7.帰りし勇者と王国の危機 (中篇)
暖かな陽気に、涼やかな風が砦内を吹き抜ける。それが、訓練によって汗ばんだ体には、程好い心地になる昼下り。アポロ達がカーラの報せに訓練の手を休め、広場の中央に集まっていた。アポロ達は互いに顔を見合せつつも、目の前に視線を向けている。
そこには、身に付けていた武器をカーラに預け案内されてきた、三人の男性と一人の女性が立っていたからだ。
ケインとさほど変わらぬ歳と見える少年と、その後ろに、使い込まれた革の鎧に身を包む三人。
純朴そうに見える少年は、少し陽に焼けた茶色の髪を後ろに流し整え、瞳の中に利発な光を輝かせていた。だが、まだそばかすの残る頬を強張らせて、緊張の色を覗かせている。
そして、後ろにいる三人。ひとりは人族、ヒューマンと見える壮年の男性。短く刈り込まれた頭髪と無駄のない機敏な動きに、歴戦の戦士を思わせた。その男性は鋭い視線を、アポロや周りにいる者に投げ掛けている。
もうひとりは、短躯に、それに負けず劣らずな横幅を持つ男性。まるで巌かと見紛う筋肉に覆われ、その右肩は長年酷使したのか、瘤のように盛り上がっていた。短躯の男は髭に埋没させた顔を緩め、どこか楽しそうにアポロ達を眺めている。
そして、最後のひとりは女性だった。細身の妖艶な顔立ちをしているが、長い黒髪に浅黒い肌をしていた。その瞳に妖しい輝きを放ち、周囲を睨め回している。
一癖も二癖もありそうな三人は、常に闘争と共に暮らす者が放つ、特有の雰囲気を辺りに醸し出していた。
その気に当てられたのか、ケインを始めとする砦の面々はどこか腰が引けた状態だった。だが、アポロにとっては、それは長年慣れ親しんだものであり、どちらかといえば心地良い雰囲気であった。
「何とも妙な組合せだな。どういった集まりなのか、見当がつかんな。人族にドワーフ、それに……その女性はもしかして、ダークエルフではないのか」
アポロは順番に、探るかのような視線を四人に向けていたが、最後の女性の所で眉を潜めた。その声にも、どこか非難めいた声音が混じっている。
それもそのはず、聖魔大戦の折り、ダークエルフは闇の信徒として、邪神側に立って戦っていたからだ。
エルフは森の妖精とも呼ばれ、元来、人族には滅多にない、魔力を有して生まれてくる。そのため、魔法に長けた種族であった。だが、それ故なのか、その魔力に囚われダークサイドに堕ちる者が、数は少ないがいたのだ。邪神から膨大な魔力を与えられ、その代償に髪や体が黒く変色してしまう。そんな、ダークサイドに堕ち、闇の信徒となったエルフを、人はダークエルフと呼んでいた。聖魔大戦の折り、アポロ率いる光の軍勢は、このダークエルフが操る魔法に、随分と悩まされたのだ。だから、ダークエルフと思しき者を見ると、その声に非難の色が混じるのは致し方ない事であった。
「言っておくけど、アタシはダークエルフじゃないよ!」
アポロの非難が滲む声音に気付いたその女性が、はすっぱな態度で歯切れ良く啖呵を切る。そして挑むように、眉間に皺を寄せ険しい顔をアポロに向けた。
「それぐらいにしておけ。俺達は別に喧嘩をしにきた訳ではないのだからな」
人族の壮年の男性が、厳しい眼差しをそのまま女性に向けて窘めた。そして、険しさを少し緩めた視線をアポロに向ける。
「すまないな。彼女にも、色々と事情があってな。俺はヴァルハラ傭兵団の団長を務めるガイ・ヒューストン。この二人は同じくヴァルハラ傭兵団のメンバー、ドルクとサーラだ」
ガイ・ヒューストンと名乗る男性が、ふてぶてしい笑みを浮かべて、横に立つドワーフとダークエルフに見える女性を紹介した。
「俺はミテの通りドワーフだ。ドックと呼んでクレ」
