吸血鬼は親父の愛人
「お前、コロナか?」
確信はあったが、一応、疑問符をつける。
この幼女、たぶんコロナだ。
どうしてこんな姿になったのかは知らないけど――。
「やっと気付いたか、バカモノ!そうだ、妾だ」
コロナはそう言って「ふん!」と鼻を鳴らす。
少々怒っている様にも見えるが、その態度も可愛らしく見える。
この小さな身体のせいで、先程までの迫力が薄まっているようだ。
「よいしょっ!」
「うぐっ」
可愛らしい掛け声と共に、コロナが俺の上から勢い良く跳び下りた。
「わかったなら、早くせんか!」
「え……何をしろと……」
「妾は言ったはずだ……、空腹だと!」
「やっぱり、コロナだったのか……」
「あの状況で妾以外は有り得ないだろ……はぐっ!」
コロナは俺に呼び捨てにされたことも気にせず、“生贄”の『冷凍肉まん』にかぶりついている。
「で……どうしてそんな、ちんまい姿になったんだ?」
コロナ本人だということを確認し、次はその姿になった理由を訊く。
「ちんまい言うな!……まぁ、端的に言うとな、お前のせいだ」
コロナは椅子をくるくると回転させながら言った。
なんというか、この姿になってから、仕草や態度が妙に子供っぽくなったな……。
「それで、俺のせいってのはどういうことだ?」
「言っただろ?妾は空腹だと。お前が大人しく吸血させてくれたら、『省エネモード』にならずに済んだというのに……」
「省エネモード?」
「そうだ、妾はこう見て、高燃費でな。極度の空腹に陥ると、エネルギー消費を抑えるために、この姿になるのだ…………、うーん!それにしても、近頃のチルドフードはなかなかに美味だな!」
気がつくと、コロナは三つあった肉まんを平らげて、空になった皿を見つめていた。
「……もう一個、ほしい?」
俺が訊くと、コロナはこちらを向いて笑顔を作った。
「うむ!もう一個と言わず、二つ頼む!」
そう言って皿を差し出してきた。
「なぁ、コロナ」
「はむっ!んっ……くっん!…………どうかしたか?」
「お前さ、どうして俺の家にいるんだ?」
コロナが五つ目の肉まんを食べ終わったところで、本題に入った。
色々あって話しがそれてしまったが、まずはこれを訊いておかないといけない。
「うーむ……そうだな……」
コロナは、何から話したら良いか、という表情でアゴに手を当てている。
「うむ、それは訳があってな……」
「ただいまー!」
コロナが話そうとしたところを、唐突な帰宅の言葉が遮った。
「あ、親父!どこ行ってたんだよ!……まぁいいか、おかえり」
「ギンジ、随分と遅かったな」
言葉の主は俺の父親だった。
「まぁ久々に仕事が入ったんでね……急に出掛けて悪かったな」
「仕事?……ああっ!」
見ると、親父は黒いロングコートにギターケースという、一年ぶりに見る姿だった。
「親父、本当に仕事が入ったのか……」
「本当に決まっているだろ、嘘だったら悲しすぎるだろうが」
親父はケースを置いてコートを脱ぐと、空いている椅子に腰かけた。
「ん?コロナ、金太が何か出してくれたのか?」
「ああ、生贄に冷凍肉まんを出させた」
「そうか、じゃぁ金太、父さんにも同じものを」
「ごめん、コロナが全部食った」
「なっ……なんだってーッ!?」
ぐーぎゅるぎゅるぐー!
「うぅ……」
腹の虫を間抜けに鳴らして、親父はテーブルに突っ伏した。
「ふん、不甲斐の無い奴め」
「うるせぇ!そう言うお前だって省エネモードになってるじゃねぇか!」
「それはっ!……くぅ……」
痛い所を突かれ、コロナが口籠る。
「ははーん……、さては、金太の血を吸おうとして逃げられたんだな?ウチの息子を舐めるなよ、この潔癖症にどれだけ手を焼かされたか……」
俺は、そんなに苦労をかけて育ってきたのか――親の有難さをしみじみと感じていると、ふと気が付いた。
「親父とコロナは知り合いなんだよな、どういう関係なんだ?」
こんな些細な理由で言い合いができる関係だ、ただの知り合いとだとは思えない。
「ふむ……少々複雑な関係でな、何と説明すればいいのやら……ギンジ、頼む」
「そうだな、コロナは父さんにとって、母や姉のような存在で、親友で恋人のような愛人だ」
相変わらずわけのわからない言い方をするな……。
とりあえず、二人はただならぬ関係だということは分かった。