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エピローグ2 サイボーグからレプリカントへのエネルギー補充、キムの同族からのお誘い

 コルネル中佐は、爪を拭うや早いが、もう一人の倒れている者の方に近づいて行った。

 あの時のレーザーソードは、確かに彼の首をかすめはしたが、決して致命傷ではなかったはずだ。

 だが彼の近寄るのは判るだろうに、キムが起きあがる気配はなかった。

 中佐は仰向けに横たわるキムの横にひざまずくと、首の左横に出来ている傷を見た。血が流れているように、見えた。だがそれは変色して固まる様子はない。人工のものだと確信した。

 もう少しよく見ようと思って、上半身を自分の膝の上に乗せた。そしてうなじのあたりの髪をかき上げる。傷はその辺りまで達している。と。

 何かが、彼の目に飛び込んできた。


 …数字?


 長い髪の毛を、中佐は大きくかき上げた。うなじのもう少し上の地肌にあたる部分に、数字と… アルファベットが書き込まれている。

 かき分け、それを彼はつなげてみる。


 KM-12864578。


 そんな馬鹿な。


 メカニクルである可能性はある。だが、現在のメカニクルには、アルファベット二文字の製番は無い筈なのだ。

 それは何故だったろう? 無意識に自分の赤い髪をかき上げながら、彼は叩き込まれた知識をひっくり返す。

 彼自身にも、その赤い髪の下に、かつて言われたナンバーが刻まれているはずだ。

 KZ-152、とMは言った。現在のファーストネームはそこから付けられている。忘れられる訳がない。おそらくはキムもそうなのだろう。だが。

 だが、ラテンアルファベット二文字というのは、かつて使われ、そして廃番になったから、現在の実験体に使われているのだ。

 実験体は多くはない。少なくとも、こんな、とんでもない桁数になる程実験体は… 生き残っている実験体は存在しないのだ。

 そしてその元々は、何故廃番になったのか…


 レプリカントだ。


 彼は大きく目を見開く。その単語は、降ってきたかのように、彼の頭の中に大きく強く、そして突然にひらめいた。

 だとしたら、つじつまが合う。瞬発的に出せる力が大きいのも、あの記憶も。

 レプリカントが反乱を起こし、全滅したと言われているのは、惑星マレエフ。冬の惑星だ。

 「教育」の際に見たことがある場所だった。レプリカントの反乱についても、資料を見せられたことがある。あの伝わってきた景色に見た既視感は、それだった。

 冬は嫌いだ、とキムは最初に会った時言っていた。笑いながら、寒いから嫌いだ、と言っていた。

 その光景が、この間伝わってきたものだとすれば。


 こいつは。


 コルネル中佐は唇を噛む。


 こいつはレプリカントの生き残りなんだ。


 そしておそらく盟主は――― Mは何を誰と約束したのか判らないが、とにかく誰かとの約束で、その冬の惑星で意識を無くした後の彼を探しだし、自分の手元に置き、「連絡員」として使っている。

 彼が望む望まぬに関わらず、決して「銃」にはしない。それに近い役割にすることはあっても、自分のように、情をはさまず相手を殺すような役割には置いていないのだ。適性もあるだろう。

 だが何やら、Mの態度と、キムのMに対する感情から推測するには、適性を越えて、盟主の情のようなものが見えるような気がした。邪推かもしれないが。

 彼はやや自嘲の笑いを浮かべた。だがすぐに真顔に戻る。


 どうしたものだろう。


 ケガで動けない訳ではないのは、一目瞭然である。流れているのは外見をごまかす程度の人工血液だし、それは既に止まっている。問題は、そこにある訳ではないのだ。

 彼は一度空をふり仰ぐと、金色の目をやや細めた。そしてそのまま、力の失せたキムの身体を持ち上げると、壁際まで引きずっていった。


 エネルギーの急速な消耗状態に陥っている。


 中佐は壁にもたれ、自分の膝の上にキムの上半身を抱きかかえるような格好を取りながら、記憶を知識を大急ぎで引っぱり出していた。

 盟主が自分に無駄とも思われるような知識まで叩き込んだ理由が判ったような気がした。Mはこういう事態をも予測していたのだ、と彼は思う。

 彼はキムのポケットをまさぐってみる。ごちゃごちゃと小型のあれこれが出てくる中に、やはりあった。何か見覚えのある端子のついたケーブル。エネルギー補給用、と言ったのは、あながち間違いではないのだ。

