8 最初に中佐と組むことを知らされた時のキムは
しち面倒な会話だよなあ、と路肩にべったりとあぐらをかいて座り、ギターを弾く若者の様子を見ているふりをしているキムは思った。
トレードマークの長い髪は今日は三つ編みの上、ぐるぐるに頭に巻かれ、さらにその上にストローハットをかぶせてある。
そして中佐の持つ悪趣味なフレームの大きなサングラスを一つ借りて、適当なサイケデリックな模様のTシャツと、ぼろぼろのジーンズを五分丈にして切って履いていれば、文学部に顔を出している学生の顔をしている時とは大分印象が変わる。
百貨店の前で、やや遠くの「絢爛の壁」を監視している二人も、会話が聞こえる程近くで聞いているこの知り合いの知り合いの存在にまでは気がつかなかった。
コルネル中佐に聞かせてやりたいもんだ、と彼は会話を聞きながら思う。中佐なら、ここで交わされている会話を、学生の戯言と一蹴するだろう。その小気味いい程の態度が結構彼は好きだった。
実際、この環境で革命だの反乱だのと考えるあたりが彼にも判らないのだ。彼にしてみれは、反乱というのは、もっとやむに止まれぬ理由が必要なものだった。そうしなくては、自分が殺される、生きていけない。そういった、切羽詰まったものが必要なのだ、と彼は思う。
中佐の台詞も予想できる。だから学生は嫌いなんだよ。裏を探せば情報が手に入る程度の統制で、泣き言をぬかす奴らなんざな。
泣き言、と言うだろう。きっと。
実際、ここの住人達にはそのような切羽詰まったところは見られない。確かに情報の統制はある。だが、「言われなくては気付かない」程度の統制に、反乱は必要なのだろうか、と思わなくもない。
だがキムは別段ここで革命だの反乱の行動が起ころうが起こらなかろうが、それが良いことか悪いことか、という類の興味はなかった。
それが命令だからそうすべく行動はするが、そこに自分の意志はないし、意志を持つ気もなかった。
彼は連絡員であり、計画を練る側ではない、ということを自分で知っていた。そして計画を練る気もなかった。
おそらくそれは、あの盟主の銃である中佐も同じだろう、と彼は何となし感じ取っていた。
できることなら。
キムはややまぶしそうに、ちら、と「絢爛の壁」の方を見る。
できることなら、自分は盟主の銃でありたかったのだ。そして何処かで、銃は銃らしく…
だが盟主はその願いには無言で首を振った。あの氷のように美しい顔に、ほんの微かな笑みを浮かべ。
そして付け加えた。
銃には、それに適した者が必要なのだ。お前では、保たない。
その時、何やら胸に苦いものが走った。何だろう、と思いながらも、その時は盟主の前で、判りました、と素直に返事をした。
だが心の隅で期待はしていた。キムお前を私の銃にするよ、と盟主が唇からその言葉を発するのを。そしてそれは、現実に「銃」たる中佐に会った時に、うち砕かれた。
俺は、銃にはなれない。何故なら、彼はタフすぎる。
*
盟主はその時彼に言った。
「今度お前に私の新しい銃を会わせよう」
彼は大人しくうなづいた。だが内心は決して平静ではなかった。会いたくない、と彼は思った。自分がなれない、その役割の相手に、会いたいなんてどうして思えるだろう?
表面上は平静を装う。それは彼には可能だった。そのつもりだった。
だが盟主はその時言った。その美しい顔に、判別できるかできないかくらいの笑みを浮かべ。
「会いたくはないのだろう?」
彼はそう言われたことに戸惑った。これが誰であっても、彼はその顔を崩す気はなかったが、この盟主だけは別だった。
判っているのだ。これは他愛ない独占欲だ、と。自分にそんな感情があったことに彼は驚いたが、確かにそれはそういうものらしい。
盟主の直接の周囲に居るのは、今のところ、古参の幹部である「伯爵」と、新参の「連絡員」の自分だけだった。それ以外の者は全てただの「構成員」に過ぎない。
盟主が何故自分をその特別な位置につけたのかは判らない。だがどんな気紛れであれ、自分を現在そこに置いてくれているのは事実なのである。
気持ちは、そのまま、相手に対する執着に変わる。
自分の位置に対する執着に変わる。
彼はそのために、仕事をこなす。それは決して悪い働きではない。
「M」
そしてその時彼は、滅多に呼ばない盟主の名を口にした。
「俺はどうして、Mの銃にはなれないの? 戦闘能力は充分ではない?」
「充分だ。戦闘能力だけならな」
そして近づくと、盟主は彼の頬に手を当て、なだめるようにそれをゆっくりと動かした。
「だがお前では駄目なのだ。お前には持久力が無い。その時がまた来たらお前はどうする? お前はそこで私が来るのをまた待つのか?」
彼は息を呑んだ。後頭部に激しく何かを打ち込まれたような感覚が走った。
他の誰でもなく、この盟主が言うことなら、彼は、うなづかない訳にはいかない。
「お前は私に会った時言った。それが望みだと言った。今度そうなったら自分のことは放っておけと。いや放っておくのではなく破壊しろ、と。だが私にはそうすることはできない。それが約束なのだ」
「約束?」
「お前を見つけだし、お前を解放し、お前をこの世界で生かし続けておくことを、私は約束した」
「…誰と」
「それはお前には言わない。お前はいつかそれを自分で知ることになるだろう」
だが彼には予想がつかなかった。
一体誰が、自分のためにこの盟主に頼み、そして盟主がそれを承知するというのだろう。
そんな者はいない。
強く思う。
そんな奴が、居る訳がない。この世界の何処に、自分のことをそんな風に思ってくれる者が居るというのだろう?