紹介されたドルクは、ドワーフ特有の訛りで挨拶すると、アポロと女達を見渡し何を勘違いしたのか、破顔して豪快に笑い声をあげる。
だが、サラと紹介された女性はアンナ達女性陣を一瞥し、アポロをさも不潔なものを見るように、歪ませた顔で眺める。そして「ふんっ」と、鼻を鳴らしてそっぽを向く。ドルクやサラが、何に勘違いしたのか思い至ったアポロが、憮然とした表情を浮かべる。
二人の様子に苦笑いを浮かべた団長のガイは、目の前にいる少年の肩をポンと軽く叩いた。途端に、ビクリと体を震わせる少年。緊張のあまり、周りのやり取りにも気付いていないようであった。
少年は強張った表情のまま、慌てて話し出す。
「ぼ、僕はカリエント村の村長ロバートの息子マイクです」
その言葉に、それまで不思議そうな顔をして少年を眺めていたアンナが、何かを思い出したのか、手を打って声を上げる。
「どこかで見た顔だと思ったら、そうそう、父さんの会合に付いて行った時に、何度か顔を合わせた事があるわね」
「あっ、はい。アンナさんもお元気そうで何よりです」
マイクと名乗った少年は、自分の事を見知った人に出会えた事にほっとしたのか、少し表情を綻ばせた。
「この子と、顔見知りなのか?」
アポロが物問い気な顔をアンナに向けた。
「カリエント村は、この辺りの農村では一番大きな村なの。だから、村長達が集まる会合ではいつも、ロバートさんが纏め役なのよ」
アポロに向かって答えたアンナが、マイクに尋ねる。
「あなただけで来たの? ロバートさんはどうしたのよ。それに後ろの三人は……」
アンナが後ろの三人をちらりと眺め、その雰囲気に押されて途中で言葉を途切らせる。
「僕達の村も盗賊に……その時、父さんも……」
「そ、そうなの……」
マイクが顔を歪めて答えるのに、アンナを始めとするアマル村の女性陣が、沈痛な表情を浮かべる。彼女達は自分達の村に起きた山賊の襲撃と、カリエント村に起きた出来事を重ねていたのだ。そして、未だ村に帰れぬ身の不運を思い、涙する者までいた。
その周りの様子に、堪えていた物が堰を切ったのか、マイクが大粒の涙を流し出す。それを見たケインまでが、歳も近い事もあり涙を流し出した。そうなると、幼い子供達も感化されて、「うあぁんうあぁん」大声上げて泣き出す始末。遂には、アポロと傭兵三人以外の全てが泣き出し収拾がつかなくなってしまった。
見かねたガイが一歩前に進み出る。そして、優しくぽんと、軽くマイクの頭の上に手のひらを乗せて、代わりに話し出した。
「俺達傭兵団は王国に雇われている。といっても、俺達はまだ旗揚げしたばかりの、三十人ばかりしかいない弱小傭兵団だがな。今の王国には、俺達を雇うので精一杯のようだ」
ガイはそこで言葉を切り、自嘲気味に少し笑うと、続けてまた話し出す。
「俺達は受けた仕事で、この辺りの農村部を視察してたんだが、ちょうど、カリエント村が盗賊の襲撃に合ってるのに出くわしてな。カリエント村はここらで一番大きな村だが、生きの良い若者は皆王国に徴兵されていたから、盗賊共に抗しきれないでいた。そこで、俺達は村の防衛に手を貸す事にしたのだ。何とか盗賊は撃退したのだが、その時、盗賊から妙な話を聞いた。光の勇者が現れ、アマル村で拐ってきた女達を指揮して、盗賊達を砦から追い出したと。どうにも眉唾な話だが、それが本当なら協力を仰ぎたいと、この子が言うものでな。俺達もいつまでも、村に居るわけにはいかない。それに、俺も盗賊達を追い払ったあんたに興味があった。だから、この子を護衛ししながら、様子を探りにここに来たという訳だ。で、あんたがその光の勇者なのか?」
ガイが探るような目を、アポロに向ける。
