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またたび繁盛記・妖奇譚  作者: 蛟龍窟
3/3

妖の学び舎にて ~後編

 夜のとばりにはまだ早い。

 ナッチーは書道部の活動があるとのことで、『また後でね』と言って、教室を出て行った。同じように、帰宅する者、部活に行く者など、生徒たちが次々と出ていく。その一方で、雑談に花を咲かせる者たち、一人で次世代携帯電話をいじり回す者、あるいは複数でゲームに励む者、自習する者など、数名ほどが残っている。

「図書室にでも行きましょうか」

 そう誘いをかけられて、三目灯の後を追って三階まで昇っていく。三階の西側の先端部分が図書室となっていて、ここも中等部と高等部が共有して使用できるようになっている。

「ここは基本的には本や新聞などの紙媒体を扱ってる部屋で、機器の使用は基本禁止。ひとつ手前に情報処理教室ってあったでしょう。コンピューターを使いたかったら、あっちね。どっちでも自習で自由に使えるの。わざわざ分ける必要もないと思うんだけど。暗黙の了解として、あちらは一切のおしゃべり禁止だから、話しながらの自習とかなら、こっちの方が便利よ。

 というわけで、春華さんの質問に答えていきましょうか。何から知りたい?」

 そう言いながら両者は、一番奥の四人掛けの机に向かい合って腰を下ろした。

「まずは妖怪のこととか、他にいろいろ。そういうのって、多分学校とか習ってないというか、本で読んだことがないのかも知れないの。瑞葉さんには『一般常識だ』みたいに言われちゃったんだけど」

「なるほどね。やっぱりそこからよね。まず、妖怪って聞いて、どんなの思い浮かべる?」

 そう言われて春華は首を傾げながら考え込む。

「何か、怖いもの。鬼とか、山より大きな巨人とか、得体の知れないお化けみたいな。壁とか傘とかがしゃべったり、歩いたり。それとか、大きなムカデとか化け猫なんてのも…あっ、もしかして猫又って化け猫なの?」

「それ、瑞葉さんに言わない方がいいわよ。『一緒にしないでよ』って激怒しちゃうわよ」

 三目灯は軽く笑ってから、軽く背中を反らす。

「まあ、同じようなものなんだけどね。それはそれとして、妖怪の仕業とされているものとしては、たとえば山奥から不気味な声が聞こえたり、着物を着ようとしたら袖から手が伸びてきて手助けしたなんてのがあるわね。あるいは、一本道のはずなのに迷子になったとか、海の中から巨人が出てきたとか。他には使い古しの釜が暴れ出したとか、破れた傘が一歩足で歩き出したとか。そういう不思議な現象を起こす理由が、昔はさっぱり分からなかったの。そこで、それらは妖怪の仕業じゃないかってことになったわけ」

「化け猫も?」

「まあ、そうね。猫が化けて出て、怨みを晴らしたとか。他には、雀が都落ちした貴族の怨みを晴らすために、内裏だいりに入り込んで食べ物を食い散らかしたとか。普通の猫とか雀がそんなことをするはずもないから、あれは普通の動物が妖怪に変化したものだってことになったりしたわけよ」

「ふうん」

「使い古された釜や包丁などが妖怪というか神様になると言われたのが、付喪神つくもがみね。物に魂が宿って、神様になったっていう。

 座敷童ざききわらしだって本来は妖怪扱いだったんだけど、それが住み着いた家が裕福になるからって、福の神みたいな扱い受けてるし。妖怪と神の境目って大したことないのよね、実のところ。基本的なところはこんな感じかしら」

「んー、でも」

 春華は二度、三度と目を瞬かせて、

「今言ったような妖怪はみんな、不思議な現象っていうか、お化けみたいなものでしょう?

