第1話:迷走
読んでいくうちにこれからの展開が安易に予想できるようなことがあるでしょうが、それはあえてツッコまずそのまま読み進めてくださると幸いです。
見たことない虫が、足元をうろついる。
見たことない鳥が、けたたましく鳴いている。
見たことない木々が、周りに広がっている。
そんな見たことないものがたくさんの森で、平々凡々な少年は呆然と立ち尽くしていた。
「ここ、どこだろう……」
風の音が、少年の独り言をかき消した。
ついさっきまで、自分は都内のフリーマーケットの会場にいた。本当についさっきまで、数秒前まではそこにいた。
自動車の教習所が会場だった。しかし今、周りには木、木、木ばかり。コンクリートなど一切ない。
それ以前に人っ子一人すらいない。
何故自分はここにいるんだろう。少年は改めて考えてみた。
少年は今日の行動を、一つ一つ振り返ってみることにした。そうすればきっと、何らかの原因や解決策を見つけることができるかもしれないからだ。
自分の名前はハルキ。
名字はない。何故なら孤児で、親がいないから。
今日までずっと、孤児達を引き取ったりする施設で育ってきた。
高校二年生で、十七歳。性別は男、雄、ジェントルメン。
趣味は携帯電話のカメラで写真や動画を撮ること。そして料理。
嫌いなものは気持ち悪い虫。特にゴキブリやムカデといったものは生理的に受け付けない。
――自分自身のことは完璧だ! ハルキは小さく頷いた。
だが問題はここからだ。今日の行動を振り返らなければ。
今日ハルキは友人と出かけていて、偶然フリーマーケットの近くを通ったので、なんとなく立ち寄ってみることにした。
自動車の教習所が会場になっており、なかなかの広さを誇っていた。
インテリア、古着、CD、中古ゲーム――様々な店を見て回った。
すると、いつの間にか友人とはぐれてしまい、ハルキは一人になっていた。
友達を捜す羽目になったのだが、せっかくだから他の店を見ながら捜すことにした。
ハルキは一件の雑貨屋を見つけた。
品物はどれもガラクタばかりで、とても売れるようなものは置いてなかった。
だが、その中に一つだけ目に留まった物があった。
言葉では表現できない、不思議なオーラを放つ鏡だった。
鏡が気になったハルキはそれを買うことにした。
百円という安い値段が決め手となった。
鏡を見ていると、不思議なことに心を奪われたかのように惹きつけられ、鏡の虜になった。
そして気が付いた時――既にこの森にいた。
これがついさっきまでの記憶である。その時間、わずか一、二分ほど前。
なにがなんだかサッパリである。
何故教習所から森の中へ?
他の人はどうした?
というか、ここはどこだ?
わからない。知るわけがない。
面倒だから、考えるの終了。
――瞬間、鳥の甲高い鳴き声が辺りに響き渡った。
ハルキは異様なほどに驚いて、ビクッと体を震わせた。
どのくらい驚いたかと言うと、家の前を通り過ぎようとしたら、そこの飼い犬にいきなり吠えられた時ぐらいに驚いた。あれは油断し切っている時だと、物凄く驚くから注意が必要だ。
ハルキは舌打ちをした。あの鳥を捕まえられるものなら、焼き鳥のねぎまにして食ってやりたいところだ。
先ほどまで静かだった森は、動物達の鳴き声で騒がしくなってきた。
動物達の合唱コンクールだあ、などと阿呆なことを考えてたが、そんな場合ではない。なんだか急に怖くなってきた。
携帯電話を取り出した。最近発売された、人気のある携帯電話。画質が良くて、綺麗な写真が撮影できる優れ物。
誰かに連絡を取り、助けを求めようとした……のだが、ハルキの動きが止まった。
『圏外』
その二文字が、ハルキの瞳に虚しく映し出された。ちょっとだけ泣きそうになった。
仕方なく連絡は諦めて、適当に歩いて脱出を試みることにした。
歩き始めてから一時間ほど経った。が、周りの景色は特に変わらず、外に出られる気配はまったくなかった。
「誰かいませんかー! 助けてくださーい!」
心細くなって叫んでみた。声は虚しく辺りに響き渡るだけだった。
その時、遠くの草がガサガサと揺れた。
……もしかしたら人かもしれない。
ハルキは急いで音のした方向に近付いた。
「誰かいるのー? いるなら返事をして!」
返事の代わりに音の主が飛び出した。
それは体長が二メートルほどもある、巨大なトカゲ……のような生き物だった。
突然現れた巨大生物を目の前にハルキは俯き、笑った。
――そんな馬鹿な、こんなに大きなトカゲが日本にいるわけがない。それともなにか、これがゴジラだとでも言うのか? それこそ馬鹿な。ゴジラはもっと大きくて、放射能を吐くんだぞ。
じゃあ、こいつは一体……?
