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雑草姫の微笑  作者:
13/27

豊穣祭 3

 太陽の昇りきらない帝都はまだほんのりと薄暗く、肌寒ささえ感じる程だったが、爽やかな風に乗ってあちこちから聞こえてくる声には既に陽気な響きが混ざっている。


 豊穣祭当日、帝都中から集まった地位も様々な《花》達で大通りは既に埋め尽くされている。

 普段は“麗しの都”として賞賛される帝都ルシュタンブルも、この期間ばかりは様々な色や形の花飾りが帝都の至る場所に飾り付けられる。時折風に乗って舞い上がる花びらは、道端で売られている花籠の中身を気の早い者達が舞い上げているのだろう。

 賑やかな会話を聞くと、帝都では余り聞かない言葉の微かな訛りを持つ《花》も居て、帝都だけでなく近隣の都市からも大勢の観光客が押し寄せている事が伺い知れた。そのいずれもがこれから始まる一年に一度、一週間に渡って催される豊穣祭への興奮とあらば、声が自然と大きくなるのも致し方ないだろう。


 この期間中ばかりは“花皇宮(サライ)”以外、全ての区画をどの地位の《花》が練り歩いたとて摘み出されないし、皇族や上流階級の貴族達がパトロンとなって人々に飲食を提供する為、連日深夜までお祭り騒ぎが途切れる事も無い。

 だが、帝都以外からも大量の人間が集まれば当然諍(いさか)いも発生する。

 現在では飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが表面にあるが、元々は創世の神へ感謝を捧げる神聖な祭だ。当然流血沙汰はご法度だが…例年、帝都に所属する者だけでなく、帝国中から集まる騎士達が警邏(けいら)を行っていても根絶は難しい程、帝都の豊穣祭に集まる人間は膨大である。


 更に今年は五年に一度の大祭が重なる年だ。大祭でしか見られぬ奉納の舞を見るべく、例年よりも更に人の多い帝都は宿泊する宿屋が足りず、魔物の存在を承知で帝都の外に寝泊りする者まで大量に現れる始末であった。







 ウィンザー大通りを“花皇宮(サライ)”の方向へ進み、端麗花(エレノア)貴花(シュレイル)の住む区画を分けるようにして広がる大広場の中央には、円形状の舞台が作られていた。周囲には幾多もの花飾りが舞台端を彩り、舞台の上には瑞々しい緑葉と色彩様々な花が散りばめられ、熱気の満ちる広場の中でその空間だけが静かに主役達を待ちうけている。

 帝都に延びる六本の大通りのうち、このウィンザー大通りを含む三箇所の広場で今年の舞手達は、創世の神と見守る市民達へ舞踊を披露するのだ。



「……ど、どうしよう…こんなに人が沢山いるなんて…」



 舞台から伸びる花道の先、外からは見えないように作られた即席の控えの空間で、そっと扉の隙間から外を伺ったルーナリーアは、薄く化粧の施された顔でも分かる程にさあっと顔色を青褪めた。


 既に舞の為の衣装に着替えた姿は、薄絹の白い布地に銀糸で刺繍が施されたものを何枚も繊細に重ね、腰のあたりで銀細工の細い金具が揺れるものだ。手首と裸足の足首には同じく銀で作られた細い輪に鈴が付いたものを着用しており、動く度にしゃらしゃらと涼しい音を響かせていた。

 銀色の髪を彩るのは、自分の《花》である小さな野苺の花と、その葉で作られた冠だ。

 見た目だけだと、絵画に描かれる花の化身のような姿だが、誰が見ても分かる程に緊張しうろたえ、あまつさえ泣き出しそうに眉を下げるる姿は年齢よりも酷く幼く見えた。


「大丈夫よ、ルナ。 最後の練習の時は一番綺麗に踊れてたんだし」


 室内に設置されたテーブルの前に座り、精神を落ち着ける効果のあるハーブティーへ口をつけながら、呆れたようにルーナリーアを見たのは黒髪の友人だ。ルーナリーアと全く同じ衣装を身に着けているが、その黒髪を彩るのは淡い青色の五片花――星の精(ブルースター)だ。黒い髪に淡い青が良く映えている。