 自分の上に乗せた相手の服を開き、素肌を露出させると、自分の右手の爪を軽く伸ばした。

 間違って記憶していないのなら、レプリカントの「電池」はここにある。小型のバッテリーだ。

 より人間型に近いタイプとしてあったレプリカントは、彼のような戦闘用に作られている訳ではない。従って、容量も大して大きい訳ではない。少なくとも、中佐並みにフルパワーで長時間動けるレプリカントは、当時もいなかっただろう。

 おそらく戦車を止めたあの時、瞬間的に力を使ったに違いない。いつも自分と寝た時に、素っ気ないまでに睡眠に入ってしまうのは、「本当に」蓄電が必要なのだ。

 爪で皮膚を薄く切り裂くと、彼は眉をひそめた。細かいケーブルがこれでもかとばかりに押し込まれている。無論生体機械な部分も沢山あるが、そういった旧式な部分もまだ残っているのだ。


 全くこの旧式は!


 内心怒号を飛ばしながらも、接続用ケーブルの片方をくわえ、彼は目の焦点を合わせると、その身体の中のケーブルを丁寧により分けていった。


 何処だ。


 探しながら、何やら自分がひどく焦っていることに彼は気付いていた。大きく息をつく。

 何故そんなことを自分を考えているのか、不思議だった。奇妙だった。もうずっと、そんな感覚は忘れていたのだ。

 死なせたくない、と彼は思っていた。

 不思議だった。生き返ってからこのかた、出会った人間誰にもそんなことを感じたことはなかった。

 なのに、このレプリカントに対しては、自分が確かにそう思っていることが、判るのだ。


 焦るな。


 彼は自分に命令する。より分けたケーブルの向こう側に、端子の差込口が見つかる。彼は片手でケーブルを押さえながら、もう片方の手で、端子をそこに差し込んだ。

 次に自分の軍服のボタンを一つ二つと外し始めた。

 不可能ではないはずだ。理屈は同じな筈だ。

 エネルギーの急激な消耗が起こると、身体は、全体の機能を死なさないために、生命活動の最低限を守る以外の全ての機能をシャットアウトする。それをまた正常な状態に戻すためには、外部からエネルギーを補給しなくてはならない。


 メカニクルもレプリカントも、同じタイプのエネルギーである。だったら。


 彼は自分の皮膚にも同様に爪を立てると、皮膚を一枚めくった。相手のものとは異なるが、やはり端子の差込口がそこにはあった。彼はケーブルの先をそこに差し込んだ。

 一瞬ぐらり、と眩暈がする。こういう方法でエネルギーを放出する方法は取ったことがない。彼は白い壁に身体を預ける。そして一本のケーブルでつながった相手の身体を、少しばかり自分の胸の方へともたれさせた。

 どの程度のエネルギーが必要なのか、本当にそれが有効なのか、彼には判らなかった。

 見上げると、白い曇り空の向こうに、ほんの少し薄日が射している。ひどく穏やかな空気が、そこには漂っていた。

 静かだった。自分と相手の居る気配以外、そこには無かった。放っておくと、そのまま時間が無くなってしまいそうな感覚だった。とろとろと感じる微かな眩暈のせいかもしれない、と彼は思う。今この状態で、何かが自分を攻撃したら、自分には何もできないだろう。

