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嵐の海に浮かぶ月影  作者: 柚田縁
第六章
38/49

1. 嵐の発生

 私は操舵室に一人でいた。

 とても静かな午後で、波の音以外は何も聞こえてこない。微かに揺れる地面は、私に軽い浮遊感すら与えていた。

 その整ったリズムに、うとうととしていた時の事、突然室内にサイレンの音が鳴り響いた。

 私は叩き起こされたみたいな勢いで目を覚まし、同時に立ち上がった。

 一瞬、何が何だかわからなくなり、錯乱した常態で辺りを見回した。

 サイレンはやがて鳴りやみ、警告灯の赤い光だけが点滅していた。

 私はゆっくりと現実に帰り、その意味を知った。

「気象警報だ!」

 早速、私はその事を父に知らせに部屋を発った。

 そもそも、私がたった一人で操舵室にいなければならなかったのは、仮眠を取ると言って自室に引っ込んでいた父の代わりに、今こうして起こっているような事態に対して対応する為だ。

 この場合、私にできる最も良い対応は、眠っている父を起こして、気象警報の発令を知らせる事だ。

 父の部屋にノックも無しに入るなり、私は声を荒げた。

「起きて父さん!」

 寝付きが良くて寝起きが悪い父だが、この時ばかりはどういう訳だか、直ちに目を覚ますと言う快挙を成し遂げた。それに対し、私の方が面食らってしまう程だった。

「どうしたんだ、冬海。緊急なのか?」

その言葉に、やっと私は心を取り戻した。

「そうなの。気象警報よ」

 海上で生活する私達にとって、大自然が時折差し向ける嵐という名の脅威は、しばしば致命的な打撃を与える。

 一旦発生した嵐に対して、できることは唯一つ。地理的な回避。

 幸い、船とは本来海上を移動する為の乗り物である。後は、嵐に対する正確で詳細な情報があればいい。その情報を提供してくれるのが、七海連合が設置した『気象情報センター』だ。

 センターは、世界各地に点在している有人及び無人の気象観測船と、人工衛星とを繋いだネットワークシステムを駆使し、普段は必要としている人に対して気象情報をさまざまな形で提供している。

 しかし、緊急の事態ともなると、今回のように一方的に情報を送り届けてくれる。

 気象警報という単語を耳にした父は、ベッドから跳ね起きた。そして、私の脇を勢いよく走り抜けると、そのまま操舵室へ駆け込んでいった。何かが出来る訳ではないのだが、後から私も操舵室へ向かった。

 部屋に入ると、すでに父は送られてきた情報をじっくりと眺め、唸っていた。

 私は大きな父の背中越しに、画面に表示された情報見た。それは、宇宙から捉えられた気象衛星のリアルタイム映像を、わかり易くCGで加工したものだった。

 中心よりやや下辺りに、白くて大きな渦が巻いていた。その大きさたるや、並大抵のものではない。

「これ……この間のに似てる」

私はそう呟いた。

 この間、私達が遭遇した巨大な嵐。後に『アスタロテ』と名付けられた事を聞いた。

「確かに、似ているな。あの時の奴と」

父が応えた。

「大丈夫だよね」

「ああ。まだ距離もあるし、うまくすれば逃げられるだろう」

父は画面を操作し、今この船のある位置を表示した。彼の言う通り、まだかなりの距離があった。

「予想進路を入手しないとな」

そう言って、父は気象情報センターへ問い合わせを始めた。

 予想進路について言えば、勝手に送られてくる事は無い。何故ならば、そこには大きな責任が生じるからだ。

 もしも、予想される進路から退路を割り出し、その情報を提供して、その情報が結果的に間違いとなった場合、センターは責任を問われてしまう。それを回避する為、センターが予想した嵐の進路予測は、その情報の正否に関する責任をセンター側が一切負わないという条件を承諾した者にだけ、随時提示されるようになっていた。

 しばらくして、センターから予測進路図が送られてきた。図の中の嵐は、まっすぐ北上を続けていた。それをじっと見つめ、父はまたも唸り声を上げた。

「どう? どうするの?」

なかなか出ない結論に業を煮やし、私は急かした。

 父は、それでも少し沈黙を置き、厳かな声で言った。

「北西だな」

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