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深愛狂愛短編集  作者: たれぱん
うさぎの皮をかぶった狼と宝石箱
5/6

過去

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


全身に平手打ちを受ける。

回る視界。バチンという音と共に踊る黒色の、喪服の裾と体を襲う痛み。

緑色の畳に転がるキラキラと輝く鉱物。

もう何度叩かれただろうか。

目の前の女はもう、優しい母じゃない。

いつも手を差し伸べてくれたお兄ちゃんはもういない。

頭がよくって、優しくて、かっこよくて、なんでもできちゃうお兄ちゃん。

トラックに当たって死んじゃった。

今頃は焼かれているんだろうな。

繰り返される痛みと共にそんなことをぼんやりと思う。

お兄ちゃん、熱いの嫌いなのに。


母の手が突然止まった。

もう優しいお母さんに戻ったのかな。


「おかあさ…」


「お前が…」


呻くような声。

お母さん、一体どうしちゃったの。

戻ってよ。お母さん。


「お前が正樹まさきの代わりにーねばよかったのに!!」


何かが憑いたようにそう叫ぶ母。

暗転する視界。壊れていく世界、信じていたもの、すがっていたもの。




「ごめんな…さ…」


目を開けると、いつもの天井。

頭を巡らすと時計は8時を指している。

嗚呼、夢を見ていたのか。

身体を起こし、鉛のように重たい頭を数回振る。


沢山の花に囲まれて眠る兄。

囁く親戚の声。

零れ落ちる涙がいつの間にか鉱物に変わり、真っ黒なスカートに落ちる。

鼻につく線香の香り。

延々と続くお経。

しびれる足。

春の午後。


頭がツキンと痛む。

フラッシュバックする、過去。

その先は思い出していけない。いけないのに。


母の激情した声音。

畳に転がされる。

膝を擦る。

全身を無茶苦茶に叩かれる。

乱れる母の黒髪。

白い腕と手。

騒ぎを聞きつけたのか駆けつける親戚や父の会社の知り合い、兄の友。

優しく伸ばされる黒い学生服から伸びる白い綺麗な手。

兄の一番の友人で、よく遊びに来ていたカズマくん。

私が親戚にひきとられるまで、面倒を見てくれた。

顔はぼんやりとしか思い出せないが、いつも口元は綺麗な弧を描き優しく微笑んでくれた。


もう、止そう。

頬を叩き、気持ちを落ち着ける。

白い枕上には案の定、大量の鉱物。

はぁ、とため息が出る。

ずっしりと重い身体を持ち上げ、鉱物を袋に詰める。

もうそろそろ樫木かしぎさんのところに持っていこうか。

今日は図書館も休館日だし。





カラン、と樫木さんが経営する質屋のドアを開ける。

出迎えるのは様々な宝石。

初めてきた時は雑貨屋かと驚いた。

全て木でつくられた落ち着いた優しげな雰囲気の小さな質屋。

至る所に可愛らしいうさぎの置物やぬいぐるみが置かれている。


「やあ、いらっしゃい。真紀まきちゃん」


ふいに後ろから声をかけられる。

後ろを振り向くとここのオーナー、樫木さんがにこにこ微笑みながら立っていた。


「おはようございます、樫木さん」


「やだなぁ、だから僕のことは和正かずまでいいって言ってるじゃんかぁ」


おどけたようにもう何回目か分からない言葉を言う。

いやいや、そうおっしゃりますがねぇ。

10歳も年上の人に気軽に下の名前で呼べませんよ。


「うーん…。そっかぁ…おっさんだもんなぁ俺…」


しょんぼりと下げられる柔らかそうな髪質の黒髪。

黒縁眼鏡の奥で細められる人の良ささを表しているかのようなすこし垂れがちな目。


学生のような風貌だが、これでも30代なのだ。

私が24歳だから、たぶん34だろう。


「いえ、樫木さんはとても若く見えますよ。年齢の割に」


「そう?あはは、嬉しいなぁ」


樫木さん、周りに花が飛んでいる幻覚が見えます。


「んで、それ。今までにないくらいかなりの量だけど…。何かあった?」


私が持っている袋を指差し、かなしげに眉を下げる樫木さん。

樫木さんは、知っている。

初めて会った日も鉱物を垂れ流して泣いていたから自然な流れで全て話してしまった。


「いえ、少し昔の夢を見てしまって」


「ん。そっか、そっかぁ」


ぽん、と頭に置かれる手。

不思議に既視感を感じる。ああ!そういえば昨日のうさぎ…。

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