 だかそれならそれでもいい、と彼は思った。「コルネル中佐」にはあるまじき感覚が、今この瞬間には、確かにあった。



 どのくらい経っただろう? 彼の耳に、足音が飛び込んできた。

 こつこつ、とそれは硬い踵を持った靴の音のように聞き取れた。彼は耳を澄まし、「それ」がやってくるであろう右側の壁の出口に目をやる。

 足音が次第に近づいてくる。彼は動けないながらも、銃に手を掛けていた。

 だが、入ってきた者を見た時、彼はゆっくりと銃を下ろした。

 女に見えた。白い、袖無しの、何の飾りも切り替えもない、膝よりやや長いワンピースを着た、長い髪の女、に見えた。

 女はゆっくりと彼らに近づいてくる。丸腰であるのは見てとれたので、彼は銃から指を外すことはなかったが、とりあえずそれを女の視界からは見えにくい部分に隠した。

 こつこつ、と足音を響かせて近づいてくる。だがその動きは、ひどくぎこちない。

 中佐はその様子をじっと見据える。女は近づいてくる。そして立ち止まる。


「何をここでしていますか」


 やはりぎこちない声が、彼の耳に届いた。


「それはこっちが聞きたいね。あんたこそここで何をしているんだ」


 何せここに人間はいないはずなのだ。ここは、人間が捨てた筈の母なる惑星なのだ。だとしたら、これは人間に見えても人間ではない可能性のほうが高い。


「わたしはこの都市の端末です」

「端末?」


 中佐は思わず問い返していた。そう言えば、と彼は記憶をまたひっくり返す。捨てられる前の地球には、コンビュータ制御された都市が多かったのだという。


「そこにいる子は、レプリカントですね」

「何でそんなことがあんたに判る?」


 抑揚の無い言葉。中佐は違和感を感じながらも問いかける。


「判ります。レプリカント同士は、テレパシイがあります。この都市、わたしの中に彼が入った瞬間、その存在は確認され、この惑星上の全てのレプリカ脳をメインに持つ都市コンピュータに伝えられました。わたしたちは、彼を歓迎します。…ですが、どうしましたか? 彼は、機能を止めてしまっている」

「エネルギーを急激に消耗したからな。いい加減目を覚ましてくれないと俺も困るんだが」


 ああ、と端末の彼女はうなづいた。


「ちょっと触ってもいいですか」


 彼女はキムの額にその細い指先を触れさせた。動かない、その表情が、ほんの少しだけ、動く。


「もう大丈夫でしょう。ただ彼は疲れている。エネルギーは充分です。大変だったでしょう」


 ふうん、と中佐はうなづく。なるほどもう後は眠っている分か。だが言われたからと言って、それをそのまま信用することはできなかった。彼は胸に乗せているキムのほっぺたをぺたぺたと叩いた。

 ん、と声が喉の奥から漏れた。そしてゆっくりと目が開く。


「気がつきましたね」


 端末の彼女もぎこちない声で、そうキムに話しかけた。

 さすがに彼もまだ事態が把握できないようで、まず自分の位置を確認し、身体を見、中佐の位置を確認し… やっと何が自分に行われているのか、把握した。

 飛び起きようとして、彼は引き戻される。


「いきなり起きるな。端子がちぎれたらどうする」


 眉を寄せると、中佐は先ほどの逆の手順を踏んで、ケーブルを外し始めた。外されて、やっと彼は身体を起こすことができた。


「それにしても、皮膚がびらびらしてるのは、見ていて気持ちいいもんじゃないな。おいキム、船にファーストキットくらいあったよな」

「確かあったと思うけど…」


 事態は把握した。だがまだ頭はふらふらしている。そして、起こった事実は認められるが、中佐がそうした、という事実に関して、彼はなかなか認められないでいた。


「そのくらいでしたら、わたしのもとにもありますが」

「ありがたい。何か『らしい』ものがあればいいんだが」



 端末の彼女は、やってきた時は同じ足取りで、彼ら二人を自分の「本体」まで案内した。

 途中、壁の無い、空に面した道を通る時、風も無いのに、草と花が妙に元気に動いていた。何だろう、と中佐は思ったが、彼にはそれは格別奇妙にも思われないものだった。

 どのくらい歩いただろうか。白い壁も無くなり、空も見えない地域に入り、幾つもの扉を抜けた時、そこには巨大な都市コンピュータの中央制御室があった。

 彼らが当初入り込んでいたのは、その外壁の部分だったのだ。

 二人が高い天井の上にまで広がる、やや旧式だが巨大なそのシステムの姿を眺めていると、端末の彼女は口を開いた。


「かつては、わたしと同じタイプの『都市』がこの惑星上にも多数ありました」

「ありました?」


 過去形か、と彼女に視線を移しながら中佐は思う。そう言えば、かつて都市は、皆女性の意志を移植されたと聞いている。


「今は無いの?」


 キムは訊ねる。


「眠っている者が多いです。起こせば機能しますが、大半は眠っています」

「眠っている」

「特にレプリカ脳を使った…わたしのようなタイプはそうです」


 キムの目が途端に大きく見開かれた。


「レプリカ脳って… だって、あの時、全てのレプリカントが、破壊されたはず…」

「それは、情報によると220年前のことですね」

「知っているのか?」

「情報は、ここに不時着した人間から収集しました。大半はここの周辺に住んでいるデザイア達によってその進入を確認された上、わたしたちで処分いたします。人間ならば」

「デザイア」


 中佐は片方の眉を上げた。


「それは、もしかして、かつてこの惑星を浸食したという、合成花のことなのか?」


 はい、と彼女はうなづいた。


「先ほどご覧になったでしょう?」


 あれか、と中佐はうなづいた。風もないのに揺らめく草木と花。実にそれは彼の知る「合成花」より生き生きとしていた。


「人間のいなくなった世界で、彼らとわたしたちは、実に平和に暮らしています。人間の居る世界では考えられなかった程に」


 中佐は眉を軽くひそめる。


「ただ、わたしたちのタイプは、あの220年前の反乱の時に伝わってきた映像や思考や記憶… そういったもののショックが大きくて、その時に『閉じて』しまったものも少なくはないのです」