「そうそう、舞を教えて頂いた先生も仰ってたじゃない? 私達の一番大切なことは、どれだけの“感謝”を舞に込められるかだって」


 人差し指を立てて、舞を師事した先生の声色を悪戯っぽく真似るのは、まっすぐな淡い栗色の髪を頭上で高く結わえ、黄色に花びらの縁だけが赤い端麗花(エレノア)のラナンキュラスが花冠で飾られ、髪と同じ色の瞳をきらきらと輝かせている少女だ。

 初めて顔を合わせた時、エミリエンヌ・フレンシーと名乗った一つ年上の少女は、見るものを晴れやかな気分にさせる明るい笑顔を浮かべている。


「そうね、失敗や大衆の声を恐れるのではなく、自分の心と向き合う事が大切よ」


 ティーカップをソーサーへ優雅に置きながら、エミリエンヌの言葉へ被せるようにして穏やかな声が重なった。背中の中ほどまである蜂蜜色の柔らかな髪とラベンダー色の瞳を持つ女性は、貴花(シュレイル)である掌を隠してしまう程大輪に咲く紫のカトレアを花冠にしている。ルーナリーアよりも三つ年上のソフィア・エルスティは、顔色の悪いルーナリーアを落ち着かせようと微笑んで見せた。


 言葉にこそ出さないが、テレーゼ・ベッカー・ブラームスも小さく微笑んでいる。ルーナリーアより一つ年下のはずだが、社交界での経験がある少女はとても落ち着いていた。アッシュブロンドの髪を肩のあたりで切り揃え、銀色がかった薄い青の瞳がとても神秘的だが、この少女の《花》がそれをより一層引き立てている。

 内側は小さく、外側は大きい五片花を二組互い違いに重ねたようなそれは、驚くべきことに花弁全体がほんのりと透けている。内側のみ薄い桃色をしているその花は、稀花(セルナリア)硝子花(グラスフラワー)と呼ばれていた。


 当然、ここにいる乙女たちはルーナリーアよりも地位が上の《花》だ。

 にもかかわらず、当初ルーナリーアが心配したような事は一切なく、全員が対等に接してくれた。それどこか、練習の合間に茶会を開いたり、遊びに行ったりと、それぞれがルーナリーアを可愛がり、あるいは慕ってくれている。

 だからこそ血豆が潰れるほどの厳しい練習にも笑って耐えることができたのだが――舞台を取り囲むようにして広場中を埋め尽くす人手は、人の多い場所を余り得意としない少女にしてみれば、額に冷や汗が浮かぶ程緊張するものだった。彼女達の励ましに一時は笑って見せ、空いた席に座りはしたものの、やや神経質に手首の飾りを(いら)う姿に、きゃらきゃらとした笑い声が響く。


「だーいじょうぶだよ!ルナが失敗しても、転んでも、踊りをド忘れしても…ちゃーんとボク達がフォローするから。 その為に一人じゃないんだし、ねっ」

「リーゼロッテ様…」

「もー!リーゼって呼んでってばー」


 ハーブティーどころか、先程からクッキーを食す事に忙しかった少女が得意気に薄い胸を張る。

 可愛らしく唇を尖らせたこの少女こそが、リーゼロッテ・フォン・ミレシア・ユルドゥーズ――この帝国の第三皇女だ。賢帝として名高く、今年十五になるこの現皇帝直系の子女は、まったくもって不思議な事に、最初からルーナリーアへとても良く懐いた。

 練習の休憩中に供も付けず街へ抜け出しては、舞の教師にこっぴどく叱られたり、ルーナリーアを始めとして全員に愛称で呼ぶ事を希望したりと皇族とは思えない微笑ましい行動が多かった皇女だが、これだけの舞台に普段と全く変わらない態度を保てるのは流石といったところか。

 少しばかりくせのある漆黒の髪と、紫水晶(アメジスト)のような高貴な瞳は微笑んでいればとても美しく映えるのだろうが、今は小さな子供のようにきらきらと輝いている。ただ、他の《花》と違うところは、頭に花冠をしていない点だ。


 舞を披露するのはルーナリーア達五人。

 王花(レジェ)であるリーゼロッテは舞ではなく、(うた)を披露する。

 その為、リーゼロッテの衣装は白地に銀ではなく、金の刺繍が施されていた。


「まあ、ルナが転んじゃったら面白おかしく神様に報告の謳を送るから!」

「リーゼ様……それは、一番恥ずかしいです…」


 年上であるにも関わらず、皇女の言葉一つで顔を真っ赤にしてうなだれるルーナリーアが余程可笑しかったのだろう。雑草(セリエ)以外の《花》達が朗らかな笑い声を室内に響かせると、(ようや)くルーナリーアも緊張の解れた笑顔を控えめに浮かべた。


