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1.帰りし勇者が目にする世界とは。


「ぐはぁっ!」


 全身鎧に包まれた大柄な男が、構えた大盾ごと漆黒の槍につらぬかれて、地に転がった。


「ハンク!」


 まだ年若い青年とも少年とも見える男が、声を張上げ、その大柄な男のそばに駆け寄る。


「ぐぅ、す、すまねえアポロ。どうやら俺も……ここまでのようだ」


「しっかりしろハンク!」


「この傷だと……お前の聖魔法でも……もう助からんだろう。妻と子供……こいつを……息子に…………」


 息も絶え絶えのハンクと呼ばれた男は、手に握り締めた物をアポロと呼んだ若い男に渡そうとしたが、途中で力尽きた。

 差し出した右手が力尽き地に落ちかける中途で、アポロと呼ばれた男がしっかりと、その手を受け止める。


 そしてその握り締めた手のひらを開けると、そこには小さなメダルがあった。

 血に汚れているが、銀色に輝くそのメダルは、正義のあかしでもあり、光神グラハーに仕える聖光騎士団だけが、持つことが許される聖騎士のメダル。


「わかった、必ずお前の息子に届けよう。そしてハンク、お前の家族に……いかに勇ましくも正義を成したか、必ず伝える」


 アポロと呼ばれた男は、物言わぬ姿と成り果てたハンクに向かって、そっとささやく。

 そして周りを見渡すと、沢山の者達がハンクと同じように、物言わぬ姿へと変わり果て地に転がっていた。

 それは森の民エルフの女騎士エリカを始め、山の民ドワーフのガイズ、草原の民セントールのヒューガなど、様々な種族からなる勇者達、聖光騎士団の面々だった。

 その聖光騎士団も、最後のひとりハンクが倒れ、遂に潰滅した。


 だが、聖光騎士団だけではない。ここに辿り着くまでのその長い戦いの間に、数多くの名も無き兵士達がその命を落とした。

 そんな多大な犠牲を払い、ついにこの浮遊要塞の最深部、邪神の間へと辿り着いたのだ。


「皆の想い……いかに戦い倒れたのか、必ず家族に伝えよう」


 アポロと呼ばれた男が、周りで倒れる聖光騎士団の面々を見詰め呟く。


 そして、キッと鋭い視線を前に向け、雄々しく高らかに叫ぶ。


「これで、最後だ! この長い戦いの決着を着ける!」


 すると、アポロと呼ばれた男の白銀の頭髪が輝き、その背後には八枚の光翼が現れる。そして、光輝く軌跡を描き、空中を疾駆する。

 彼が剣を手に持ち疾駆する先には、禍々しい瘴気を発する巨大な闇があった。その闇からは幾つもの漆黒の槍が飛び出し、アポロに襲い掛かる。だが、背中にある八枚の光翼が、全てを打ち払う。そしてそのアポロの持つ剣が、蒼く煌めき闇を斬り裂いていく。


『ゴガアァァァァ! オノレ光ノ勇者メ!』


「これで世界は救われる……ここに来るまでに倒れた仲間の想いを……思い知れ!」


 闇の中心、闇が一層濃く固まる中心部を、光と化したアポロが突き抜けた。


『グガァ!』


「やったか? 長かった戦いもこれで……」


『グウゥゥゥ……オ前ハ何モ分カッテイナイ……ワレヲ滅ボシテモ何モカワラナイ……ソシテ人ガイルカギリ我ハマタ復活スル…………』


 巨大な闇はそう言い残すと、一気に膨れ上がり、その表面に幾つもひびが入る。そして内部から生じた光と共に、大音響を発して爆散した。




 ガウス歴895年、闇の軍勢を率いて世界を蹂躙じゅうりんした邪神アルトモートは滅びた。

 しかし、邪神アルトモートを討ち倒した光の勇者アポロもまた、その際の爆発に巻き込まれて行方不明となる。


 のちに、聖魔大戦と呼ばれた五年にも及ぶ長き戦いは、こうして幕を閉じた。


 世界中の人々は、光の勇者アポロを惜しみ嘆いたが、それと同時に、世界が救われたことに歓喜し、その身を震わせた。

 これで世界は平和になり、これからは皆が幸せになると誰もが思った。

 世界は救われた……はずだった。

 だが…………。


 数年を待たずして、辛うじて残った大国ローマン帝国は、この機に世界を統合しようと動きだす。それに反発する小国が、連合を組み対向するに至る。

 山岳地帯を支配し、金属の精練を一手に引き受けるドワーフ達は、武器の輸出に狂奔きょうほんし、本来は世界を監視するはずのエルフ達は、大森林に引きこもりそれを傍観した。