どうやら、この砦から逃げ出した山賊達が、カリエント村を襲撃したようであった。その襲撃自体は、ガイ達傭兵団のお陰で何とか撃退できたが、その際、村の者が数人命を落としたようであった。その中に、マイクの父親の、村長でもあるロバートも含まれていたのだ。マイクは将来、村長を継ぐべき身である。その責任感から、盗賊の襲撃がまたあるかもしれないと心配したマイクは、父親を亡くし悲しみにくれる心に蓋をして、ガイ達を伴いここまで来たのだ。
さっきまで涙を流していたマイクは、今はすがるような眼差しをアポロに向けていた。
「はぁん! どうせ、そいつも偽勇者のひとりだろ。そんな騙り者を、あたしは信用できないと思うけどね」
しかし、今までそっぽを向いていたサラが、突然声を上げ、またアポロを睨み付けた。
アポロが、それに苦笑いを浮かべて応対する。
「先ほどは、すまなかった。どうも、勘違いしていたようだ」
アポロが、素直に先ほどサラに向けた非礼を詫びて、頭を下げる。それを見たサラが、そういった紳士的な謝罪に慣れていないのか、今度は照れたようにそっぽを向いて呟く。
「べ、別に良いけどさ。当たらずも遠からずだから……」
「んっ?」
アポロが下げていた頭を上げて、不思議そうな顔をした。
「あたしは、帝国の魔導研究所で産まれたからね。そこでは、ダークエルフの魔力を研究して、次世代に残そうとしていた。あたしはそこでのあまりな扱いに、愛想尽かして逃げたしたのさ。そこを、ガイの傭兵団に拾ってもらった」
サラがぶっきら棒にあっさりと、とんでもない事を口にした。
それはアポロにとって初耳であり、かなりの衝撃をもたらした。何故ならば、サラの見た目は二十代に見える。となると、あの聖魔大戦よりも前から、そして大戦中も帝国が裏ではそのような研究をしていた事になる。ダークエルフの魔力は邪神にも繋がる魔力。それは、その当時の世界を滅亡へと導く、危険極まりないものであった。そのような研究を秘密裏に行うとは、世界に対しての背信行為に他ならないからだ。
「まあ、その辺りの詳しい話は後にして、それよりあんたは一体何者なんだ」
アポロが眉を潜めていると、ガイが話に割って入ってくる。
「そうだったな。俺の自己紹介がまだだったな。俺はアポロニア・クロムウェル。皆はアポロと呼ぶ」
アポロが前髪の先を、少し弄りながら名乗りを上げる。
「ふんっ、いうに事欠いて、勇者の名を騙るとはね。だいたい髪の色も違うよ。嘘をつくにしてももう少しましな嘘をつきな」
サラが蔑むように険しい顔して言うと、ガイも顔をしかめている。だが、ドルクはアポロの腰に吊るされている剣を見詰め、大きく目を見開き驚きの表情を浮かべていた。
「デ、出来れバ、その剣を見せてクレ」
アポロは一瞬、躊躇う素振りを見せたが、直ぐに快諾して手渡した。
その剣は幾多もの危難を一緒に乗り越えた、アポロにとって半身ともいえる大事な剣であった。だが、言葉の端々からガイ達の傭兵団は反帝国だと推測され、それほど危険な連中ではないと判断したからだ。それに何より、アポロの持つ剣はドワーフ達にとっても、大いに関係した物でもあったからた。
ドルクが、その人の良さそうな顔を引き締めて、剣を受け取り鞘を払う。
陽の光に煌めく刀身を、食い入るように見詰めていたが、暫くして目を閉じ「ほぅ」と、ため息にも似た声を出しそっとアポロに剣を返した。
「間違いネェ。こいつは本物ダ。本物の聖剣ゴッデスソードに間違いナイ」
神妙な顔をしたドルクがぼそりと呟いた。
「……」
「嘘! ドルク、あんたは本物を見た事あるの? それに、その剣が本物の聖剣だと、直ぐに分かるものなの?」
ドルクのその言葉に、さすがのガイも、マイクと一緒に呆気にとられた顔をしていたが、サラは信用出来ないと、ドルクに文句をつける。
