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深愛狂愛短編集  作者: たれぱん
単発物語
1/6

南天と鳥籠

某月某日 快晴 金曜日 午後


ふわりと梅の花の香りが漂う中庭で俺は時が経つごとに早さを増している心臓と、まだか、まだかとそわそわする気持ちを両手いっぱいにかかえながらぼんやりと空を眺めていた。


今日はあの子がやってくる日だ。


あの子の姿を思うだけで、それだけで心臓が大きくどくんと音をたてる。

いつも優しい色をたたえている涙袋が愛らしい目。さくらんぼのような小さな桃色の唇。

雪のような白い肌。ふっくらとした輪郭。干菓子を行儀良くつまむ綺麗な白い手と指。

団子に結わえた少し癖のある、しかし綺麗な髪。

ああ、愛おしい。


湧き上がる切なさに少し涙ぐむ。

と、女中の凛さんの「もうそろそろ来はるんちゃいます?つかさ様」

という声。

思わず顔が緩むのを我慢し、返事をする。


さて、茶の準備をしようか。






「しゃちょ…八雲やくもさん、お邪魔します」


スッと開いた襖から、愛しいあの子、新田あらた 由緒ゆいさんの顔が覗いた。

今日も役職の名前で呼ぼうとしたようだ。

そっと衿を直し、部屋に入るよう手招きする。


「あきまへんねぇ新田さん、二人でゆるりとお茶を楽しむ時は社長と呼ばないわう言わはったでっしゃろ?」


少し困った顔が見たかったので、少し伝わりにくい京都弁で諭してみると、案の定、整った眉が少し垂れ下がった。


「えぇと…すいません、八雲さん。気を付けます」


申し訳そうにうつむく新田さんは愛らしい。

いや、いつも愛らしいのだが、うつむくと髪がはらりと前にたれて…いつもより色っぽくなるのだ。

そういえば始めてここに来た時も終始こんな感じだったなと思いながら茶を点てる。

まぁ、突然話したことも無い自分が勤務している会社の社長に呼び出されたらクビにされるか怒られるかのどちらかしかないのだから困るのは当然だったろう。

ましてや自分より10も歳上の男相手と二人きり。共通の話題も無い…。

今冷静に考えて少し新田さんに申し訳なくなってきた。

あの頃はただただ新田さんと近しくなりたくて、その一心で家に招いていたからなぁ…。

でも彼女はここを気に入ってくれたようだし、終わり良ければ全てよし。


我ながら上手く点てれたと思う茶を新田さんに出す。


「い、いただきます」


「どうぞ」


少し緊張している声音も、そろそろと茶器に手を伸ばす指も、この時だけ少し小さくなる呼吸音も、1年前と変わらない。

ああ、愛おしい。

髪から爪の先まで、全部俺色に染め上げて、幼少の頃雀にそうしたように籠に閉じ込めてしまいたい。

今この幸せな時間が永遠に続けばいいのに…。


「八雲さん、八雲さん」


彼女の声にはっと我に帰る。

どうやらぼぉっとしていたようだ。


「あぁ、すいません。なんですか新田さん」


問うと、彼女は少し照れたように、頬をほんのりと染め、


「今日のお茶、いつもと違ってなんだか甘いような気がします。美味しいです」


と言った。

ああ、気づいてくれた。嬉しい。


「ん。今日のお茶はいつもとは違う…少し値がはるけれど君に飲んで欲しくてね。つい買ってしもうた。気に入ってもらえて嬉しい」


彼女は甘いものが好きなのだ。

バッグにいつも抹茶味の飴を忍ばせていることも、食堂では絶対にデザートを買うことも把握している。


「そんな…私なんて毎日残業している仕事のできない平凡な一社員ですよ」


「そんなことはない。君は特別。じゃないと俺は招かないよ」


やんわりと、告白めいたことを言ってみても彼女が気づかないことは知っている。

新田さんは鈍感すぎて、時々新手の嫌がらせなのかと思うくらいだ。


「新田さん今年で何歳でしたか?」


「えぇと…23ですかね」


「結婚はしないの?」


問うと一気に紅く染まる頬と耳。

まるで南天が雪の間からふいに覗いた時みたいだ。


「ぁっ…ぃや、あの、まだそんな予定は…ないです」


少しどもりながらの返答。

うん、やっぱりからかいがいがある。


「ひどいですよ八雲さん!」


おっと、心の声が漏れていたようだ。

でもむくれている新田さんも愛らしいなぁ。

ごめんごめんと謝ると、ふわりと笑う。あああ愛おしい愛おしい。


「八雲さんは結婚しないんですか?ルックス、金銭的、性格的、完璧じゃないですか」


「あのねぇ、新田さん。俺は何もかもが完璧ってわけではありませんし、それで結婚できたら、その結婚は意味の無い結婚ですよ。愛の無い結婚なんて…ありえない」


「ああ、そうですよね…。それで一緒になってももちませんよね」


「えぇ。肉体的には満足できるとは思いますが、俺はお互いに愛し合っていないと嫌ですね。だから…」


俺の言葉に少し顔を赤らめる彼女との距離を詰める。

ふわっと花の香りが鼻腔をかすめる。心地よい。

突然のことに身を固めた彼女の肩を優しく抱き、


「俺しか愛せないように…貴方を籠に閉じ込めてしまいたいです」


愛を囁く。

数秒の間。新田さんの白い耳が真っ赤に染まる。

ああ可愛いなぁ…。愛おしい。


貴方の全てが愛おしい。


貴方は?

南天…深すぎる愛ですね。

誤字、脱字がありましたら申し訳ございません。

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