「デリケエトなことだな」

「人間が、鈍感なのです」


 彼女は即座に返した。


「同じ種族で殺し合うのは人間だけでしょう」

「生きるためだからな」


 中佐もまた、即座に返した。

 彼女は表情を変えはしなかったが、次の返答までは、やや間が空くこととなった。そして黙って彼女は、ファースト・エイドを彼に渡した。

 そして彼はキムをちら、と見る。何やらまだ、何か戸惑った様な表情をしている。中佐はそれを見て、おい、と一言と一緒にファースト・エイドを投げた。


「貼っとけ」


 戸惑った表情のまま、彼はうなづき、一枚のシートをはがすと、自分の傷口に貼った。なかなか楽しい表情だ、と中佐はそれを見ながら思う。少なくとも、あのシートのように貼り付けた笑顔より、ずっと面白い。


「…あなた」


 端末の彼女の視線は、中佐からキムに移っていた。何、とキムは貼りながら問い返す。


「良かったら、あなたはここにずっといてもいいのですよ」


 キムの顔がぴく、と上がる。


「あなたはレプリカントでしょう。ここにはレプリカントがまだ残っています。皆生き残りのあなたを歓迎します。悪い話ではないはずです」


 どう答えるだろうか、と服のボタンをはめながら、中佐はキムからはあえて視線を外していた。もし残るなら、それはそれでいい、と彼は思っていた。そうしたいと彼が言うなら、あの盟主はおそらくそれを許すだろう。

 そして、そう思った時、彼の頭の中で、一つ結びつくものがあった。


 そうか。


 盟主があの惑星を… ノーヴィエ・ミェスタをどうしても「MM」の管理下に置きたかった理由が、彼には判ったような気がした。

 無論資源とか、流通とか、様々な経済的政治的理由も絡んでいるには違いないが…

 それ以上に、Mはただ純粋にこの惑星への通路を欲しかったのかもしれない。

 人類が捨てた母なる惑星、そして、現在はこの、人間の支配から逃れ、人間以外の生物と、レプリカントとデザイアが浸食する惑星を。おそらくは、盟主の大切な預かりものである連絡員の「帰る場所」のために。

 キムはしばらく考えていたが、やがて微かな苦笑いを浮かべると、首を横に振った。

 いいのですか? と彼女は訊ねた。うん、とキムはうなづいた。


「あなたは軍服を着ていますね」


 彼女は重ねて問いかけた。


「そんな服を着ている、ということは、また殺し合いに参加するということではないですか?ここに居れば、あなたは平和に暮らせるというのに」


 キムはその言葉に一瞬目を伏せる。魅力的な言葉ではあった。だが、彼の中で、何かがそれを押しとどめた。

 その昔、レプリカントの首領が自分に言った言葉を思い出す。


 だってお前は変わってるんだもん。


 ずっとその言葉は自分を責め続けてきた。

 変わっている。違っている。だから自分は、あの光の中には入れなかった。

 皆と一緒に、同じ場所に帰ることはできなかった。

 だが、今この目の前の、自分を仲間のように見なす彼女を見ながら、その言葉が、奇妙に自分の中に染みるのを感じていた。

 確かそれを自分に言った時の首領の表情は、いつもどこか楽しげだった。だから言われていても、別段悪い気はしなかった。


 そうだ俺は変わってるんだ。違うんだ。


「俺はたぶん、レプリカにしちゃ、ひどく鈍感なんだよ」


変わっているなら、違うんなら。

 それはそれで、もういい。自分は自分だ。


「それでいいのですか?」


 彼女は訊ねる。

 うん、と彼はうなづきなから答えた。その顔には、笑みがある。だがいつもの貼り付いたようなものではなく、ひどく穏やかなものだった。


「…そうですか。では仕方がありませんね。でもわたしたちはあなたをいつでもこの惑星のどの場所でも迎えます。それはわたしたちの共通の見解ですから」

「ありがとう」


 中佐はそのやりとりを、頬をかりかりとひっかきながら眺めていた。

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