表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/8

6.帰りし勇者と王国の危機 (前編)


 山々の緑が陽光に映え、鮮やかに輝いて見える。ここ山腹にある砦にも、その生命力溢れる薫風が漂ってきていた。

 そんな砦内の広場では、アポロの前に皆が整列して一斉に剣を振り下ろしている。


「せぃ! せぃ! そりゃ!」


「よし、次は前進しながら左右の切り返し! 後退しながらの左右の切り返し!」


 アポロの号令のもと、皆が左右に剣を振り下ろす。ケインもアンナや女性達も、汗を流して体を動かしていた。子供達四人も近くで、真似して木の棒を振り回している。


 アポロが誓いを立ててから、半月ほど経つが何かが劇的に変わるはずもなく、たかだか二十人ほどでは何も出来ない。

 取り敢えず今は、アポロが皆を鍛え上げていた。


 熱心に訓練に励むケインの後ろには三人の元山賊の男達が従い、同じように剣を振って修練に励んでいる。

 彼ら三人は一からやり直すため以前の名を捨て、新に名前を名付けてくれとアポロに願い出た。最初は難色を示したアポロであったが、彼らの懇願に負け渋々ながら名付けた。

 一番がっしりしている壮年の男にグリアス、三人の中では一番目端の利きそうな細身の青年にビーン、寡黙かもくで言葉少なな小柄な男にブリントと名付けた。三人の男は大層喜び、今はケインやマリーの世話を一生懸命行っている。

 ケインやマリーも最初はかなり嫌がっていたが、今は三人に随分と馴れたようだった。



「よし止め! 次はそうだな……ケイン、前に」


「あっ、はい」


 皆が真剣な顔で注目する中、ケインがアポロの前に出てくる。


「それでは、剣を構えてみろ」


 ケインが頷くと、アポロに向かって中段に構える。それを、アポロがじろりと眺める。


「剣先は相手の目に向け構えるように。それと、肩から力を抜け。力が入り過ぎると、逆に動きが鈍くなるぞ」


 アポロが剣先の向きや高さなど、ケインの構えに手直しを加えていく。


「ふむ、こんなものかな。中段の構えは剣の基本であり、最強の構えと言われる。何故か分かるか」


 皆が首を振ると、アポロがケインの前で剣を抜き中段に構える。


「ケイン、斬りかかって来てみろ」


 その言葉にケインが動こうとするが、目の前にあるアポロの剣が圧力となり迫り、額に汗を浮かべて動けなくなる。


「どうだ、この剣が気になるだろう。中段に構えた剣があると、相手は容易には斬り込めなくなる。本身の刃を見ると、人は自然と死を意識してしまい、体を固くしてしまう。だから、斬り込むにはまずその剣を払うなりしなければ踏み込めぬものだ。そうなると、相手より一動作遅れることになり、逆に斬り込まれる。中段に構えるのは、防御には最も適している構えともいえる。だが、それだけではない。そのまま、一歩前に踏み出せば、一動作で相手に突き入れることが出来る。まさに攻防一体の構えなのだ」


 皆が真剣な顔で感心したように頷いている。


「それでは二人一組、打太刀と仕太刀に別れての形稽古だ。怪我をしないように最初はゆっくりでいいぞ」


 アポロは皆に真剣での稽古を課していた。今の情勢ではゆっくりと剣を教える事も出来ず、先ずは皆に剣を慣らさせる事にしたのだ。それに、アポロ自身の剣技も、実戦の中で培ったものでもあったからだ。


「ケイン、お前は俺とだ」


 アポロが構えを解き、剣をだらりと体の横に下げる。そこに、ケインが「たぁ!」とかけ声と共に剣で打ち込む。それをアポロが、下から掬い上げるように打ち払うと、ケインの手から剣が離れ頭上へと飛んでいく。


「まだまだ力が入りすぎだぞ。もっと柔らかく、手首や体全体で衝撃を逃がせ」


 アポロが、くるくると回りながら落ちてくる剣を、顔をしかめて左手で受け止める。

 悔しそうに顔を歪めたケインが、「はい!」と元気よく返事してその剣を受け取った。


「もう一度だ。続けてどんどんこい!」


 言われる通り、ケインが次々に剣を振るう。掛け声と共に、上段から振り下ろし下段から振り上げ横に薙ぐ。

 そのことごとくを、アポロが弾き返す。その度に手首が痺れるのか、ケインが顔を歪めている。


「まだまだ! 姿勢は正しく、もっと速く! もっと力強く!」


 アポロが剣を弾くと共に、ケインに体当たりをする。ケインが吹っ飛ばされ、地面に転がっていく。


「ほらっ、守りが疎かになってるぞ」


 ケインが唇を噛み締め立ち上がると、またアポロに斬りかかっていく。

 その周りでも、皆が「やぁ、とぅ」と元気な掛け声で訓練に励んでいた。


 そんな訓練の最中、誰かの呼び掛ける声が聞こえてきた。


「アポロさーん!」


 その声にアポロが振り返ると、砦入口の門で辺りを警戒していたはずのカーラが、此方に向かって走って来るのが見えた。

 カーラは砦に残った女性達の中では、一番年嵩の二十九歳の女性で、四人の子供達のうち二人の女の子の母親でもあった。そのカーラがふくよかな体を揺すらせ駆け寄って来るのを、皆が訓練の手を止め注視していた。


