ガラスの中の花嫁
部屋に入るとすうっと冷たい空気が全身を包む。
ああ、爽快。
外のじめじめとした夏が近づいているような蒸し暑い嫌な気候から解放され汗がひいていく。
…5月はこれだから嫌いだ。梅雨にもなりきれないのに。
さて、と。
僕は今日も仕事頑張ったからね。
たっぷり癒してね、僕の可愛い可愛い大事な花嫁さん。
アイスコーヒーを片手に、花嫁が居る部屋の重い扉を開ける。
だって強盗なんか入ると危ないでしょう。
もし僕の花嫁が連れ去られでもしたら…。
気が狂ってしまうよ。
鼻歌交じりに部屋の中に一歩踏み出す。
君は魚が好きだからね、壁を改装してちょっとしたアクアリウムを作ったよ。
水槽一つ一つにはクラゲ、綺麗な熱帯魚、クリオネがめいめい僕が水温調節した住みやすい水の中で泳いでるんだよ。
君は幻想的なものが好きだもんね。今度は天井に宝石でも埋めこもうか。
部屋の真ん中に、君がいる。
一室を君が好きなもので埋め尽くしてるから全体を見れるように…ね。
「ただいま、今日も可愛いよ、僕のお姫様」
クリスタルで特注で作ってもらった箱。花嫁にふさわしい花、カサブランカを詰め込んだそこに君がいる。
青白い、生気の無い肌。
閉じられた瞼。
穏やかに眠っているように見える君。
「あの日から、君は変わらないよね」
そう、あの日。
恋人である僕に何も言わず他の輩と結婚式を挙げる予定だったあの日。
僕を裏切ったあの日。
何回君に電話した?メールを送った?手紙を送った?
そして何回君に愛を伝えた?
ストーカーがいるなら僕に何故相談しない?
僕ならそんなやつ、社会的にもみ消してやるのに。
君のためならなんでもすると手紙にもメールにも何十回、いや、何百回も書いただろう?
思わず箱を睨みつけてしまった。
「あぁ、ごめん。怒ってないよ。僕は」
どうにせよ、君は僕のものになった。
もう他の男に狙われる心配はない。何しろ君の存在は僕だけのものだもの。
そうだ、これからのことを伝えなくちゃ。
「ねぇ、僕たちそろそろ結婚しよう。うん、それがいいよ。君もウェディングドレス着てるしね。あ、いやでも…それはあの輩とのドレス…そんなの…汚らわしい! そうだ、僕がデザインするよ!絵のセンスはないけど、僕なら君にピッタリなものをデザインできる自信があるよ!何しろ君のことを一番よく分かってるのは僕だから!」
そう、君のことを分かってるのは僕。
君を幸せにできるのも僕。
君を一番愛してるのも僕
君には僕だけしかいないんだから。
「挙式はいつにしよう? やっぱり6月かな…。家族は呼ばなくていいよね。君の可愛い花嫁姿を見るのは僕だけでいいもんね。君もそれで幸せだよね」
自己満足、異常、依存、犯罪、道徳。
そんなものは知らない。君と僕の間ではそんなものいらない。
外の世界の理なぞ知るもんか。
さあ、二人きりで、シアワセになろう。
箱の中にみつしりと。
カサブランカは純潔、無垢という花言葉だそうです。