妾の名はコロナ
「吸血鬼……究極生命体……」
「そうだ、吸血鬼は日の在る世界に拒絶された種族、妾はそれを克服している、故に究極だ」
コロナは肩にかかった髪を払いながら言った。
吸血鬼か……、この世界には魔法があるくらいだから、そんな種族がいても不思議ではない。
問題は、どうして俺の家にいるのか――だ。
「どうした、妾の言っていることが信じられないか?」
コロナは俺の態度を『吸血鬼という異種族の存在を信じられない』と取ったようだ。
「仕方が無いな……、ふむ、妾が吸血鬼であるという証拠を見せよう」
そう言うとコロナは俺に歩み寄り、顔を近づける。
お互いの息遣いが聞こえるほどの距離。
ふと、日向のような暖かな香りがした。
そして、首にぬらりと生温かい感触――コロナが俺の首元を舐めた。
「あ……」
首から全身が痺れていくような感覚に、思わず変な声を漏らしてしまう。
「ふふっ」
そんな反応を楽しんでいるのかコロナが笑う。
「愛い奴め……そろそろ頃合いかな」
「そろ……そろ……?」
コロナの息遣いと、首を舌が這う感覚が急に途切れた。
「はむっ!」
「あぅっ!?」
刹那、首にチクリとした痛みがした。
――これはまさかッ!?
俺は反射的にコロナを突き飛ばした。
「ああ……まだ途中だったのに」
コロナは唇に付いた雫――俺の血を手で拭うと、それを物足りないというように舐めた。
「あんたが吸血鬼だってことは良くわかった、でも血を吸われるのはカンベンな。俺、潔癖症なんだ」
俺は首をさすった。
「そうか……、しかし、妾は空腹でな……ニリットルほど飲ませてはくれないか?」
ああ、だから冷蔵庫を漁っていたのか……え、ニリットル!?殺す気かっ!
それは無理だ、と言う前にコロナは再び俺の首に口をつけようとしていた。
「だから勘弁してくれって!いきなり噛みつこうとするなっ!!」
「ふふふっ、なぁに痛みは一瞬さ、すぐに楽になる」
俺はコロナを剥がそうともがくが、予想外の腕力でコロナは離れようとしない。
人間と吸血鬼に身体能力の差があるのは当たり前か……って、何冷静に分析しているんだよ俺は!
「このっ!大人しくせんか!」
「嫌だっ!離れろ!……畜生っ!これが吸血鬼の力か……」
このままでは負けてしまう、しかし、もう限界だ。
せめて、残っている力を使い切らんと力んだ。
そのとき、何かを踏んだ。そして俺はコロナと一緒に床に倒れ込んだ。
「いたた……」
後頭部が痛い、頭を床に打ってしまったようだ。
「誰だよ床に食べ物をぶちまけたのは……、ああ、あの吸血鬼か」
体の上に何かが乗っている感覚が、おそらく一緒に倒れ込んだコロナだ。
それにしても軽いな、女性とはいえ大人が伸し掛かっているのだ、こんなに軽いのはおかしいような……。
とりあえず、コロナをどけようと触れる。
そして指に伝わる柔らかな感触。
女の人ってこんなに柔らかいのか……。
ぷにっとした感触を手に受けながらコロナの身体を持ち上げた。
すると、知らない顔が目に入った。
「誰だ、この子?」
俺に伸し掛かっていたのは見知らぬ幼い少女だった。
「う……ん?」
少女は気が付くと、「んーーっ!」と背伸びをした。
「まったく頑固な奴だな……さすがギンジの息子、と言ったところか」
そう言って俺の顔を見下ろす。
「君、どこの子?」
俺がそう訊くと、少女はやれやれといった態度で言った。
「わからんか?わたしだよ」
「はぁ?」
ダメだ、本当に解らない……。
でも、待てよ……、この子、どこかで……。
俺はこの少女の容姿に見覚えがあった。
そうだ、この子、コロナと似ているんだ。似ているというか、髪と眼の色が全く同じだ!
そして、この状況で考えられるのは……。
「バカモノ、いつまで考え込んでいるんだ!」
俺が答えに辿り着く前に少女が怒鳴った。
いや、もう答えは出ている。