 また世界は、混沌とした様相をみせ始める。


 平和になり、欲望を噴出させた権力者達によって、弱者は踏みにじられ、世界は怨嗟えんさの声に満ち溢れた。


 そこには、かつて邪神を倒すために世界が協力し、心をひとつと成した姿はもうなく、国同士、或いは種族間の憎しみしか残されていなかった。


 邪神が倒され、世界は救われたのではなかったのか?

 邪神が倒され、世界から悪意が一掃されたのではなかったのか?


 ……世界は変わったのか?

 否、世界は……。


   ◆


 邪神が倒され数年の時が過ぎ去った。


 建ち並ぶ家屋がまるで焼き討ちにあったかのように朽ち果て、廃墟と化した村落の中を男が歩んでいた。

 全身を隠すかのようにフード付きコートで、すっぽりとその身を包む男の足取りは、まだ年若い年齢だと感じさせる。

 その男が廃墟の真ん中辺りまで進んだ時、ふと立ち止まった。

 何処からともなく、何かを焼く匂いが漂ってきたからだ。

 男がその匂いの元に目を向けると、朽ち果てた家屋の前で、年老いた老婆が何かを焼いていた。


「お婆さん、それはもしかして鳴きネズミでは……」


 老婆の前に歩み寄った男が、少し非難のこもった声で話し掛けた。


 鳴きネズミとは家人に、邪悪なるものを鳴いて知らせるといわれ、場所によっては聖獣として崇められていた。だからこそ古来、人々に珍重される生き物でもあった。

 男の知ってる以前、神魔大戦のおりは、闇の軍勢に備えて、人々はこぞって鳴きネズミを求めたのだ。そんな事もあり、男の口調には、どうしても非難めいたものが含まれてしまう。


「なんだいあんたは。今頃のこのこ来ても、ここには何も残っちゃいないよ。それに、これはあたしのだからね。上げないよ」


 老婆の前にはすでに数匹の鳴きネズミが、串に刺さり火に炙られていた。そして最後に残った一匹を、今しも捌こうとしているところだった。


「見たところ、それは鳴きネズミの……」


「はんっ、あんたも鳴きネズミは聖なる生き物だとかいう口かい。そんな事は言われなくても分かってるよ。あたしも、だてに歳を取っちゃいないからね」


 老婆が男の言葉に被せるように返事をして、男を黙らせる。


「しかし……」


 尚も言い募ろうとする男に、老婆が周りを指差した。


「この村も、危険を予知してくれるといって、沢山の鳴きネズミを飼っていたのさ。だけどね、この村が襲われたとき、一声も鳴かなかった。それでこの有り様なのさ。確かに邪悪な生き物には反応するかも知れないけど、人の悪意には無反応。なんの事はない、聖なる獣なんかではなかったのさね。自分の身に危険が及びそうなときだけ、鳴いていたのさ。所詮は獣、それならあたしの腹の足しになっても、ばちは当たらないだろ」


 そう言って男に興味を無くすと、手元の鳴きネズミのお腹に、ナイフを突き立てようとする。


 男はそれでもやはり見兼ねたのか、また声をかける。


「……それなら俺が、その鳴きネズミを買い取ろう」


 その言葉に初めて男に興味を示した老婆が、繁々と男を眺めた。


「……ふんっ、今の世の中は、金よりも食べ物だからね。高いよ」


「では金貨一枚でどうかな……多分、今もこの金貨は使えると思うのだが」


 男はコートの内側から、金貨を一枚取り出した。


「き、金貨……本物だろうねぇ……おや、こいつはドラクレナ晶貨じゃないか。前に見たことがあるよ。確かにこの七色の輝きは……」


 老婆は受け取った金貨を透かすように眺めていたが、途中で驚きの声をあげた。


「厳密には金貨ではないのだが、やはり今はもう使えないのか」


「そ、その逆だよ。大神殿が保証する硬貨。この世界で一番信頼される貨幣だからね。国が発行する金貨の数倍の値打ちがあるよ。あたしも昔、都で数回しか見た覚えがないねえ」