「いや……実は見たことがアル。聖剣はドワーフの名匠と言われる者ガ、総出で打ったものだからナ。俺の鍛冶の師匠だったガイズ師匠が指揮をしていた関係で、俺も何度か相槌を務めさせてもらっタ」
「その話、初めて聞いたわよ」
「あぁ、もう鍛冶を止めた俺には関係ない話だからナ。聖剣に関わってた話自体、お前らにも初めて話ス。そもそも聖剣はセントール達の秘宝、“女神の涙”と呼ばれる珍しい鉱石を打って出来た剣ダ。だから断言デキル。こいつは本物だト」
サラの問い掛けに、どこか寂しげな表情を浮かべたドルクが答えた。
「女神の涙?」
「そうダ。うそかほんとか、空に浮かぶ星が落ちて来た物、それが女神の涙。そ鉱石に、ハイエルフ達が持てる魔力を注ぎ、俺達ドワーフが火精の力を借り、一月掛けて一心不乱に打ち込み、出来上がった剣がゴッデスソード。世界に一振りしかない剣なのダ」
皆がドルクの話に驚いて、アポロの腰に吊るす剣を眺める。そればかりか、アポロ自身も、聖剣の由来を初めて詳しく聞き驚いていた。
「それにしても、あのガイズの弟子に出会うとは……」
ガイズとは聖光騎士団に所属していたドワーフで、いつも大酒を飲み陽気に騒ぐ男であった。ともすれば、飲み過ぎて皆に絡みアポロを困らせる事もあった。
かつての愛すべき仲間を思い出し、アポロは思わず天を仰いだ。
そのガイズも、邪神との最終決戦のおり、その命を落としていたからだ。
皆が、年少組は尊敬の眼差しをアポロに向け、大人達が驚きや神妙な面持ちで押し黙る中、一人だけ騒ぎ立てる者がいる。それはサラだった。
皆が驚くのをよそに、アポロの胸ぐらを掴み引き寄せる。
「あんたが、光の勇者だというなら今までどこにいたんだよ。大戦の後、光の勇者さえいたら、帝国も、それどころか世界がこれほど乱れる事もなかったのに」
サラがアポロに詰め寄り、矢継ぎ早に不満を言い立てる。
「無茶を言うな。アポロ殿にも、色々あったのだろう。それに、アポロ殿一人がいたどころで、世界はそうそう変わらなかったはずだ。欲にかられた権力者、特に帝国の暴走はな。大方、アポロ殿も身の危険を感じて雲隠れしてたのだろう」
ガイがサラの肩に手を置き、宥めるように声を掛けていた。
「勇者のくせに隠れてたのか!」
「いや、そういう訳ではないのだが……」
更に詰め寄ろうとするサラに、アポロが困惑した顔向けていると、アンナも二人の間に割って入ってくる。
「まぁまぁ、立ち話も何だから、込み入った話はそこの小屋の中で、お茶でも飲みながら話しましょうよ」
にこやかな笑顔を浮かべたアンナが、近くの小屋を指差していた。そこは、この砦内では、皆が集会所に使っている比較的大きな小屋だった。
「……ふんっ、そうね。そこで、ゆっくりと詳しく話を聞かせてもらうわ」
サラが鼻を鳴らして、さっさと小屋に向かって歩き出す。ガイが皆に頭を下げつつ、その後を、慌てた様子で追いかける。
「ガハハハ、そんなに悪い娘ではないのだがな」
ドルクも豪快に笑うと、その後に続く。
その三人の様子に、アンナやケイン達が顔を見合わせ、慌てて追い掛けた。
アポロも、何ともペースを掴みかねる珍客に苦笑を浮かべて後に続こうとしたが、ふと立ち止まり、東に視線を向ける。
「……帝国か……大戦中も、あまり協力的でなかったが、大戦後を見越しての事だったのだろうか」
その緩んだ表情を引き締め、険しい顔付きに変えて呟いていた。
それは、砦を囲む樹木の向こう、東の地平線の彼方にある帝国を、睨むが如しであった。
そして、このヴァルハラ傭兵団との出会いが、大陸の新たなる動乱の幕開けなるとは、夢にも思っていなかった。