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10 次の段階。ジーナには暗示を。連絡員のポケットにぱケーブルを

 遅いな、とジナイーダはカーテンを少し持ち上げて、窓の外をのぞき込む。

 彼女の部屋は五階建ての寮の三階にあった。高くもなく低くもない。その中の、一番出口の階段からは遠い部屋が、彼女達姉妹の部屋だった。

 帰ってくれば、常夜灯の灯りの中に、姉の姿は見えるはずだ。だがその気配はない。もう門限が近いというのに。外泊するならするで、連絡をしてもいいのに。だけど電話番のアナウンスは聞こえてこない。

 ぼんやりと、やがて彼女は視線を遠くに飛ばす。街の灯り。やや高台にあるこの学校の寮から見える夜景は美しい。

 ぼそぼそと、アンテナを長く伸ばしたラジオからは、乱れた電波の中に時々やや変わったイントネーションが混じる。他州の放送だ。カシーリン教授が「放送の力」で紹介していた、「外の情報」。


 彼女がカシーリン教授のことを知ったのは、まだバウナンの高級中学に居た頃だった。

 学校は、六年間の小学校の上に、四年制の初級中学と、二年制の高級中学があった。

 高級中学は中等教育機関というよりは、高等教育機関への予備教育機関としての役割が大きい。だからそこではスキップが可能だった。

 その頃から、姉は学校では派手な存在だった。

 そして自分は、確かに成績はいいが、それだけの存在のような気がしていた。

 抜きん出ているのは、普通の学科一般と、多少の文章表現だけ。姉とは違う。ヴェラは当時から、演劇部に属し、いつもその場の中心的存在だった。

 同級生も先輩も、姉を誉める。それは別に悪い気持ちはしない。それでも、いつもその言葉の脇には、その時期トップクラスに居た自分の席次のことも告げられるのだから。

 ヴェラと自分は違うし、違う能力をもっているんだから、とジナイーダは思ってきた。ともすれば、それだけの存在、と思いがちな自分を何とか納得させてきた。

 だが、無理矢理押さえつけている心には多少のひずみが生じる。ひずみはやがて不安というものに形を変える。 

 だが何の不安なのか、それがジナイーダには判らなかった。

 ヴェラは自分を何かと守ろうとしていたような気はする。そんな態度は、見ていれば判る。例えば寄ってくる軽薄な男子学生、例えば怪しげな新入生狙いの勧誘、世間知らずの妹を常にかばってきたことは判る。


 だけど。


 彼女は思う。本当にそれだけだったのかしら?

 高級中学で、一年スキップした時の表情は、なかなか忘れられないものがあった。

 驚いたのか、焦ったのか、失望したのか? そのどれともとろうと思えばとれた。ただどれとも取りたくはない自分が居る。それは知っている。

 そして進学の時、入学資格試験に二人して受かった時、姉は自分がこのシェンフンに来るのを反対した。

 ヴェラは自分にそう言った訳じゃない。両親に言っただけだ。


 姉さんはこう言っていたけど、あんたはどうする? 


 母親が、そう自分に告げた。

 何故だ、と思った。その、それまでぼんやりとしていた姉に対する疑問が、形を持ち始めた。

 守っているのか、隠しているのか。それとも。

 聞きたい。

 だけど聞けない。彼女は怖かった。

 その頃、カシーリン教授の本を手にした。本当に偶然に手にしたのだ。

 「言葉の力」というタイトルの堅さに似合わない程、少女の向けのエッセイ集にしか見えないそれは、彼女の欲しかった言葉をくれた。


《言葉は、それだけで大きな武器となる》


 目に見える鮮やかな姿でなくても。直接触れることのできないものでも。

 それは、使いようによっては、それらよりも、効果的に、物事の芯を捕らえ、そして目的を達することができるだろう。

 抑えて書かれた文章は、その中に危険なものを感じさせた。 と。

 かつん、と窓に軽く何かが当たる音がした。ジナイーダは何ごと、とそれまで夜景を眺めていた視線を下界に落とした。

 ひらひら、と誰かが手を振っている。一階の部屋の灯りが、その人の表情はともかく、一目見たら忘れられない程の長い髪を映し出した。

 あ、と彼女は慌てて部屋を飛び出し、三階分の階段を駆け下りた。勢いよく駆け下りていく彼女に、珍しい、と寮生達は不思議そうに眺める。

 息せき切って出口へと向かい、慌てて外へ飛び出すと、いつもの笑いを浮かべて、キムが一人、立っていた。


「こんばんわジーナ」

「ど、どうしたの? キム君… こんな時間に」

「こないだの、もう大丈夫?」


 彼はジナイーダの問いには答えずに、あいさつとも何とも取れる言葉を彼女に投げる。ふと彼女は彼の胸元に目を止める。きらきら、と銀色にペンダントが光っている。それが時々何かの拍子で揺れる。