「どうした、何かあったか」


 アポロが不審気な視線を向けると、カーラが息を弾ませ答える。


「あっ、はい。見知らぬ人が……」


 どうやら誰かが、この砦を訪ねて来たようだった。


   ◆


 深い堀を穿うがち、幾重にも重なる石壁が階段状に連なる。その重厚な城壁には、数年前の神魔大戦の時に出来た傷跡が、まだ生々しくも残っていた。

 中央に王城を抱えるその都市は、大陸でも古い歴史を誇るエストラル王国の王都。そして、その外壁にある正門前は騒然としていた。

 近隣の村落から王都に逃げ込む者、或いは他国へと脱出するために、王都から去ろうとする者などで連日の騒ぎになっていたのだ。

 その人々や周囲を警備する兵達は一様に、その表情に暗い影を落とし、重苦しい雰囲気が漂っている。


 その騒ぎの最中、数十台の馬車が連なってやって来ると正門前で止まった。その馬車群を取り囲むように、兵士達が集まってくる。


「おい、お前達はなんだ! どこからきた!」


「これはこれは御苦労様です」


 先頭の馬車から小太りの男が体を揺すらせ降りると、にこにこと表情を緩め、部隊長らしき男に頭を下げた。


「私は行商人のマーカスと申します。お喜び下さい、この度はホルス卿の要請で、物資を大量に持ってきましたぞ」


 マーカスと名乗る男がにこやかに笑って、懐から書類を取り出し手渡した。


「ふむ、確かに内務次官ホルス様の判が押されているが……あの者達は?」


 隊長らしき男が馬車に付き添う、柄の悪そうな男達を眺めて顔をしかめた。


「彼らは護衛の方々ですよ。最近は物騒ですからねぇ。それよりも、今回はアルコールの類いもかなり……ふふ、今夜あたり頑張ってる皆さんに、振る舞い酒があるかもしれませんな」


 その言葉に周りにいた兵士達が、顔を見合わせ表情を綻ばせる。

 それを苦々しげな面持ちで眺めていた隊長が、商人と柄の悪い護衛達を見詰めため息を吐き出す。


「よし良いだろう。だが、くれぐれも中で騒ぎは起こすなよ」


「はい、それは勿論でございます」


 にこにことした笑いを貼り付かせたまま、商人が馬車に乗り込むと馬車の列は門内へと動き出した。

 それを部隊長が、首を振りつつ眺めていた。



 門内へと進んだ馬車の隊列は、通りを進むに連れ、数台づつに別れてあちらこちらに散っていく。それは、予め決められていた動きのようであった。


 そして残り数台となった馬車が、王城近くの大邸宅の門内に入っていく。

 先頭の馬車が屋敷前で止まると、待ちかねたように屋敷から男が走り出てくる。その豊かな口髭を生やした壮年の男が、馬車から降りた男に焦りの色を滲ませた声で話し掛けた。


「マーカス、本当に大丈夫なのか」


「ホルス卿、ここでは……」


「しかし……」


「大丈夫ですよ。今回は私も支店の金をかなり流用しましたからな」


 ホルス卿と呼ばれた男が不安そうな顔を見せていると、馬車の荷台からぞろぞろと完全武装の男達が降りてきた。

 その男達は使い込まれた鎧に身を包み、歴戦の強者つわものを思わせる風情をみせる


「あ、あの者達は……」


「腕利きの傭兵達ですよ。私も最早後戻りは出来ません。今度の作戦は何としても成功させるつもりですよ」


 ホルス卿が頬をひきつらせてゴクリと喉を鳴らした。


「さあ、早く中へ。人目につきますからね。今回の作戦が成功すればあなたも、ふふふ」


「う、うむ。そ、そうだな」


 体を揺すって笑うマーカスと、ぎこちない動きのホルス卿が屋敷の中へと入る。傭兵達も油断なく周りを窺いながら屋敷内に消えると、辺りは静かになった。


 それはこれから王都内で起こる騒乱が、嘘でもあるかのような静寂だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