 三目さんとか、クラスのみんなって、見た目は人間そのままよね。今言ってたのと、違うんじゃない?」

「そこがね、ちょっといやらしいところなんだけど。

 春華さんは、天孫降臨てんそんこうりん神武東征じんむとうせいって知ってる?」

「聞いたことがあるような気もするけど…よく覚えてないみたいだから、もしかしたら聞いたことないのかも知れない」

 おやっ、と小さく呟きつつ、三目灯は頭を両手で抱え込みながら机に伏せていた。

「そうよねえ。人間世界のほうじゃ、あまり教えてないみたい。

 じゃあ、大和朝廷っていうのは?」

「あっ、それは聞いたことある」

「ざっくり言えば、神の孫が人間の国に降りてきたのが天孫降臨で、それからいろいろあって、やがて後に神武天皇になる男の代になると、高千穂から大和やまとに攻めて行って、政府を築いたの。それが神武東征による大和王朝の成立ってわけ」

「ざっくりしすぎです」

 三目灯が数冊の本を広げ、ノートに示すなどして大まかに説明した内容は、こんな感じになる。

 高天原たかまがはらには神が住んでいる。主神である天照大神あまてらすおおみかみの孫の一柱ひとはしらに、天饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊(あめのにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)という神がいた。これは『日本書紀』での表記で、『古事記』では天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命と書かれる。あまりにも長いので、瓊瓊杵尊ににぎのみことと略されることが多い。

 さて、この『ニニギ』はやがて、『アマテラス』より三種の神器を授かり、豊葦原中国とよあしはらのなかつくに、すなわち人間の住む大地に降り立った。詳しく言えば、日向国ひむかのくににある高千穂たかちほとなる。これが『天孫降臨』である。『ニニギ』はやがて出雲国いずものくにを収めていた大国主命おおくにぬしのみことを半ば脅すような形を取りながらも、国土を譲り受ける。これが『国譲り』と呼ばれるものである。

 『ニニギ』から三代が経ち、神日本磐余彦尊かむやまといわれひこのみことの時代となる。これも『日本書紀』での表記であり、『古事記』では神倭伊波礼琵古命となっている。

 ともあれ、『イワレヒコ』がは軍勢を率いて東進した。目標は大和国やまとのくにである。紆余曲折を経て、やがて大和国を治めていた連中を退けて統治者となり、彼は始馭天下之天皇はつくにしらすすめらみこととなる。すなわち、神武天皇であり、天皇の始祖である。

「これらの出来事は、全てが真実とは限らないけど、そういうこともあってのでしょうね。問題は、神武天皇にすべての者が味方したわけじゃないってことよ。神話では、神武天皇は神からこの国の支配権を授けられた正統な統治者ってことになってるけど、元々住んでいた者たちにすれば、勝手に襲ってきて自分たちの土地に居座った侵略者よ。味方する者たちもいたでしょうけど、敵対した者たちも多かったはず。

 じゃあ、神武天皇による侵略を正当化させるにはどうすればいいと思う?」

「どうすればって言われても、よく分かんないわ」

「方法はいろいろあったかも知れないけど、そのうちのひとつが相手を化け物扱いすることだったのよ。

 これは他の国の、他の時代でもよくあることみたいなんだけど、元々住んでいた連中は化け物でした、悪魔でした、悪い神を信じている野蛮人だちでしたって言いふらすの。そして、我々は正義の味方です、正しい神様の使いの者です、だから退治してあげました。正しい教えを広めてあげました。侵略じゃありません、みんなを助けて上げたのです、って言うわけよ」

「何それ。それって、ひどくない?」

「ひどいわよ。さすがに大和国で最も抵抗した長髄彦ながすねひこは、『ニニギ』よりも先に豊葦原中国に降りていたという饒速日命にぎはやひのみことの娘婿っていうことになっていて、地元でも名のある豪族だったみたいだから、多少はまともに書かれているわ。でも基本的には、神武天皇に味方した連中はみんな心の清らかな、正義の心に目覚めた素晴らしい人たちっていう扱い。逆に敵対した連中は、心の捻じ曲がった、醜い姿をしている、西洋でいう悪魔のような存在でした。あるいは文化や言葉の理解できない野蛮な連中でしたって書かれ方をされてるわね」