「そうか、使えるのか。それは、よかった。それならその晶貨で、鳴きネズミを売ってくれ」


「あんた馬鹿なのかい。どこの世界に、鳴きネズミ一匹に晶貨一枚もだす馬鹿がいるんだよ……ふぅ、分かったよ。あんたにただで上げるよ」


「いいのか」


「あたしゃ、そんな馬鹿も嫌いじゃないからね。ほんとに今時珍しい馬鹿だよ」


 老婆が歯の抜け落ちた口を大きく開けて「フェッフェフェ」と楽しそうに笑う。そして、鳴きネズミと晶貨を男に返した。


!」


 突然、男が痛みをこらえた苦悶の声をだした。

 受け取ろうとした男の指に、興奮した鳴きネズミが噛み付いたのだ。


「馬鹿だねぇ、正面から持とうとするから噛まれるんだよ。後ろから首の付け根を……」


 老婆が会話の途中で驚くと、言葉を途切らせた。

 それは興奮した鳴きネズミを、男が子供をあやすように撫で上げると、途端に大人しくなり、それどころか心配そうに、噛み付いた指をペロペロと嘗め始めていたからだった。そして、男が撫でる度に、「ピーピー」と喜びの声をあげていた。


「あんた……不思議な男だね。何者だい」


「俺か、俺はアポロ……」


「なんだい、あんたも山師のひとりかい」


 老婆が呆れたような声をだす。


「山師? なんだそれは」


「あの大戦の後、それこそ雨後の筍みたいに、光の勇者を名乗る者がぽこぽこと現れたからねえ」


「ほう、そんなに光の勇者がいるのか」


 男の声に少し驚きの色がびる。


「自称光の勇者だけどね。我こそは光の加護を受けし勇者ってな具合にね。なぁに、只の人集めの方便さ。今の混乱した世の中、人が集まるとそれ自体が力になるからさ。今はどこの国にもいる。国が支援して後ろ楯になってるからね。我が国は光神アマラに認められた唯一の国だと言いたいのさ」


「ふむ、そんなものか……」


 途端に、アポロと名乗った男は興味をなくしたようであった。


「ところでお婆さん、ここはアマル村なのだろうか」


 アポロと名乗る男が、手のひらの上にいる鳴きネズミを撫でながら訊ねた。


「そうだよ。ここはアマル村。今はもう廃墟だけどねぇ」


 老婆は「フェッフェフェ」と、今度は少し自嘲気味に笑う。


「さっき、襲われたと言ったが、いったい何があったんだ」


「今からちょうど一月ほど前の夜半に、襲われたんだよ。相手はローマン帝国の連中さ。と言っても、やつらはただの山賊だけどねぇ。帝国が援助をして、このエストラル王国を荒らしてるのさ。国同士の争いで泣かされるのは、いつもあたしらみたいな庶民だよ」


 老婆は憤懣やる方ないとばかりに、近くに置いてあった杖で地面を叩き出す。それに驚いた鳴きネズミが、男のコートの中へと隠れた。


「それであんたは、この村になんの用事があったんだい。ここは見ての通り、もう廃墟の村だよ。住んでるのもあたしひとりだけだからね。まさかあんたもあいつらの仲間じゃないだろうね」


