この街は平和すぎる
放課後、俺は“旧校舎”へと向かった。
月長西高校は、元からあった西高校と月長市立高校が併合されて設立した、市内唯一の市立高校だ。
現在の校舎は比較的に新しかった旧西高校の校舎を改装したものだ。
旧市立高校の校舎はそのまま残されている。それを旧校舎と呼んでいる。
残されていると言っても、取り壊しは決定している。跡地には市営住宅を建てるらしい。
月長西高校の設立を皮きりに、ニュータウン計画で市の主要施設は東地区に移され、西地区はベッドタウンとなった。
市民は急発展した東地区を『都会側』と呼んでいる。
都会側には私立校の『月長学院高校』があり、それと区別するために市立ではなく、西高校の校名が引き継がれたらしい。
ニ十分ほど歩くと、旧校舎の前に着いた。
俺は周りに人がいないことを確認すると、校門の柵を乗り越えて敷地内に侵入した。
俺が越してきたころは、まだ旧校舎は西高校の生徒が部活などで使用しており、許可さえ下りれば部外者でも体育館などの施設は使用できた。
取り壊しが決まってからは基本的に立ち入り禁止になっている。
柵を飛び越えて侵入しない限りは――。
体育館に向かうと、錠がかかっていた。
ポケットから鍵を取り出し、何事もなく解錠した。
何故、俺が体育館の鍵を持っていたのか――いや、正確にはこれは体育館の鍵ではない。
体育館を閉ざしていた南京錠とチェーンをバールで叩き壊し、そこに俺が新しい錠を付けておいたのだ。
体育館に入ると、薄暗く埃っぽかった。
それもそのはず、取り壊しが決まってから全く掃除がされていない。もちろん電気も止まっている。
俺はモップを手に取ると、軽く床を拭いてまわった。
もう六年近く続けていると、一人で体育館をモップがけするのも御手の物だ。
これで少しはマシになっただろう。
モップを片付けると、“いつも通り”に倉庫の中に入った。
床にチョークで魔法陣を書き、その上に空き缶を並べた。
俺は軽く息を吐いてから、缶に手をかざして集中する。
すると魔法陣が青く発光し、缶がカタカタと動き始めた。
「はあっ!」
気合を入れると光が増し、暗い倉庫内を青色に染め上げた。
光が消えると、魔法陣の上には馬の形をしたオブジェが出来あがっていた。
それはアルミ製で三十センチほどの大きさだった。
「ふぅ……アルミの加工はやっぱり難しいな」
この後も、同じことを繰り返し、出来あがったオブジェの一つを抱えて倉庫から出た。
俺はオブジェを体育館の床に置くと、四十メートルほど離れた位置に立った。
右手の中指と人差し指をそろえ、オブジェに突きつけるように構える。
「ふぅぅ……はぁっ!」
気合を込めると指先に微かに火が現れた。
さらに集中して火力を上げていく。
拳ほどの炎になったところで、左の手のひらを炎にかざすように構える。
すると右手の炎が揺れ始めた。
徐々に揺れが激しくなり、そして炎は小さくないっていく。
それは火力が弱まったわけではない、圧縮されているのだ。
「はああっ!!」
炎が一気に縮こまった瞬間、両手の魔力を開放した。
放たれた炎は矢となり、空気を焦がして飛び、四十メートル先のオブジェを貫いた。
そして、オブジェは爆散して鉄クズとなった。
「まぁ、今日はこんなもんかな」
散らかした床を掃除しながら、今日の反省をする。
金属加工は慣れないアルミを使ったのでまあまあな結果だったが、炎と風の魔術属性の合体魔法は割りとうまくいった。もう実戦でも使えるくらいじゃないかな。
親父が『めんどうくさい』と言って魔法を教えてくれなくなってから、自主練習を欠かしたことは無い。
独学でここまで出来るようになったのだから、親父に見せたら腰を抜かすだろう。
きっと俺は魔法使いになるべくして生まれてきたのだろう。
だから、この街がこんなに平和なのはおかしい、もっと非日常的な現象が起こってもいいはずだ。
そうじゃないと、魔法は誰にも知られないままだ。