「ええ… もう大丈夫だけど… あ」


 そういえば、と先日のことを思い出して、彼女は一気に自分の頬が赤くなるのをおぼえる。気がつかなかったのが良かったのか悪かったのか。


「この間は、ありがとう」

「いえいえ」


 彼はまたひらひら、と手を振る。

 にこやかな笑顔。何とも思っていなければいいけど、とジナイーダはやや不安になる。そして先ほど聞いたのに答えてもらえなかった質問を繰り返す。


「今日は… どうしたの? こんな時間に…」

「ん? 今暇かな?」

「暇は暇だけど、もう門限よ。ヴェラを待っているの。まだ帰ってこないのよ?」

「でも演劇部にはよくそういうことはあるよね?」

「あるわ。だけどそういう時はいつも、彼女、ちゃんと連絡をよこしたから…」

「うんうん」


 彼はそうだろう、と言いたげにうなづく。その拍子に、ペンダントが揺れた。銀色が、彼女のまぶたの中にゆるい軌跡を描く。

 何となく、彼女の中に、ひらりと裏返るものがあった。


「心配?」


 キムはそんな彼女の一瞬の戸惑いなど気付かないかのように訊ねた。


「心配… はしていないけど… ヴェラのことだから、そうそう馬鹿なことはしないだろうし…」

「ねーさんは、あなたのこと心配していたよ。ジーナ」


 はっ、と彼女は顔を上げた。目の前の相手の顔には、変わらない笑みがある。


「聞いたの? 彼女から」

「聞いたよ」

「いつ? 何を?」


 急かされるような気持ちで彼女は言葉を飛ばす自分に気付く。

 それが何故なのか、彼女にはよく判らなかった。自分のことを勝手に話されたことになのか、ヴェラと彼が会話していたことになのか、それとも。


「さっき」

「さっき?」


 彼女は自分の背中がすっと寒くなるのを感じた。いや背中だけではない。腕が、首が、急に何かざわり、とする感覚に満たされる。


「…ちょっと待って」


 瞬き。首を軽く振ってよく考える。目にちらちら、とペンダントの光が、うるさい。


「…ヴェラとさっきまで、居たの?」

「居たよ。俺と、俺の友達と、それと」


 そしてジナイーダは耳を疑った。


「カシーリン教授と」


 え? と彼女は問い返す。目を見開く。

 その時、彼は胸元のペンダントを持ち上げると、ぱっと彼女の目の前で開いた。

 きらきら、と一階の光が、銀色に反射して、彼女の視界を奪う。揺れる、揺れる、揺れる…

 ぐらり、と頭の芯がゆがむ。


「言っておいで。自分とねーさんは、外泊するから、と」


 ジナイーダは口を開けられない自分に気付いていた。頭はうまりにも自然に、うなづきを返していた。

 ふらり、とその足は入り口の寮管室へと向かう。当番に、口は、勝手なことを言っている。急すぎる、と渋い顔をする「今日の当番」に、平気な顔で、何とかしてよ、とその口は喋る…


 …あたし、じゃ、ない…



 乾いた音が、廊下に響く。

 行き過ぎる兵士達は、一瞬ぎょっとした顔で立ち止まり、そこを通る人物の肩と襟に視線を飛ばす。黒の星二つ。軍警中佐だ。

 だがその姿は。

 強烈な赤。刈り込んではいないが、伸ばしてもいない程度の髪は、赤と緋を足して二で割ったような色合い。

 くゆらす煙草の匂いはきつい、この惑星上には無いもの。

 ちら、と視線に気付いたのか、見返す瞳は金色。

 腕まくりをして、一つ二つ三つ開いた前ボタン。赤いラインの入った裾を持ち上げるようにして、ズボンのポケットに手を突っ込み、鼻歌混じりで、彼は目的の部屋へと近づいていた。

