その2 『屋上で二人きり』
午前の授業が終わり、昼休みになった。
直人は机に突っ伏して眠っている。いびきがいつもより荒いのは、慣れない机で寝心地が悪いからだろうか。
俺は直人を起こして昼メシに誘おうと、席から立った。
そこで、ふと声をかけられる。
「ねぇ、高宮くん」
声の主は、栄久瀬だった。
「俺に何か用か?」
「よかったら、一緒にお昼どうかなぁって」
笑顔でそう言った栄久瀬に違和感を覚えたのは気のせいではない。
昨日、俺はこいつに殺されかけたのだ。
栄久瀬にその気が無い(俺がそう思いたいだけかもしれない)としても、警戒してしまうのは仕方が無い。
「わたしと一緒に食べるのは、いや?」
上目遣いでそう言われると、俺は思わずたじろいでしまう。
「まぁ、いいけど……」
「じゃぁ、行きましょ!」
「え、うわぁっ!?」
栄久瀬は俺の腕を掴むと、そのままドアへ向かう。
クラスメイト達が「なんだなんだ?」とこちらを見てくるが、栄久瀬はそんな視線は気にせず、俺を引っ張って教室を後にした。
結局、俺は栄久瀬に引かれるがまま、屋上まで来てしまった。
栄久瀬に掴まれた時、抵抗しようと思えばできた。
しかし、俺は何故かそれをしなかった。
不意に引っ張られたからとか、そういうことではなく。自分では警戒しているつもりでも、無意識に気を許してしまっていたと言えばいいのか……。
――意味わからねぇよ……。
「わからないものね……」
「……え?」
不意に栄久瀬がそう呟いたので――心を読まれたのか?、と一瞬警戒を強めたが、どうやら違ったようだ。
「男の子って、ああいう媚びた感じが好きなの?あたし的には、ちょっとキモいから無いわーって思うのよね」
そう言った栄久瀬からは『人当たりの良い清楚系美少女』という印象は失せており、口調も“いつも通り”に戻っていた。
「まぁ、そういうやつもいるんじゃね。俺は、あまり好きじゃないけど」
「そうみたいね。その反応を見れば解るわ」
「俺は変に取り繕っているやつより、自然体でいてくれる方がいいな……って、俺は何言ってんだ!」
「好みのタイプを暴露しているんじゃない?」
「そーですねっ!!」
俺は軽く咳払いをすると、話を切り出した。
「で、何のつもりなんだ?」
「つもりも何も、一緒にお昼ご飯を食べようと思ったんだけど」
栄久瀬は、然も当然とばかりにそう返してくる。
「それなら、わざわざ屋上に来る必要は無いだろ」
「物珍しがって群がってくる生徒たちにうんざりしていたからよ」
「だったら、一人で行けばいいだろ。わざわざ俺を連れ出す必要は無いはずだ」
「……」
「俺に話があって、それは他の誰にも聞かれたくなかった。違うか?」
栄久瀬はしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「……察しがいいのね。そうよ、その通りよ」
そして、突然、その場でくるりとターンすると、
「とりあえず、お昼にしよっか。カナタくん」
『媚びた美少女モード』に戻ってそう言った。
『一緒にお昼ご飯を食べる』というのは、俺を屋上に連れ出す口弁ではなく、本当にそのつもりだったようで、栄久瀬は購買でパンを買いこんでいた。
俺は、その中からあるパンを探していた。
「ないないない……無い!無いぞっ!!」
「うわぁっ!?ちょ、ちょっとカナタくん、いきなり叫ばないでよ!」
隣でハムサンドをかじっていた栄久瀬が、びくっと身をすくませて抗議の声を上げた。
「わ、悪い。欲しかったパンが無くて、つい……」
「ごめん、それは気が利かなかったあたしのせいね。それで、欲しかったパンって何なの?」
「そばめしパン」
「……はい?」
「だから、そばめしパン」
「ちょっと待って!それって焼きめしなの?パンなの?」
「そばめしパンは、そばめしパンだよ」
「……わけがわからないわ」
わけがわからないのは栄久瀬の反応だ。
見るからに、そばめしパンの存在そのものを理解出来ていないといった様子だ。
あの素晴らしいメニューを理解できないなんて、その反応こそ理解不能だ。