第2話:世界
「あんた、何か武器は持ってないの?」
武器がないと、先ほどのように魔物に襲われた時にまた逃げないといけなくなる。身を守る物の一つでも持っておきたいのだがが、生憎ハルキは何も持っていなかった。唯一持っているものといえば携帯電話か、もしくはフリーマーケットで買った鏡、あと財布。どれも武器として使えない。
「じゃあ魔法は使えるんでしょ?」
……魔法? 真顔でそんなの馬鹿馬鹿しいことを言われても困る。魔法なんてものこそ漫画やゲームの次元だ。そんなことを聞くなんておかしい。
しかしナツメは巨大トカゲに炎をぶつけていた。まさかあれが魔法だというのか? 松明を投げつけていたのではないのか?
「あれは“炎”の属性の魔法よ。松明を投げたわけじゃないから」
信じられない。とにかく魔法なんてものは信じられない。手品とかの“マジック”ではなく、本物の“マジック”だという。そんなもの信じられるわけがない。信じたくもないし、認めたくない。
一体この世界に何が起きたのか。
「兄貴、こいつ武器も持ってないし魔法も使えないんだって。それなのにこんな所にいるなんて怪しくない?」
「ああ、たしかにちょっと怪しいかも……」
――自分からしたら、あんたら兄妹の方が怪しいんですけどね、魔法とか魔物とか言っちゃってさ。頭大丈夫ですか? そう言いたかった。
ディランは一振りの剣を取り出し、ハルキに手渡した。
「えっと……これはレプリカの剣?」
「レプリカじゃなくて本物、ステンレス製の広刃剣だ。要するにブロードソード。そのわりにはあまり幅は広くないけど、まあ少し昔の物だから気にしないでくれ」
今度は剣か。ついため息が出てしまう。
「で、これ切れるの?」
「そんなの当たり前だろう。……と言っても、これは中途半端な切れ味だけどな。お前が怪しい奴にしろ、悪い奴には見えないから、とりあえず護身用。しばらくはそれを持っててくれ。あまり重くないから、お前みたいな非力そうな奴でも扱えると思うよ」
なんでもいいが、剣は銃刀法違反だと思う。
しかし巨大トカゲのような生き物がたくさんいるなら、武器の一つや二つは持っておくべきかもしれないなと思い、ありがたく頂いておいた。
しばらく三人で歩いていると、魔物らしき生き物が現れた。巨大な芋虫で、蛇のように体をくねらせていて気色悪い。
ハルキはそういった虫が大嫌いで、見ることすら嫌だった。
しかしナツメとディランが手際良く退治してくれた。芋虫は体を風船のようにしぼませ、動かなくなった。
「大きい虫……見ているだけで気持ち悪いなあ。犬よりデカイんじゃない?」
「まあ、魔物だしね」
やっぱりこの虫も魔物だと言うのか。どうしてしまったんだ、この世界は。
陽が暮れてきた頃、ディランは適当な場所に荷物を置いた。
「今日はここで野宿だ」
耳を澄ますと“魔物”とやらの遠吠えが聞こえた。もし寝ている時に“魔物”が襲ってきたらどうするつもりなんだろうか。
ナツメは焚き火の火を起こしていた。“炎”の魔法を使って薪を燃やすだけという簡単作業だ。人間チャッカマンだな、と思った。
「あんたさ、一体どこから来たわけ? わたし達の村じゃ見たことないし」
不意にナツメが聞いてきた。
「東京だよ」
ハルキはさも当然かのように答えたが、ナツメは首を傾げた。
「トーキョー……聞いたことない地名ね。どの辺りにあるの?」
「どこもなにも、日本の首都だよ。こんなの常識でしょうに」
「はあ? ……兄貴はトーキョーとかニッポンって聞いたことある?」
ディランは首を横に振った。
「兄貴も知らないみたいね。シキにそんな所はないんじゃないの?」
「シキってなに?」
「はい? シキこの世界、この星のことでしょうが。あんたこそ、こんな常識以前のことすら知らないの? まさか記憶喪失……とか、そういうオチじゃないでしょうね」
地球じゃない……? ということは自分は別の惑星にやって来た……ということなのか?
しかしフリーマーケットの会場からどうやって宇宙に行ったというんだ。宇宙服は着てないし、宇宙船にすら乗ってないし……。
考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。ハルキは物事を深く考えるのは苦手だ。
わからない、意味不明だ。
ギブアップ。
「ごめん、俺はもう寝るよ……」
それでもハルキは体を横にしながら考えた。
地球じゃなくてシキというまったく別の世界に来てしまったらしい。
はっきり言って信じられないし、信じたくないし、信じろというのが無理だ。
こんな危ない所にいたくない。早く帰りたい。友達や孤児達はどうしているだろうか。
自分はここから無事に帰ることができるのだろうか。とても不安だ。
だがよくよく考えたら、このシキという所にいる間は学校に行けなくなる、ということになる。それは楽だ。ちょっと得した気分になった。
いや、それどころか帰った時に異世界があると発表すれば、ノーベル賞だか何かの賞が貰え、多額のお金が手に入り、さらには歴史の教科書に名前が載るほどの人物になれるかもしれない。
それってすごくない? しょうもないことなのだが、それでもなんだか元気が湧いてきた。
ハルキは独自のポジティブ精神でこの日を乗り越えた。
翌朝、ハルキはナツメに蹴られて起きた。実に痛々しい朝だ。
「起きたならさっさと支度して。置いていくわよ」
「もう行くの? っていうか朝ご飯は?」
「とっくに食べたわよバカ。あんた、いくら起こそうとしても頑なに眠り続けるんだもん。だからやむを得ず蹴っ飛ばしたわ」
酷い。知り合ってから一日しか経っていないというのに、蹴っ飛ばすなんて酷すぎる。せいぜい頬を軽く叩く程度に抑えてほしいものだ。
「せめて朝ご飯ぐらい食べさせてよ」
「寝坊助がうるさい」
「にゅふッ!」
ナツメの軽くないビンタが頬に炸裂した。
鬼だ。出会ってから一日しか経っていないというのに、この仕打ちはなんなんだ。
ハルキはナツメの体からタチの悪いオーラが流れ出ているのを感じた。
「ほらほら、二人して遊んでいるんじゃない。そろそろ出発するぞ」
ディランは野宿の後始末をしながら二人に呼びかけた。
「えっと、ちょっと聞いていいかなディランさん」
「なんだハルキ?」
「村に着くまで、あとどの位時間がかかるの?」
「今日の夕方か夜かな」
「えーッ、まだ歩くの?」
ハルキは地面に倒れた。
「ちょっと、また寝ないでよ。燃やすわよ」
ナツメは魔法とやらで炎をちらつかせ、無理矢理ハルキを起こした。少し前髪がちぢれた。
悪魔だ、この人は人間という皮を被った悪魔だ……。