「失礼致します」


 低く、凪いだ男性の声が扉の向こうから響いたのはその時だった。

 聞き覚えのある声に、弾かれたように顔を持ち上げたルーナリーアの視線の先、ゆっくりと開かれた扉の向こうから殆ど音を立てずに入室してきた者が二名。

 白銀の甲冑を身に付け、剣を()いた二人は胸に薔薇の紋章が刻まれていた。温和な笑顔を湛えた金髪の騎士と、薔薇の紋章に青い着色を唯一許された“青騎士”は甲冑の重みを全く感じさせない動きで右手を左胸へと宛がう敬礼を麗しい《花》の乙女達へと贈る。


「本日、不肖ながら皇女殿下並びに舞手の皆様の警護を行わせていただきます、《薔薇の騎士団(ナイツ・オブ・ローズ)》団長のケインス・ヴォルディア・アイヴァーンと申します」

「同じく《薔薇の騎士団(ナイツ・オブ・ローズ)》副団長のエルネスト・オリオールです」


 大祭という環境でも、普段と全く変わらない落ち着いた佇まいを見せていた“青騎士”――ケインスの瞳がルーナリーアの姿を捉えるや、ほんの一瞬、驚いたように藍方石(アウイナイト)の目が瞠目(どうもく)した。だが、次の瞬間には柔らかい色を湛えて、雑草(セリエ)の少女から他の舞手達へと視線を巡らせる。


「我等以下騎士団の者が周辺警護に当たっております。 何かご不便等ありましたら、近くの者へ遠慮なくお申し付け下さい」

「困ったことがあればお気軽に~」


 普段からのほほんとした声色だが、何時にも増して更に緩い響きを室内に響かせるエストは、もしかすると緊張している《花》達を多少なりでも和ませようといったものかもしれない。

 帝国の精鋭である《薔薇の騎士団》でも団長、副団長の二人が直々に来訪した事で、皇女を除き酷く驚いていた《花》の乙女達も、何とも朗らかなエストの声に、ほっとした顔でそれぞれ挨拶を交わしている。


「ねえねえ、ルナ! あれが噂の騎士様達?」

「え、あ…うん。 お二人とも、とってもお優しい方よ」

「へえー…フリーアが騒いだのも分かるわね、どっちもすっごく格好良いじゃない」

「だっ、だからそんなんじゃ…!」


 声を(ひそ)めたクドラは、騎士の二人へ視線が釘付けになっていた。

 ルーナリーアが肯定を返すと、なにやら酷く嬉しそうに口元を綻ばせ、肘で軽く小突いてくる。友人二人の勇士を見る為、前日の夜から“黄金の林檎亭”の人達と一緒に舞台近くへ陣取っている少女の名が上げられると、ルーナリーアは慌てて首を振った。


「それでは、我々は外で待機しておりますので…失礼致します」


 はっ、と振り返った先に、他の《花》達へ穏やかに告げる美丈夫の姿がある。

 ゆっくりとした動きで扉の外へと向かう“青騎士”は、ルーナリーアを最後に見ると、微かに目を細めた。それは、ごく僅かな動きであったが、とても優しい色をしていて不思議と心が凪いだ。続く金髪の騎士はといえば、ひらひらと手を振って見せた後にケインスから小突かれており、変わらない姿に(おり)のように溜まっていた心中がたちまちに軽くなる。


 ――大丈夫。

 ゆっくりと息を吐き、小さく微笑んだルーナリーアを見た第三皇女である少女は、密かに騎士団の二人へ感謝し――部屋の空気を変える為、二三度手を打ち合わせた。


「…さあ、それじゃ行こう!見てる人達はジャガイモだと思えばいいんだからさ!」


 気付けば予定の時間に差し掛かっている。

 扉の向こうからはこれから始まる舞を心待ちにする民衆の熱気に満ちた声が響いており、悪戯っぽく片目を(つむ)りながら冗談を飛ばすリーゼロッテに、室内に居た全員が朗らかな笑い声を響かせてから、開かれた扉の外――舞台へ続く通路を進む。


 五人が通った後、一つ大きな深呼吸をすると、ルーナリーアも舞台へと足を踏み出した。

 

 

 さあ、精一杯に伝えよう、創世の神へ。

 この世界はとても美しいと。





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