あたしが魔法を教えるから
こうなったら小一時間ほど、そばめしパンの素晴らしさについて語ってやるしかないな……。
しかし、そばめしパンを語るには俺では役不足かもしれない。そばめしパンという存在を、言葉で表すことが出来るのか……、俺にそれほどのボキャブラリーがあるだろうか。
――食べてもらうしかないな……。
今から購買に行っても残っているだろうか?
いや、心配している暇は無い、とにかく購買に向かうんだ。こうしているうちに売り切れてしまっているかもしれない。
俺はそばめしパンを求め、屋上を後に――
「どこに行くの?」
――しようとしたところで呼び止められた。
「そばめしパンを買いに行くんだよ」
「そんなに食べたかったの?それは謝るわ。でも、今から買いに行くと休み時間が終わるから、悪いけど我慢してくれない?」
「いや、食べたかったけど、それはどうでもいいんだ」
(よくないけど、食べたかったけど……)
「じゃぁどうして?」
「きみに、そばめしパンの素晴らしさを教えるためさ!」
「うーん……、わからないわ……」
「言葉のままの意味だよ!」
「なおさら、理解できないわ……」
栄久瀬め……、せっかく焼きめしパンの偉大さを分かち合おうとしているのに、その態度は何なんだ!
「だいたい、そばめしパンって、焼きそばパンとどう違うの?お米が入っているくらいしか違いがないじゃない」
――なん……だと……。
その一言は、天を貫く雷のように俺に衝撃を与えた。
「そう言われてみればその通りだ……。そばめしパンと焼きそばパン、米が入っているかそうでないか、違いはたったそれだけだ。それに、この世にはコロッケパン、たこ焼きパンやお好み焼きパンという炭水化物プラス炭水化物の総菜パンがあるじゃないか!!」
な、なんだ……、そう思うと急激にそばめしパンの魅力が薄れていくぞ……。だいたい、『麺・米・パン』なんて主食のオンパレードじゃないか……。コロッケはもちろん、たこ焼きとお好み焼きならおかずになるから、パンと合わせるのはごく自然なことじゃないか……。
「オ……オレヴァ……イママデイッタイ……」
「戻ってきてカナタくん!カナタ!しっかりして!」
「……ハッ!?」
栄久瀬に体を揺さぶられ、俺の飛びかけていた意識が戻ってきた。
「カナタくん、大丈夫?」
「ご、ごめん……ちょっと疲れててさ……」
「そうね、憑かれていたみたいね……」
「それじゃぁ、お昼も食べ終わったことだし、本題に入りましょ」
そうだ、栄久瀬は特別な用があって俺を屋上まで連れ出したんだ。炭水化物のことなんて忘れてしまおう。
「一言で言えば、手伝ってほしいことがあるの」
「それは、俺にしか頼めないことなのか?」
栄久瀬の手伝いとなると、魔法がらみのことに違いない。
それなら、俺みたいな見習いレベルより、親父のような職業魔法使いに頼んだ方がいいんじゃないか?
そうなると、何かしらの事情があって俺くらいにしか頼れなかったと考えるべきか……。
「そうね……、確かにカナタくん以外に協力を求めることができるのならそうしたかったわ。カナタくんは一般人だもの」
「一般人だけど、魔法は使えるぞ?」
「そうみたいね。でも、その魔法ってどの程度のものなのかしら?」
昨日の栄久瀬とコロナの戦闘を思い出し、自分の魔法と比べてみる。その差は……言うまでもない……。
「カナタくん、大丈夫よ」
「でも、俺の力じゃ……」
「それなら心配無用よ。あたしが本格的に魔法を教えてあげるから」
――本格的に魔法を教えてくれるだって!?
その一言で、渦巻いていた不安は消え去った。
俺にとって、それほどに魅力的な言葉は他にはない。
――これでまた、俺が追い求める世界に一歩近づける!
そう期待せずにはいられなかった。