 コルネル中佐は、その夜、当地の正規軍司令部に居た。

 この惑星に上陸した時点から、当局とは頻繁に通信は行っている。だが、直接出向くのはこの時が初めてだった。

 彼はこの人々に強烈な印象を与える姿が、「味方」に知られることによって、行動の自由を制限されることを知っていた。

 それでも直接出向くことが必要な事項については、やはりこの都市に駐留しているソングスペイとグラーシュコに任せていた。

 グラーシュコはこの日、司令部に居た。固い、淡い色の髪を時々かき回しながら、岩のような印象を与える少尉は、敬愛なる中佐に報告した。


「…おっしゃった通りです」


 続けろ、とコルネル中佐は自分の前に立つ一回り大きな体の部下を見上げる。


「大学付属病院の医師アントーン・シミョーンは、確かにこちらの政府と癒着しています。いや政府、というよりは、司政官個人ですね」

「個人か?」


 はい、と言ってグラーシュコ少尉は彼の手の中で奇妙に小さく見える報告書のページをめくった。


「およそ、十年位前からですか」

「となると、前の一斉検挙が行われた時期あたりだな」


 コルネル中佐は吸っていた煙草を灰皿にひねり潰す。


「となると、司政官個人が、奴を反体制派として飼っていたという可能性はあるな」

「考えられます。ソングスペイ少尉もそれは同じ考えでした」

「グラーシュコ少尉、そもそもその疑いは、貴官が出したものか?」

「いいえ。ソングスペイ少尉です。自分はこの都市に彼ほど詳しくはありません。彼は妙に詳しいから以前、何故かと聞いたことがあるのですが」

「昔住んでいたとか言ったか?」

「そうなのですか?」


 ん? と中佐は反射的に喉から声を出す。


「違うのか?」

「…いえそんなことは言っていませんでした。ただ昔この辺境の惑星に興味があって調べたことがある、と言っただけで」

「士官学校もそんなことを調べさせる程暇ができたもんだ」


 中佐は肩をすくめる。


「自分にはそんなことは彼は言いませんでしたが、そうなのですか?」

「さあな。奴が言うなら本当だし、言わないんならガセだろう?」


 中佐は目を細めると、胸ポケットから二本目の煙草を取り出した。

 幾つかの出来事が、次第に形になっていく。きまり悪そうに立っているグラーシュコ少尉を下がらせると、脚を組み直し、煙草に火をつけた。

 さて。

 彼は考える。司政官自身は、果たして帝国に忠実な側の人間なのか。

 司政官自体が、帝国に忠実な公僕、それなら話は早いのだ。司政官を悪人に仕立て上げて、様々な今までの生活の拘束を掲げて蜂起させればいい。

 現在の周囲の州は、その知らせを受け取った瞬間、「反体制派」を支持し、立てられた新しい代表と手を結ぶだろう。反体制派は反帝国派となり、とりあえず彼の裏の仕事は成立する。

