拾い者
齢二十四ほどの女だった。
上質な絹で仕立てられた緋色の衣を纏い、床に届くほど長い黒髪を飾り紐で複雑に編み上げている。紫水晶のような瞳は半分以上瞼で覆われ、今にも完全に閉じてしまいそうだ。
女は退屈そうな顔で俯せに寝そべっていた。貴族然とした偉そうな態度だが、彼女の寝ている場所はむき出しの木の床。手にした杯には澄んだ朱色の酒が並々と注がれ、窓から差し込む陽光を反射している。
それを傾けながら、彼女は気怠げに呟いた。
「退屈ねえ……何か面白いことないかしら」
その時、何とも丁度良いタイミングで、微かな気配が風に乗って伝わってきた。
人より敏感な彼女の耳は、少し遅れて、ざくり、と土を踏む音を捉える。
彼女は右目の前に左手の平を翳し、扇ぐように前後に動かす。すると、陽炎のように揺らぐ風景が彼女の前に現れた。
まず映ったのは、けたたましく鳴く小鳥。
少しズームアップさせる。
小鳥たちは何かに群がっていた。
もっと、ズームアップ。
群がられているのは人間だった。
もっと、もっと。もっとよく見たい。
小さな子ども。顔立ちは随分と可愛らしいが、男のようだ。
「……面白いのが来たわ!」
子どものように目を輝かせ、女はたちまち跳ね起きた。
そして、スキップするように床を2回脚で叩いた途端、そこからは彼女の姿も気配も消え失せていた。
次に女が目を開いた時、周囲の風景は部屋ではなかった。鬱蒼と樹が生い茂る森の中だ。
「さて、あの子どもはどこかしら」
女はきょろきょろと辺りを見渡し、すぐに自分の少し右前に人影が転がっているのに気づくと、一跳びでそこまでたどり着いた。
「おーい、生きてる?」
薄汚れた頬をつついてみる。うう、と呻いた所を見ると一応生きているようだ。
「私がわかる? わかったら返事してちょうだい」
気絶しかけている人間に反応するのは要求するのは難しいだろう。
勿論彼女はそんなことお構いなしだ。
しかし。
「……っ、……だれ…です、か」
蚊の鳴くような細い声。彼女でなければ聞き逃してしまうだろう声量で、子どもは呟いた。
「あら、本当に生きてたのね。びっくり」
自分で生存を確認して返事をしろと求めた割に、女は目を丸くして口に手を当てた。
「……だ…、れ……」
再び、問いかけ。
横たわった子どもの方に意識を戻し、女は満面の笑みで答えた。
「今日からのあんたの保護者よ」
もちろん、今決めた。だって、なんだか面白くなりそうじゃない。
森での拾い者は、きっと私を楽しませてくれるだろう。