もう一度顔を上げる。
巨大なトカゲは、大きな口を開けていた。
「いやあぁぁああッ! 食われる!」
ハルキは叫びながら全速力で逃げ出した。
逃げているうちに遺跡のような所までやって来た。
建物が一つ、でかでかとそびえ立っている。
しかし入り口は扉で閉ざされているため、中に入ることはできないようだ。
ハルキの体力は限界に近い状態だった。
元々運動などめったにしないから、体力はまったくないのだ。特に持久走なんかは苦手中の苦手だ。
それなのにずっと走らされる羽目になり、体力的にも精神的にも疲れ果て、とうとうその場で立ち止まってしまった。
もう動くことはできず、膝を押さえ、肩で息をしながら巨大なトカゲを睨む。
「コンディションさえ良かったら……お前なんか一発で倒せたんだぞ!」
精一杯の強がり。勿論トカゲには効くわけがないのだが。
――ああ、俺はトカゲに食われて人生のエンディングを迎えるんだなあ。悲しい、悲しすぎる。やりたいこともたくさんあったのに。あれもしたかった、これもしたかった。
ハルキは覚悟を決めて目を閉じた。
――その時。
「……燃えてッ!」
目を開けると、どこからともなく炎の球体が飛んできてトカゲに直撃した。
トカゲは熱さに悶え苦しみ悲鳴をあげた。
「あんた大丈夫?」
見知らぬ女がやって来た。短い黒髪、少しつり目で気が強そうな印象。見た感じだと自分と同じくらいの年代のコだと思う。
さらにもう一人やって来た。今度は男。少し年上のお兄さんという感じ。
たくましい体つきをしていて、背中に斧を背負っている。
「まだ生きている。早く始末しないと」
男はトカゲの頭をめがけて勢いよく斧を振り下ろした。脳天が真っ二つに割れ、そこからどす黒い血が噴水のように吹き出した。
日常では考えられない光景を目の当たりにしたハルキは血の気が引いた。
だが、なにはともあれトカゲに食べられずに済んだみたいだ。ハルキは助けてくれた二人に礼を言った。
男のほうは
「気にすることはないよ」と優しく言ってくれたが、女の方は違ってハルキの頭の叩いた。
「まったく、あんた馬鹿じゃないの! こんな凶暴な魔物がいる森を丸腰で歩くなんて、自殺行為みたいなもんよ!」
……魔物?
聞き慣れない言葉にハルキは首を傾げた。いや、漫画やゲームでなら聞いたことはあるが。
「まあまあ、落ち着けよナツメ。とにかく無事で良かったじゃないか」
男は女ことナツメをなだめるように言った。
「俺はディラン、ディラン・ダーサだ。そっちは妹のナツメ。お前は?」
男の方はディランというらしい。随分と横文字な名前だ。
それにこの二人は兄妹らしい。ハルキは二人の顔を見比べてみたが、あまり似てないと思った。
「俺はハルキ、名字はないよ。あの、ここは一体……?」
「ここは……まあ森だな。その遺跡は俺達にもよく分からない存在だけど、とりあえず見回りでたまに見に来ている」
「はあ……」
そういう曖昧なことを聞きたいのではないのだが。
「で、ハルキ……だったかな? 丸腰でこの森を歩くのは危険だから、俺達と一緒に来ないか? 近くに村があるんだ」
危険な森を一人で歩かなくて済むし、それに人がいる所まで案内してくれる。こんなに好都合なことを断る理由などあるわけがない。
ハルキはその好意に甘えることにした。