 表は… そもそも、彼はこの事態は末期だと考えていた。どう軍が介入しようと、ある点を越えてしまった流れは、止まる訳ではないのだ。

 彼が軍警の司令部から命じられていたのは、「起こりうる反乱の鎮圧」ではなかった。この起こりうる反乱を利用して、内部の反帝国派をあぶり出すことだったのだ。

 彼らは確かに、鎮圧のような任務を帯びることも多いが、そもそもは軍警なのである。軍内部の監察が基本だ。

 だが考えてみればおかしなものだ、と彼は苦笑する。

 軍内部の反帝国派。その最たる者が、巨大な反帝国組織「MM」の幹部構成員たる彼だというのに、彼に関しては、決してそう見られることがない。

 無論それは、彼という銃の持ち主である盟主の表の顔が作用しているのは重々承知している。

 その意味で言えば、当の昔に、彼の表の仕事は片づきかかっていることになる。彼はそれを判別することができないが、キムはそれが可能だった。

 ソングスペイは、軍内部の反帝国派である。信号が、証明している。

 だが、シミョーンと結びついている場合、果たしてどちらが司政官の本当の顔であるのか、なかなか断定がしにくい。司政官自体が、反帝国派である可能性があるのだ。

 ただ、反帝国派だからと言って、彼ら「MM」と同盟関係にあるとも断定はできない。

 はて、と彼は首を一回しする。と、ドアをノックする音が響いた。

 入れ、と彼は声をかける。思った通り、入ってきたのは、長い髪を無造作に編んだ奴だった。

 そう言えば、この格好を見るのも久しぶりだな、と中佐は何となくおかしくなる。


「何ですか?」


 またこの敬語だ。彼はややにやりとする。

 ちょいちょい、と手招きをすると、腕を伸ばし、近づいてきた「部下」の頭を右手で抱え込むと、唇を合わせた。

 離れると、何だかなあ、という顔でキムは中佐の顔を眺めている。そういう表情を見るとまたもやおかしくなり、何かひどく楽しくなってくる自分を感じる。

 何だろう、とにやにやと笑いながら彼は思う。

 何やら実に、それは愛しいという感情と似ているような気がする。

 本当の感情はどうだったのか、何やらもうずいぶんと遠い話のような気もするから、それに近い、としか思えないのだが。

 ひどく馬鹿馬鹿しいとは思う。もし今自分が作っているこの表情が苦笑だとするなら、それは自分に対してだ。

 だからと言って、この目の前に居る「部下」が、組織の同僚であるのは変わらないし、組織の同僚である以上、逆に盟主の指示一つで寝首をかかれる可能性だってあるし、自分もいつそうするかは判らない。

 だがそれとは別の次元で、確かにそう思う自分が居るのだ。それは認める。そして楽しい。


「…それで」


 まだ何やら不思議そうな顔をしているキムは、言葉のモードを変えた。


『動き出したよ』


 ぴん、と中佐の眉が片方上がる。


『筋書きが、最後の詰めに入るんだよ』


 ふふん、と中佐はくわえ煙草のまま、腕組みをして笑う。


『あんたの方にも情報は入ってきてるでしょ?』


 吸い尽くした煙草をじり、と灰皿になすりつける。消えきれない吸い殻は、一筋の流れを大気中に作り出した。だがその流れは、会話によって乱されることはない。


『向こうの都市のブラーヴィンが動き出した。当局もそれに気付いている。さてこの都市の連中はこれにどう呼応するか』

『呼応は、するもんでなく、させるもんでしょ』


 にこやかに、キムは断言する。

 ああ確かに、と中佐は思う。するのは自然の流れだが、その自然な流れに、自分達は、少しでも手を加えなくてはならない。


『それにもう一つ』


 中佐は再び、同僚の口の動きをたどる。そしてポケットからまた次の煙草を取り出す。もう残り少なくなっている。できれば、このシガレットケースに煙草が入っているうちに、この場を何とかしたいものだ、と彼は思う。


『こっちはこっちで、あの連中はどうやらすっぱぬきを敢行するらしい』

『あの連中がねえ』

『伊達にあの部長さんも、シミョーンの関係する学群に居た訳じゃなさそうだね』

『そのへんは、勝手にやらせておいても何とかなるだろうさ。問題は司政官だが』


 ぷるぷるとキムは首を振る。


『心配無用、だって。少なくともあれは、我らが組織とは無関係』


 あっさりとキムは言い切った。彼はそれを見て、やや皮肉な笑いを飛ばす。


『それは我らが盟主の意向でもあるのか?』


 そしてその意味に気付いたのかどうなのか、キムはそれに対しては、またあっさりと答える。


『どうかな。でもMの目的は、ここに関しては、とにかくここという場所が必要みたいだったからね。俺はそこまでは知らないけれど』


 はて。


 ふと中佐は引っかかるものを感じた。すると盟主の必要としているのは、この惑星の、政治だの資源だの財源だの、ということではなく、「場所」そのものということなのだろうか?

 彼は口の端をかりかりとひっかく。そして取り出した煙草に火を点けようとし… 点かないのに気付いた。


「お前ライター持ってるか?」

「ちょっと待って下さい」


 キムはごそごそ、と上着のポケットをまさぐる。ああでもないこうでもない、と彼はポケットの中身を一つ一つデスクの上に置き始める。


「あれ? 変ですねえ。いつも何かしら持ってるのに」

「お前は吸わないだろう?」

「でもあると便利ですから」


 まあ確かにな、と思いつつ中佐は、キムの出した一つ一つに目を走らす。ライターならぬマッチ、小型のヤスリ、小さな櫛、小型のナイフ… 小型のもののオンパレードといった調子のものが並べられている。

 だが彼の目を引いたのは、その中のどれでもなかった。


「…おい何だこりゃ」


 彼は一くくりのケーブルがそこにあるのに気付いた。両方に奇妙な形の端子がついたそれは、何か何処かで見たことがあるような気がするのだが、どうも思い出せない。


「ケーブルですが? 補給用です」

「補給用?」

「はい、補給用です」


 それ以上の説明はしそうになかった。あああった、とポケットの隅に落ち込んでいたらしい小さなライターをキムはこん、と音をさせてデスクの上に置く。

 火を付けながら、何かが引っかかっているのを彼はまだ感じていた。

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