信頼できる人物
「そういえばギンジ、カナタは妾がこの家に来た理由を知りたいそうだ」
それを聞いて俺も、そういえばと気付く。
親父が帰って来たせいで話が逸れて、コロナが家に来た理由を聞けていなかった。
「ああ、それは僕が話した方がいいな」
そう言うと、親父が話を切り出した。
「久しぶりに入った仕事が色々と訳ありでね、しばらく帰ってこれそうにないんだ」
「それってどれくらい?」
「ニ週間……いや、下手をすると一カ月以上は帰ってこれないかもな」
一カ月か、そんなに長い間、俺は一人で生活できるのだろうか……。
想像が付かない。
なにしろ、俺は二日以上、一人で家にいた経験が無いからだ。
昔、両親が一週間ほど旅行に行って来た時は、祖父母の家に預けられていた。
そんな俺が一カ月も一人で生活できるか――いや、言うまでもないな……。
「金太、そんなに深刻な顔をするなよ。まぁ、そのためにコロナがいるんだけどな」
「え?」
「察しの悪い奴だな……。つまるところ、ギンジがいない間は、妾がカナタの面倒を見てやるってことだ」
「えぇ……、できるの?」
「できる!」
コロナは胸を張って言った。
しかし、こんな幼女が家事を出来るようには到底見えなかった。
「心配するな、こう見えてもコロナは家事は何でもこなせるぞ。一緒に暮らしていた経験がある父さんが言うんだから、折り紙つきだ!」
――そうか、親父がそこまで言うなら……えぇっ!?一緒に暮らしていた……だと……。
『まさか幼女と不倫を!?』と一瞬疑ったが、少し前の親父の言葉を思い出す。
後半の『~のような愛人』の意味はさて置き、親父はコロナを『母や姉のような存在』と言っていた。
その言葉から察するに、親父はコロナを深く信頼しているのだ。たぶん、コロナも同じだろう。
あの言い合いをしていた時の二人は友達同士のように、それこそ家族のように見えた。
「それで、どうしてコロナなんだ?」
「そんなの決まっているだろ。大切な息子の面倒を任せるんだから、最も信頼できる人物に頼むのは当然のことだろ」
何となくそれは解っていた――というか、面と向かって大切と言われると気恥ずかしいな。
「ギンジの頼みは断れなくてな、ヨーロッパから遥々と来てやったのだ、感謝しろよ」
コロナが腕を組みをして言った。『感謝しろよ』は俺と親父の両方に向けてだ。
――そうか、わざわざ遠いところから……。
「……って、おい!そんなことのために外国から来たのかよっ!?」
「おいおい、そんなこととは何だ。面倒を見てもらうのはお前だろ?まったく、礼儀のなってないやつだな……」
「そうだぞ金太、お願いしますの一言くらい言ったらどうだ」
そして、コロナと親父は溜め息をついた。
それにしても無茶苦茶な話だ。
頼む親父も大概だが、引き受けてしまったコロナもどうかしている。
こんな無茶な頼みを言えて、それを引き受ける程、二人は信頼し合っているということだろうか。
「いやぁ、それにしても何時間も棺桶の中にいるのはキツかったな……」
「やっぱり棺桶の中身はコロナだったのか」
「そうだ、まったく……あのクソ運輸め、もっと丁寧に扱えんのか、この家に着いた時も床に叩きつけられたような衝撃があったし……」
――ごめんなさい、それは俺です。
「ま、まぁそれにしても、何で棺桶に入っていたんだ?」
それの疑問に答えたのはコロナではなく、親父だった。
「それは、金太には関係の無い色々と面倒で訳ありなことがあったからだ。気にしなくていい」
またわけのわからない言い方だった。