変わらない日々
コロナの表情に陰りが見えはじめた。
「ギンジが生まれてから一年が経った頃、父親は定期報告のために組織本部に戻ると言って村を出た。定期報告には三ヶ月置きに行っていたから、いつものように一週間もすれば帰ってくるだろうと思っていた」
『思っていた』ということは――。
「そうだ、察する通り、父親は帰ってこなかった……」
そして、黙り込んでしまった。
もう口を開く様子は無い――もう、話したくないと言っているようだった。
だいたい、俺が訊いたのは『いつからの付き合いなのか』それだけだ。
コロナと親父の過去を訊き出すつもりは無かった。
「コロナ、もういいよ。俺が訊きたかったことは聞けたからさ」
続きを聞きたくないといえば嘘になるが、無理をさせてまで聞きたいとは思わない。
「そうか……なら、これくらいにしておこう」
コロナは顔を上げると、空になった食器を片付け始めた。
「なぁ、カナタ。続きは……聞きたいか?」
「ん?」
食器を洗う音でよく聞こえなかったが、コロナは『続きは聞きたいか?』と確かに言っていた。
「ごめん、よく聞こえなかったよ」
俺は聞こえなかったふりをした。
話の続きはまだ聞くべきではない――何となくだが、そんな気がしたからだ。
「おーい、金太。一緒に昼メシ食おうぜ!」
「……」
コロナが来て、親父の出生話を聞いて、この日常に何らかの変化が訪れる――と思っていた。
だが、この数日、何の変化もなかった。
俺の日常はコロナがいること以外は今まで通りだ。
突然何かの能力に目覚めるたり、怪事件に巻き込まれたり――ということは一切無い。
俺の日常は、非日常とは程遠いもので……何もかもが平凡で――。
「聞いてんのか、おい!」
「いだっ!」
頬をつねられた痛みで、意識が現実に引き戻された。
「どうしたんだ?ぼーっとしてさ」
顔を上げると、大柄な男子生徒が少し心配そうな顔して立っていた。
『稲村 直人』、俺の数少ない親友と呼べる存在だ。
「ああ、ちょっと考え事をしていたんだ。気にしなくていいよ」
「ふーん、そうか」
直人は本当に心配することもなく、近くの空いていた席から椅子を持ってくると、俺と机をはさんで座った。
俺はバッグから弁当包みを取り出すと、机の上に広げた。
「金太は今日も弁当か」
親父が仕事に戻ったといえども、家計はきびしいままだ。
そこで、コロナに弁当をつくってもらうことにしたのだ。
コロナの弁当は無駄が無い。昨日の夕飯の残り、肉ジャガがコロッケに変身している。
「お、そのコロッケうまそうだな。もーらいっ」
「あっ!」
直人が太い指でコロッケを横取りしてしまった。
「んめーッ!なんだこれ!まるで揚げたてだ!」
直人が驚くのも仕方がない。何故ならそうなるように細工をしているからだ。
コロナ曰く『ちょっとしたまじない』。魔法で鮮度を保っているのだろう。
「直人、勝手に食うな。お前にはパンがあるだろ」
「おっと、そうだった」
直人の右手にはハンバーガーのようなものがあった。
パン、肉、肉、レタス、肉、肉、パン、肉…………これはハンバーガーなのか?
割合だけを見れば、九割が肉だ。これは肉に限りなく近い、ハンバーガーのような肉バーガーである。
「それ、パンじゃないよな、もう肉塊だよな」
「ああ?それを言ったら、お前が食ってたそばめしパンなんて炭水化物の塊じゃねぇか」
そう言われるとそうだけど……。
それにしても、何故この学校の購買部はそんなトンデモメニューを売っているのだろう。
きっと考案者は、ごはんをおかずにごはんを食う変人か。肉を主食に肉を食う変態だろう。