そんな奴はいない。いる筈がない!
「…嘘だ…」
「嘘は言わない」
「俺に、どうしてそんな奴が居るというの? 俺は…」
「今すぐ信じろとは言わない。だが私はお前には嘘は言わない。少なくともこのことについて、私はお前に嘘は言わない」
だけど彼の中では、それが嘘だ、と叫んでいる。
冷たく凍り付き、固くこわばったまま、長くさらされた日々は、彼の中身までも凍らせてしまっていた。
大丈夫だ、動いてもいい、私の側に居ろ、と言ってくれた、この盟主だけが、今の彼の全てだった。だから盟主のためなら何でもしようと思ってきた。
だがその盟主の言うことでも、それは信じがたいことだった。
撫でていた頬に軽く唇を寄せると、盟主は離れた。そして彼に「私の銃」の説明を始めた。その時にはキムもまた、表情を切り替えていた。そこから先は仕事だった。「連絡員」は「銃」に会い、次の作戦を成功させなくてはならない。
映し出される3Dヴィジョンを見ながら彼は目を見張った。
「コルネル中佐? 本名?」
「いや。それは私が適当につけた」
「ふうん。それにしても悪趣味な程真っ赤だね」
キムは感心するようにうなづいてみせる。
「それは奴の望みだったからな。身体を生まれ変わらせる時に奴はその色を私に要求した」
「生まれ変わらせる?」
「奴の身体は脳以外はリアルタイプのメカニクルだ」
サイボーグという奴か、と彼は納得した。
「惑星クリムソン・レーキに私が出向いたことがあるのをキム、お前は覚えているか?」
「うん。確かMの表の用事だって言っていたね。でも確かその時、あの惑星はクーデターが起きて」
「私が来るからということでそのクーデターは急遽取りやめとなったようだ。だがその取りやめのために一人スケープゴートを出さざるを得なかった」
「常套手段だね」
「そうだ。だがそのスケープゴートはなかなかと優秀な軍人だった。奴は自分は拘束されている場所から脱け出すことができたが何故か銃殺の広場に舞い戻ってきた。何故だと思う?」
「何故?」
「奴には部下が居た。奴だけでなく奴の部下までもがスケープゴートにされたのだ」
「ありがちなことだね」
3Dヴィジョンの中に浮くその「真っ赤な」男を改めて彼はまじまじと見る。
「それでそのスケープゴートさんはどうしたの?」
「部下を助け出そうと一人でその場を襲撃した」
「無謀だね」
「無謀だ」
ふとその瞬間、彼は盟主の口振りの中に、笑みを見付けたような気がした。そして同時に、微かに自分の中に苛立ちも見つかる。
「それでどうしたの?」
「無論その場では多勢に無勢。勝てる訳がない。本当の首謀者である奴の上司に火炎放射器で全身を焼かれた。そしてそのまま遺体は処分される筈だった」
「だけど?」
「だがその『遺体』はなかなかしぶとかった。捨てられる寸前まで何かを叫んでいる。無論それは無意識だ。だが私の中に突き刺さる程の意志だった」
「それでMは彼を引きとったの?」
自分と同じように。
「とりあえずは確認を取った。生きたいか、と。その時点では奴は遺体と同じだった。私のテレパシイが通じたのが奇跡なくらいのな」
「でも通じた」
そうだ、と盟主はうなづいた。
「あれは強烈に生きることを要求してきたよ。何をしてでも生きたいと私に答えた。私がこの組織の盟主であり、その銃になるならと訊ねても迷いはなかった。優秀な軍人だった筈の男がな」
「そういうものなのかな」
「人間だからな」
キムは軽く肩をすくめた。
「…それで、こういう外見になった訳? …赤は…」
血の色だろうか? 火の色だろうか?
