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嵐の海に浮かぶ月影  作者: 柚田縁
第六章
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3. 医師

 船上に上げた途端に男は気を失ってしまったので、客間のベッドへ寝かせた。

 持ち物らしきものは何も持っていなかったし、漂流者プレートも携帯していなかったので、その男が一体誰なのか知る方法は、彼の目覚めを待つのみだった。

 状況は三月の時とよく似ていた。しかし、彼は白衣のようなものを着ている。もしかしたら、彼は医療関係者なのかもしれない。

 その可能性を父に言われて、私はこの近辺に医療船がいなかったかどうか調べた。すると、消息を断ってしまった医療船があるという事がわかった。

 白衣の男の事は冬馬に任せ、私は昼食を作り始めた。一応、五人分を目安にしたのだが、完成して食べる時間になっても、男は意識を取り戻さなかった。

 四人でテーブルを囲み、チキンライスを食べている間、私はスプーンを動かす手を止め、何気なく言った。

「調子はどう?」

「ああ、順調だ。日が暮れるまでにはなんとかなりそうだな。三月のお陰だよ」

 私は取り敢えず胸を撫で下ろした。私の隣なりに座る冬馬も同様の思いに達したようで、それまであまり進んでいなかった手が、元気を取り戻したように動き始めた。

 一方、三月に目を移すと、彼は黙々と食事に手をつけるだけだった。ふと上げられた顔に浮かんだ表情は、神経質そうに硬直していた。

 何故こんな表情をしているのか。このチキンライスが、彼の口に合わなかったのではないだろうか。私はそんな馬鹿らしい事を考えていた。

 食事が終り、ちょうど私が後片付けをしている間に、白衣の男が意識を取り戻した。

 知らせを聞いて、私は洗い物を残したまま客間へと急いだ。

 部屋には既に父がいた。しかし、三月の姿はどこにもない。

 ドアの前で壁にもたれて立っていた冬馬に、「三月は?」と、小声で尋ねる。

「修理を早く終わらせないといけないから、来られないって」

彼はやはり小声で答えた。

 その間にも、白衣の男への質問は行われていた。形式的にまず名前を尋ね、それから乗っていた船を尋ねる。三月のときと同様だった。

 だが、帰ってきた答えは「わかりません」「覚えてません」などではなく、具体的だった。

 男の名はグレータス。乗っていた船は、この近辺で行方を眩ませてしまった医療船と完全に一致した。

 グレータスは、白衣の内ポケットからケースに入った黒縁の眼鏡を取り出すと、それを掛けた。

 そして、頭を下げながら、「どうも、助けていただいてありがとうございます」と言った。

「あんたが乗っていた船、難破したのか?」

父は無愛想にそう訊いた。

 グレータスは首を傾げ、眼鏡の縁を指で上げながら答える。

「さぁ。よくわかりません。ただ、船が大波に襲われたとき、私は甲板にいたので振り落とされてしまったのです。その後の事はちょっと……。もしかしたら、あのまま難破してしまった可能性もあります。それはもう、酷い嵐だったので」

そこまで言って、グレータスは悲しそうに目を伏せた。

「そうか」

 父はそれだけを吐き捨てるように言うと、「冬海、俺はエンジンの修理に戻る。後は頼んだ」と、部屋を出て行ってしまった。

 去りゆく足音が聞こえなくなったのを確認して、私はグレータスに言った。

「医療船に乗っていたっていうのなら、あなたお医者さん?」

「え、ええ」

「やっぱりそうなの。だったらごめんなさい」

「あの、どういう意味ですか?」

「うちのお父さん、愛想が無かったでしょう? いつもはあんなじゃないんだけど、ちょっとお医者さんにはいいイメージが無いみたいで」

「失礼かとは存じますが、誰かを、医療船で亡くされたのですか?」

「え、ええ。ずっと前に多季さ……私の母さんを」

「そうなんですか」

呟くようにそう言うと、彼は眼鏡の縁を何度も触りながら、考え事をし始めた。癖なのだろう。

 私は、その眼鏡の蔓を滑るような指の動きに、しばしの間、目を奪われていた。

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