではない。


本当の『私』が透けているのだ。



白い壁に映し出されたスライドを掴もうとしているように、スカリスカリと通り抜けてしまうのである。



幸い、ここは山の中なので人通りはほとんどないが、やはり隠せないとなると見つかるのは時間の問題だろう。



さあ、消える前に何をしよう。



貯めてきたお小遣いを全て使って、行った事もないような高級レストランで食事でもするか。


それもいいかもしれない。



でも、何か違う気がする。


本当に、最期にするべきこと。



ぱっと、母の顔が頭に浮かぶ。




母に、会いたい。




私はくるりと向きを変え、家へ向かって走り出した。





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