いずれにせよ、それは自分が何故その姿なのかを思い出させる色であるだろう。
言いよどむ彼に、盟主は何だ? と問いかけた。彼は何でもない、と答える。
「彼と今回組むのはいいけど、俺はどうすればいい? Mは、俺が彼とどうしていてほしい?」
「できれば仲良くなってほしいがな」
は? と彼はなかなかその時耳を疑った。
「冗談でしょ」
だがそれに返答はなかった。
*
そしてサルペトリエールの軍警に潜り込み、やや派手な方法で初対面としてみたのだが。
確かにタフだ、と彼は思った。
それは手合わせの時もそう思った。あれ以上同じ状態が延々と続いていたら、形式的にもギブアップしてみせなくては、自分が困るところだった。
そしてそうでない部分においても、冗談じゃない、と彼は思った。あれに毎度つき合っていたら、確かに身体が保たない。
だが出会った印象は悪くはなかった。
確かに盟主が銃とするだけのことはあると思った。少なくとも、あの立ち合いの時の腕は、その身体の持つ力に頼ったものではなかった。
昼だけでない。夜にしても、確かに自分は疲れ果ててしまうのだが、決して自分の嫌がることはしてこないのだ。
嫌がる「素振り」のものに関しては、中佐は実に楽しそうにするのだ。
こちらの嫌がる顔を見るのが楽しいのだろう、と何となく悔しくもなるが、まあそれは大した問題ではない。
だが、本当に嫌なことに関しては決してしないのだ。
彼は何気なく帽子に手をやる。切ったことのない長い髪。かき上げられるのは好きではない。
一度嫌がったら、何故かそれに関しては二度目はなかった。
…だけど。
何かが、自分の中でひっかかっていることに、キムは気付く。だがどうして引っかかっているのか、彼には判らなかった。
*
「それで、どうなりそうだ?」
中佐は煙草をふかしながら、ソングスペイ少尉に訊ねた。
「シミョーンは失脚させることができそうか?」
「不可能ではないでしょう」
あっさりと、少尉は言った。
「彼の部下が、司政官とのパイプ役になっているようです」
「ふん、やっぱりくっついていやがったか」
「今までの要求交渉は、あらかじめ向こう側との根回しがあったことが考えられます。それに、彼自身、どうやら外部の組織とのつながりがあるようです」
「外部の組織? それが何処かは判ったのか?」
「何処とは確定できませんが、かなり大きな後ろ盾ではないかと思われます」
「根拠は。言ってみろ」
「一つは、彼が病院及び学内に作った自分のシンパの連絡網 の形が、ある特定組織のものと酷似していること。もう一つは、時々彼の元に、送り先不明の資金が入り込んでいること」
「何処だと思われる?でかい組織だな? 『黒い水月』『P.A』『SERAPH』…」
「『MM』ではないかと、自分は思いますが」
「あの馬鹿でかい奴か」
表情一つ変えずに、彼は即刻答える。少尉はええ、とうなづく。
危険なことを口にするな、と中佐は思う。何せこの少尉もまた、末端の一人なのだ。そしておそらくは、その末端の位置を利用して、逆にここに起こりうる反乱を阻止しようとしている。
「なるほど。貴官はその組織について詳しいらしいな」
「…軍警にとって、かの組織について知ることは重要です。自分は自分なりに、あの組織の行動パターンを過去の事件より学びました」
ほお、と中佐は煙を大きく吐き出す。そして彼は、何気なく訊ねる。
「何か貴官は、個人的にあの組織に恨みでもあるのか?」
「そう見えますか?」
「何となくな」
ソングスペイ少尉は、一度うつむくと、やがて大きく空をふりあおぐ。
いや空ではなく、彼が仰ぎ見たのは、煙草のきついにおいと張り合うように、その香りを辺り一面に漂わせるキンモクセイだった。
「…自分は、あの組織のために、この惑星を追われました」
「貴官は、この惑星の出身だったのか? 書類にはそういう記述はなかったが」
「自分は本籍自体を、この惑星を出た時に取り替えました。それは可能であったし、一応合法的なものです。何も問われれば隠す程のものではありません」
ふうん、と中佐は片方の眉を上げる。
「なるほど。それじゃ何だ。この屋敷が、かつては貴官の家だったとでも言うのか?」
「はい」
彼はうなづいた。
「ずいぶんとでかいな」
「一応、この都市内でも有数の資産家ということだったようです。自分はほんの子供だったので判りませんが、兄や姉の話ではそうだったようです」
