第7話:殺戮
ナツメに殴られ、しばらくピクピクと体を震わせ悶えていたハルキだったが、なんとか痛みが引いたところで立ち上がった。
鏡が奪われた。いくら村人のためとはいえ、勝手に持っていかれると困る。元の世界に帰れなくなるかもしれないから、早くなんとかしないといけない。
鏡を取り戻すため、ハルキはナツメを追いかけた。必死に走った。一生懸命捜した。
しかしすぐに足を止めた。いや、止めざるを得なかった。
目の前に別のリザードマンが現れたのだ。
すぐさま回れ右。ハルキは来た道を逆走した。
当然リザードマンは追ってくる。奴の足は地味に速い。運動神経があまり良くない非体育会系のハルキは距離を詰められつつあった。
このままだと追い付かれるのも時間の問題。
――戦うしかないのか? でもこんなステンレス製の剣だけで勝てるのだろうか。
いや、それ以前に自分には戦う気がない。やはり魔物は危ないから、こんな化け物は怖いから。
ハルキは昔から勇気というものがいまいち足りてなかった。カマキリを触るのにもいちいちビクビクと怯えるし、ムカデや芋虫といった類いの虫を見るだけで後退りをした。とにかく一度怖いと思ったものには近付きたくないのだ。あと極端に虫嫌いなのだった。
ということで、引き続き逃げることにした。だが、さっきも述べたようにハルキは非体育会系なわけで、もちろん体力のほうも非常に少なかった。つまり、既に疲れていた。こんなことならマラソンの授業ぐらいは真面目にやっておくべきだったと後悔した。
残された道は、やはり抵抗しかなかった。
ハルキは剣を構えた。震えているのがわかる。怖いから震えているんだ。たしかナツメに
「素人の構え」と言われたのを覚えていた。当たり前だ、自分は一般人なんだから。
リザードマンの持つ剣を見ただけですくみそうだ。しかし必死に気を持って耐える。
「うわあぁぁッ!」
ハルキは叫びながら斬りかかった。しかし簡単に受け止められ、ハルキの剣は弾き飛ばされて地面に突き刺さった。
ハルキは飛ばされた剣に意識を持っていかれ、目の前のリザードマンに対しての注意を欠いた。ハルキは完全に隙だらけだった。すかさずリザードマンは剣を振り上げた。
――ハルキが気付いた時には、剣がギロチンのように勢いよく振り下ろされていた。
「ハゲた村長さんよ、なかなか良い筋をしてるけど、やっぱり俺には敵わないようだな」
ソンチョは体のあちこちから血を流し跪いていた。一度咳き込むと、口から血を吐き出した。
「リザードマンの大群は既に村中に散らばってんだろうな。何人の村人が殺されたかな」
「貴様……すぐにやめさせろ!」
「だから、精霊の鏡を持ってくれば済む話なんだって。そうすりゃこんなことしないでやったのに、いちいち楯突くからいけないんだよ」
ハデーンはソンチョの顔を容赦なく蹴飛ばした。ソンチョは再び吐血した。
「お前の息子はリザードマン達をなんとかしに行ったみたいだが、正直言って一人だと逆に殺されるぜ? 娘のほうはどこに行ったんだか知らねえけど。まあ、父親の不様な姿を見なくて済んでよかったかもしれないな」
倒れるソンチョの首元に、長剣の刃を押し当てた。
「逝くか?」
「くっ……!」
瞬間、ハデーンの横を炎の玉が通り過ぎた。
ハデーンは何事かと思い炎の玉が飛んできた方向を見ると、息を荒げたナツメが立っていた。
「お父さんを……離しなさい!」
「ふっ、いいのか? そんなことしたら余計に殺したくなるんだが」
「あんたこそ、鏡が壊されてもいいって言うの?」
「……なに?」
ナツメはハルキから取り上げた鏡を見せつけた。
「これが精霊の鏡とやらよ!」
「本当かよ、嘘臭ぇな」
「とにかく、お父さんや村の人達に手を出すのはもうやめて! この村から退いてくれるなら、この鏡をあげるから!」
「なるほど、交換条件か」
ハデーンはしばらく考えた。その間にナツメはソンチョの体に応急処置を施した。
「お父さん、大丈夫?」
「ああ、すまない……。だがナツメ、あのダークエルフに鏡を渡してはいけない」
「どうしてよ! このままだとみんなあいつに殺されちゃうでしょ! この鏡でみんなが助かるのよ!」
「こんな酷いことをするあいつだ、きっと鏡を使って良からぬことをしようと企んでいるに違いない。そんな奴に鏡を渡すことはない」
「でも……ッ!」
ハデーンは結論を出した。鏡を渡せ、と。ただしこの鏡が精霊の鏡ではなかった場合、皆殺しにするためまた来てやる、と。
ナツメは鏡を渡そうとしたが、ソンチョがナツメを引き止めて首を横に振った。
「悪いが貴様のような輩にそれは渡せん。貴様にはここで朽ちてもらおうか」
「真っ直ぐな正義なのか、それとも鏡が偽物だったのか……。どっちにしろ今の一言でお前らの死は確定した。殺して奪えばいいだけだ」
ハデーンは長剣を握り締め、にやりと怪しく微笑んだ。