 春華は思わず口を押えながら、前かがみになってしまう。

「ごめん。なんだか気分が…」

「悪くなって当然よ。でも、さらに気分が悪くなるわよ」

「それってどういう…」

「逆らった連中が、実は化け物でしたとか、悪魔でしたって扱いをされたって言ったわよね。それが私たち、人間と同じ姿をしている妖怪なの。同じ姿なのは当たり前よ。だって元々は人間だったんだもん。それが神武天皇に逆らったとか、それどころか、逆らってもいないのに元々住んでいるのが邪魔だからって殺したり追い出したりしておきながら、実はあれは化け物でした。妖怪でしたって扱いをされてしまったのよ」

「じゃあ、ここにいるみんなは…」

「その末裔まつえいたちよ。さっきのバカ丸…じゃなかった、土雲鷹丸も『土蜘蛛』っていう妖怪の一族よ。神話では『手足が短く、背が低い』って書かれていて、それが実は蜘蛛の化け物でしたっていう扱いを受けちゃったわけ。本当は鉱山で働いていたり、刀鍛冶をしていた人たちだったみたいね。でも、巨大蜘蛛っていうのが印象的だったのか、面白がったのか、平安時代には巨大蜘蛛が暴れまわって、それを源頼光みなもとのよりみつって武士が退治したって話が残ってるわよ」

「へええ」

「他には、神武東征の話の中で井光いひかって妖怪も出てくるわ。井戸の中に住んでいて、身体が光っていて、尻尾があるって」

「それこそ化け物っていうか、妖怪のイメージって気がするけど」

「化け物って思うからよ。井戸の中に住んでたんじゃなくて、井戸掘り職人だったら、どうかしら。身体が光っていたっていうのも、松明みたいなものを持っていたから、上から覗き込むと明るくて、まるで光ってるみたいに見えたのかもね。尻尾っていうのも、つたなんかを束ねて命綱みたいにしているのを上から見れば、長い尻尾の先を井戸の外まで伸ばしてるように見えたとか、そんなところじゃないかしら」

「そういうものなの?」

「私の勝手な想像も入ってるかも知れないけどね。冷静に考えれば、あり得なくもないでしょう?」

「そうね、言われてみればそうかも」

 さすがにしゃべり続けて疲れたのか、三目灯は軽く身体を揺らし、肩を回し、深呼吸を二度、三度と繰り返す。

「元は人間だったから、区別するために『人妖怪ひとようかい』なんて言い方をする者もいるわ。他には、酒呑童子しゅてんどうじとか茨木童子いばらきどうじなんてのは、平安時代に現れた『鬼』だけど、本来は山賊の集団だった言われてるの。あまりにも強くて、人殺しとか放火までやったものだから、『あいつらは人間じゃない、鬼だ』ってことになったのね。妖怪と似たような扱いだわ。だから、妖怪とか鬼の子孫の中には、人間を恨み続けているような連中もいるし、もう過ぎたことだから忘れようとか、できるだけ人間と関わらずに生きていこうとか、いろいろな考えがあるの。そういう話し合いになると、しょっちゅう揉めるわね。

 とりあえずこんなところかしら。質問とか、ある?」

「分かったような気もするけど、全部はまだ理解できてないかな。教えられてないのかも知れないし、何となく聞いたことがあるような話もあった感じで。質問って言われてもすぐには思いつかないわ」

「あら、そう。まあ、今の話だと、妖怪扱いされた人間とか、ただの気のせいだったのが妖怪の仕業だっていう話はまだ筋が通るんだけど、猫とか狐とかが長生きすればそれで不思議な力を持った妖怪になるのはどうしてなのってことになっちゃうのよね。気のせいだけでは方が付かない話もたくさんあるみたいだし。研究家とか専門家もたくさんいるから、何らかの答えはあるかも知れないけど、さすがにそこまで詳しくはないわ」