「親はどうした」
「…兄と姉が協力して自分を連れて脱出したきり、しばらくその消息は知れませんでしたが…」
少尉は言い籠もる。何となく中佐は話の方向が見えてきたような気がしていた。
「見つかったのか?」
「数年前に、死亡が確認されました」
「殺されていたのか?」
ええ、と少尉はうなづいた。中佐は吸い尽くした煙草を地面に落とすと、ぎゅ、と踏みつぶす。そして次の一本に火をつけた。
「父は当局に捕まってすぐに。脱出を企てて、当局の兵士に射殺されたとのことです。母はしばらくの拘置の後、自殺したらしいです。…自殺とは限りませんが」
「何でそんなことされたんだ」
「…判りません。ですが、当時父は、この州全体でも経済の中心に居た一人ですから、彼が居なくなることで利益を得た者は居たのでしょう」
ふうん、と中佐はうなづく。その表情には特に変化はなかった。
何となくそれを見てソングスペイ少尉は苦笑した。やっぱりこの人には、個人的感傷など関係ないのだ。
「それでソングスペイ、それと貴官のあの組織への個人的恨みとどう関係がある?」
「あの頃からです。この州が急に統制を厳しくしたのは。周囲の州が、帝国からの独立をうたい、次々に体制を変化させていきました。その独立は、『MM』の後ろ盾があってのことだと聞いています」
「ほお」
「そして当時、兄や姉の話によると… 彼らは自分と歳が離れていましたから… 父は、この家は、その外の州と連絡を取り合って、その組織に援助をしていたということです」
「ちょっと待てソングスペイ。それでは貴官の父は、組織の一員ということだったのか?」
「いいえ」
少尉は首を横に振る。
「あくまで資金援助だけだったようです。そしてその資金は、外側の州がこちらへと正しい情報を届けるための、報道機関等に流されていたようです」
「放送か」
なるほど、それはあり得る、とやや目をまぶしそうに細めながら中佐は思う。
資産家の、目的は何であれ、外部への資金流出。それがこの州政府当局に明るみにされて、これ幸いと財産の没収も兼ねて、摘発、もしくは抹殺。よくあることだ。
だがそれはそれとして、この場合の流れはおかしい、と彼は思う。
彼の知る限り、「MM」は、そのような資金調達の方法を取らない。
盟主自体も、表向き、はかり知れない程の帝国内の権限と資産を持つことは彼も知っている。
だが無論、この巨大で、かつ巨大な範囲が掴めないこの組織の運営に関しては、盟主一人の資産で動いている訳ではない。
あちこちから資金調達は必要であるし、実際それは行われてもいる。だが、その場合、そんな単純に「調達」という言葉で見分けられる様な方法ではない筈だった。
組織が動くことによって生じる経済効果というものがある。そしてそれを見越した産業そのものが、資金調達源である場合もあるのだ。
例えば、観光惑星一つが組織の動きにより、危険を怖れる客の出足が良くなったり悪くなったりする。それを見越した投資そのものが資金源となる。
その場合、活動理由の「にわとりと卵」にやや混乱を招くこともあるが、その不自然を不自然と感じさせないのが、海賊放送などの電波を使った組織員への表向きの広報や、本当の帝国の公式広報機関を利用した事実の婉曲表現や不自然でない程度の歪曲だった。
無論そこまで一般の構成員はあずかり知らぬことだがな、と中佐は思う。
彼も無論知らなかったのだ。「盟主の銃」という幹部格になるまでは。
彼の属する組織は、どうやら、帝国政府自体と、大きく癒着しているらしい。
だがそれは今考える問題ではない。中佐は自分の疑問のみをそこからクローズアップする。
「…父が捕まっても、母が監禁されても、支援していた組織からの救いの手はなかったそうです」
なるほど、と中佐は思う。
組織が当局が、それそれぞれに恨みが、というのではなく、この都市全体が、少尉の郷愁と復讐の対象になっているらしい。
「それで貴官は、どうしたいというんだ?」
「どういう意味ですか?」
「我々が、何であるのか貴官はちゃんと判っているのか?」
「無論判っております。ですから、この地における組織の手を排除し…」
「わかった」
中佐は片手を上げた。
「感情に走るなよ、ソングスペイ少尉」
「判っています。コルネル中佐」
果たしてどうかね、と中佐は思う。
彼には、キンモクセイの香りは、ただうっとおしい、甘ったるい臭いに過ぎない。