 老婆がじろりと男を眺めた。


「世話になった友人の家族が、ここに住んでると聞いたのでな。少し見に来たのだが……」


「おや、誰のことだい。あたしの知ってる人かね」



「友人の名はハンク。ハンク・ランバートというのだが、彼の家族がどうなったか知っているのなら教えてほしい」


「あんた、ハンクぼうやの友達だったのかい」


 老婆が驚きの声をあげた。


「ハンクぼうや……お婆さんはハンクの事を知ってるのか」


「知ってるも何も、あの子が産まれたとき、あの子をとりあげたのはあたしだからね……ハンクぼうやが村にいてくれたらこの村も……もう過ぎた事だね」


「そうだな。ハンクがいたら……山賊なんかにそう簡単にやられやしなかっただろうな。それでハンクの家族はどうなった」


「……」


 老婆が沈痛な表情をして、押し黙った。


「まさか……」


「やつらは……けだものだよ。奥さんはやつらに慰み者にされた挙げ句、子供達の見てる前で殺されちまったよ。あいつらに比べたら、まだ闇の信徒の方がましだよ」


「なっ……殺されて……ハンク、すまない。もう少し早く、俺が来ていれば……」


 アポロと名乗る男は、懐に仕舞い込んだメダルを握り締め、呻き声をあげた。


「ハンクぼうやの息子と娘は、そのままやつらに連れていかれたよ。あれから一月、まだ無事だといいけど」


「ハンクには、娘もいたのか」


「そうだよ。このあたしが取り上げた女の子がね。もっとも、ハンクぼうやが闇の信徒達との戦いに出向いた後に産まれたから、ハンクぼうやは抱き上げるどころか、見てもいないだろうけどね。ハンクぼうやは世界を救うために命を落としたというのに、家族は救ったはずのその人間達に酷い目に合わされるとは……全く馬鹿な話だよ」


「……」


 アポロと名乗る男も押し黙り、二人はしんみりと言葉をなくした。


 暫くして、ようやく男が口を開く。


「お婆さん、その山賊達の居場所は分かるかな」


「詳しい場所は知らないけど、ここから北に見える山のどこかとだけ……まさか、あんた行くつもりかい」


「友との約束だ。果たさなければいけない。それに……友の代わりに」


 そこで言葉を切ると、北の地に見える山並みに目を向ける。


「子供達を救い。妻の仇を取る。それが、仲間達を戦いへと駆り立てた俺の責任」


「まさかあんたは……」


 老婆が大きく目を見開き、杖を支えによろよろと立ち上がる。


 その時、男は初めて気付いた。老婆の右足の膝から下が無くなっていることを。しかも、まだ傷が癒えていないのか、巻かれた包帯には血がにじんでいた。


「お婆さん、その足は」


「ふんっ、こいつかい。この右足はやつらに切り取られたのさ。しかもあの山賊どもは、笑いながらこの右足を切り取っていった。あいつらは人間じゃない。けだもの以下だよ」


 老婆が悔しそうに、その体を震わせていた。


「……またひとつ、やつらの所に出向く理由が出来たな」


「相手は百人、いやもっと、それ以上の人数がいるはずだよ。それでも行くのかい」


「かつて、俺達は絶望的ともいえる戦いを続けていた。俺の仲間達、兵士の中には加護もなく、ひとりでは魔獣と戦うことも出来ないような男達も、数多くいた。だが、世界を救いたいという想いだけで、最後まで俺に付き従ってくれた。それなのに、山賊の数が多いからといって逃げることができようか。いな、そんなことは断じて出来ない」


「やっぱりあんたは……」


「お婆さん、鳴きネズミのお礼に少しだけ」


 そう言った男の右の手のひらが、微かに白く輝く。そして老婆に近付くと、その右足に、そっとその右手を添える。


「あっ、痛みが引いていくよ。これはいったい……」


「聖魔法の癒しの手だよ。といっても、今の俺にはこれが精一杯。少し痛みを和らげるぐらいしか出来ないけどな」


「ハンクの友人で聖魔法を使う男。名前はアポロ……あんたは本物、本物の光の勇者アポロ……」


 老婆が呆然とした表情で、男を眺める。

 その時、二人の間を突風が吹き抜け、男のフードを後ろへとはね飛ばす。

 そこには、色褪せた灰色に染まった頭髪が現れた。若い端正な顔立ちだけに、その頭髪が余計に目立ってしまう。


「俺の名は、アポロニア・クロムウェル。かつて仲間達は、俺の事を光の勇者アポロと呼んでいた。だが、邪神討伐の役目も終わり、光の加護ももう無い。そう今の俺は、ただのアポロ」


 アポロは、加護を無くしたため灰色に変わった髪を、少し恥ずかしそうに触っていた。


「しかし、正義の心はまだ無くしていないつもりだ」


 そう言うと、鋭い視線を緑豊かな北の山地へと向けた。



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