「でも、いろいろ聞けて勉強になったわ。ありがとう」

「どういたしまして」

 三目灯は、机に出ていた本を集めると脇に寄せ、ノートもたたむと、春華を正面から見据えた。

「じゃあ、こちらからひとつだけ質問させてもらってもいいかな。

 前もって言っておくけど、私の質問の内容がただの気のせいなら無視してもらってもいいし、答えたくないようなことなら答えなくてもいいわ。不愉快なことだったら謝るし、誰にも言わないでって言われたら誰にも言わない。まだ会ったばかりの相手を信用してって言っても難しいかも知れないけど、アタシってば気になるとずっと気にしちゃうのよね。それでムカつかれることもあるんだけど。というわけで、いいかな?」

「私は、三目さんは信用できると思うの。だから、言って」

 急に湧き上がる緊迫感に、春華は息を呑む。

「『読んだことがないのかも知れない』、『聞いたことがないのかも知れない』、『教えられていないのかも知れない』。この言い方って、おかしくない?」

「え?」

「『あなたはこの本を読んだことがありますか?』って聞かれたら、『はい、読んだことがあります』とか、『いいえ、読んだことはありません』。あるいは『読んだことがあるかも知れませんが、忘れました』って答えるのが普通だと思うの。自分のことだから主観的に語れるはずよ。

 もしこれが『三目灯はこの本を読んだことがあると思います?』って質問だったら、自分のことじゃないから分からなくても仕方ないわよね。だから『読んだことがあるみたいです』とか『読んだことはないみたいです』。あるいは、『この本について話題に上ったことがないので、もしかしたら読んだことがないのかも知れません』って答えるわよね。客観的に。

 春華さんって、こういう言い回しが多いのよね。ただの口癖だって言うのなら、それはそれでいいんだけど、何となく気になっちゃったのよ」

 無意識のうちに、客観的に、他人事のように話していたとは春華も気付いていなかったようで、しばらく押し黙ってしまう。三目灯は、息を殺してじっと待つ。ゆっくりと、春華は口を開いて、これまでの経緯を語り始めていた。とはいえ彼女の分かることといえば、いきなり記憶の一部分が無くなっていたことや、気付いたときには瑞葉に引き取られていて、今日から学校に通うようになったこと。この程度でしかない。

「何も思い出せないっていうか、思い出そうとしても何も思いつかなくて、自分が何もないみたいに感じちゃうのが怖いの。外側だけは身体があるけど、中身が空っぽ。ガラス瓶みたいな自分は、本当は最初から何もない存在だったんじゃないかって、何度も思ったりしたわ。学校で習ったはずのことや、いたはずの親も、本当は最初から何もなかったんじゃないか、誰もいなかったんじゃないかって…」

「ああ、うん…あの、立ち入ったことを聞いちゃってゴメンね」

「いいの、悪気があったわけじゃないし。それに、こんなの誰にも言えなかったけど、口にしてみたらちょっとはスッキリしたかな。大丈夫よ」

「それにしても、覚えておきたい部分は残して、都合の悪い部分だけを記憶から無くすなんて、そんなうまくいくとは思えないんだけど。それって、むしろ…でも、まさか…」

「え?」

「あ、ううん、何でもないの。ちょっと頭の中で考えが暴走しちゃったみたい。まあ、あの瑞葉さんのことだから、普通じゃ考えられないことも出来たとしてもおかしくないわね。スペシャルにワンダフルなウルトラミラクルパワーな妖力とかで。『魔法少女・ねこぴゅあ!』とかなんとか。そうか、瑞葉さんは『ねこぴゅあ』だったんだ」

 いきなり立ち上がって、杖を振り回したり変身するような仕草をしながらおどける三目灯の様子に、春華は思わず笑い出していた。それに合わせて暴走した三目灯が、ずかずかと寄ってきた図書委員に大目玉を食らったのは余談である。


