1. サルベージ
翌日、サルベージ当日。私の懸念した通り、あちらこちらに二日酔いで頭を抱えたり、寝転んでいたり、海に嘔吐していたりしている者たちの姿があった。
そんな中、おそらく昨夜最も飲んでいた筈のリカルド先生と父は元気そうにしていた。
現場には、三隻のサルベージ船があった。今回は研究船がそれ程大きなものを引き上げられない規模であった為、デルタ法と呼ばれる方式がとられる。
まず、それぞれ三隻のクレーンのフックを、持ち上げたい物の三点にバランスよく引っ掛ける。もし、バランスが崩れてしまえば、持ち上がらないどころか、物自体を傷つけてしまうかもしれない。また、例えバランスよくフックを掛けることができても、それぞれのクレーンを動かすタイミングがずれてしまえば、元も子もない。
だから、複数のサルベージャーが連携しなければならないこのような時、現場を仕切り、責任を持って作業を進めるチーフ・サルベージャーが必要になってくる。今回の仕事では、経験や実績から見ても父が最も適当だった。それに、まともに動けたのが彼のみというのも大きい。
先生と父は、私たちの船の甲板でいろいろと話をしていた。
「鉄鋼の奴らに横取りされる前に何とか引き上げないとな」
「何? こんなに大きな遺跡なのに、まだ連合の保護を受けていないのか?」
彼らが話している鉄鋼とは、鉄鋼業者の事を言う。
鉄に限らず多くの金属は、船の建材のみならず、生活に必要なものに多く用いられている。鉄鋼業が無ければ、人々はまともに生活するのも困難だという現実を受け入れない訳にはいかない。
しかし、この金属の供給源が一つの問題を生み出している。古来、金属資源は地中に眠っているものを採掘することによって供給されていた。それは、まだ陸地が十分残っていた時代の話だ。
そういった採掘場所が海底に沈んでしまった今でも、鉄資源は未だに地中に眠っている筈だ。それはただ、海水の更に下となったということ以外の違いは無いのだから、潜って掘ればいいだけの事。言葉でいうのは簡単だが、実際にはかなりの労力や資金が必要とされるだろう。
それより、そんな七面倒臭い事をしなくても、鉄資源は簡単に供給できたのだ。世界が海面に没してしまう前の人々が築いた文明は、多くの金属で築き上げられていた。つまり、今となっては遺跡であるそれらの先文明の遺産を、鉄鋼業者は海底から引き上げて、鋳造している。
逆に、そういう遺跡から先文明の生活様式などを調査しようとする海洋考古学者たちは、そうやって遺跡が荒らされる事を好ましく思っていない。だから、ここに衝突が起こった。
考古学者が調査している所へ鉄鋼たちはやって来て、横取りしようとする。それとは反対に、鉄鋼が遺産を引き上げている横から、考古学者たちがやって来て……。
そういった負の螺旋的な状況が続き、最後には武力的な衝突をするようになると、やがて七海連合がその重い腰を上げた。
父が言った連合の保護とは、その結果の一つだ。連合が文化的、歴史的に重要だと判断した遺跡に関しては、鉄鋼業者は触れる事も敵わない。しかし、保護されていない遺跡は、鉄資源にしてしまっても問題無いという訳だ。
連合としては、どちらを優先するわけにもいかなかった。歴史を知ることは重要であるし、かといって貴重な金属の供給源を失う訳にもいかない。
結局、このことに関して連合は、あまり関わろうとはせず、現場の人間に任せようとしている節があった。
「だからこれからなんだよ。この遺跡の重要性を連合に知らしめるために、今回のサルベージがあるんだ」
先生が力強く言った。
「なるほど、そうか」
落ち着きなさ気に、先生はその場を行ったりきたりしていた。それは、何か考えごとを纏めようとする時の癖だった筈だ。考えが纏まり、歩き回る必要性がなくなると、彼は口を開いた。
「俺が昨日潜ってみた限りでは、かなり状態のいい遺跡だ。これが保護対象にならない筈がない」
「だが、保護される前は何されても文句は言えねーからな」
「そうだろ? 俺が急げと言っている理由、わかったな? 早く引き上げて、これを連合の評議会連中に見せ付けてやらないといけない」
「わかったよ。ところで、ギアを一つわけてもらえないか。クレーン用のが足りねーらしい」
「ああ、もちろん。それが無いと仕事ができないからな。あとで技術部の連中を行かせるよ」
「こっちからエンジニアを行かせるから、人員は必要ねー」
「エンジニア?」
「三月だよ。俺もよく知らねーが、任せろっていうからな」
「そうか」
「んで、鉄鋼の奴らが来るのはいつくらいになりそうなんだ?」
「そうだなぁ……。俺達がここへ着いたのは昨日の午前中。その時点でこの海域には鉄鋼らしき奴らは見当らなかった。どんなに早くても三日は来ないだろうな」
「逆に言うと、三日後には来る可能性があるという事か」
「そういう事だ。来たとしても、二日くらいなら奴らの侵入を防ぐこともできるだろう」
「タイムリミットの合計は五日か。その間に、連合の視察までは漕ぎ着けたいな……」
「頼むぞ、入日。速さと正確さでは定評のあるお前だ」
「昔のことだ。それに、指示する奴が優秀だっただけだよ」
父の顔は僅かに曇ったが、そこにはどこか幸せに浸るような笑みが浮かんでいた。
「その信頼関係が主な理由だったんだな」
先生も寂しげに呟いたが、やはりそこには微笑があった。
「昔みたいにはいかねー。だから、こんな風に駄弁っている時間も無いんだな」
決然とそう言った父は、何故だろう、弱々しく見えた。
「ああ、そうだな」
二人は同時に歩き出し、別の船へと移っていった。その後ろ姿は、不安そうに揺れていた。