 外は徐々に闇に覆われ、静寂が支配し始めていた。

「ナッチーもようやく終わったみたいね」

 校門の前に立つ春華と三目灯の元へと、同じ部活の生徒たちであろう数人の集団に手を振って離れ、駆け寄ってくるナッチーの姿。

「菊美さん、灯ちゃん、お待たせ。実はね、二人におみやげ。じゃじゃーーん」

 手元でちらつかせる三枚のチケットらしき紙きれ。

「今日は友達を二人待たせてるって言ったら、先輩からもらっちゃった。『クレマンソー』の『ガレット・トロペジェンヌ』無料お試し券」

「うそっ!」

 春華を押しのけるようにして、チケットをつかんで目を見張らせた三目灯の身体が小刻みに震える。

「うわあ、マジじゃない。あの噂の、あの伝説の、絶品菓子ばかりが並ぶという『クレマンソー』の中でも最高峰の、いいお値段してますね的すぎて簡単には食べられないと非難殺到の、アレが食べられるなんて。よし、行きましょう。今すぐ行きましょう」

「え、今から?」

「あのね、春華。こんな話があるの、聞いて。

 この辺りでかつて討ち死にを遂げた野武士が、長年に渡って怨霊としてさまざまな悪さをしていたの。ある時、その怨霊を見つけた『クレマンソー』の主人が憐れんで『ガレット・トロペジェンヌ』を作ってあげると、それを食べて感動した怨霊は、それまでの悪行を悔いて成仏したの。それ以来、『クレマンソー』の『ガレット・トロペジェンヌ』は、魔を退け、幸せをもたらす菓子として、広く伝えられることになったわ。それほど逸品なのよ」

「そんな話があるなんて。不思議なこともあるものね」

「やだぁ、嘘に決まってるじゃない」

「えっ?」

「たった今、そんな話を思いついたので、デッチ上げてみました」

 しれっと返す三目灯に、春華はワナワナと震えて、

「ちょっと、灯ちゃん」

「だって、春華ってばマジメすぎて、何でもまともに受け止めるから、からかいたくなるんだもん。仕方ないじゃない」

「やだあ、もう。意地悪っ!」


 結局、みんなで『クレマンソー』で堪能して帰ってきた頃には、家々の窓から明かりが漏れ始めている。春華は『またたび』の明かりを横目に見ながら脇道を通り、裏口から入っていく。

「ただいま帰りました。遅くなってごめんなさい」

「お帰りなさい。春華さん」

 まだ営業中なのだろう。店に通じる扉の向こうからは、笑い声などが漏れ聞こえる。

「もう少しで区切りが付くから、着替えて、宿題とかも済ませちゃいなさい。それからご飯にしましょうか」

「はい」

「学校はどうかしら。うまくやっていけそう」

「はい、みんないい人たちばかりで。あれっ、妖怪だから人って言っていいのかしら。灯ちゃんもすごく親切で、いろいろ教えてくれるし」

「いい子でしょう、三目さん」

「いい人だけど、灯ちゃんって、時々…あれ?」

 少し違和感を覚えた春華に、瑞葉が軽く微笑む。

「不思議でしょう、あの子。最初のうちは春華さんのことは、菊見さんって呼んでたはずよ。それがだんだんと、春華さんとか、春華ちゃんとかになって。逆に三目さんも、自分からそう呼んでって言わないのに、春華さんもだんだん呼び方が変わっていって、最後には…」

「灯ちゃん、って呼んでました。でも、それはナッチーがずっとそう呼んでたから」

「そうね。そのナッチーさんに常に傍からそう呼ばせておいて、それが自然だと思わせたんじゃないのかしら。だから、会って初日なのに、もうずっと友達だったみたいでしょう」

「そう、そんな感じ。不思議です」

「それを図々しいって感じて、嫌がる子も結構いるみたいよ。でも、春華さんは大丈夫そうね」

「はい。私の一方的な感じですけど、仲良くやっていけそうです」

 扉の向こうから男の呼ぶ声がして、瑞葉が店へと戻っていく。春華は自分の部屋へ戻ると、鞄を置いて、背伸びをした。

「今日だけでいろいろなことがあって、疲れちゃったなあ。もっと、何ていうか、怖いかもとか変なこと言われたらどうしようとか考えちゃってたけど、灯ちゃんのおかげかな。うん、私は大丈夫。明日もよろしくね」

 思わず笑みがこぼれて、普段着へと着替え始めていた。


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