その1 『転入生は美少女』
予想通り、転入生は美少女だった。
金髪と碧眼が印象的な――そう、昨日、俺達を襲撃した少女だ。
昨日と違うのは、服と髪型だ。
着ているのは月長西高校の女子制服。
長い金髪は、その一部を両端で束ねてツーサイドアップにしていた。
少女は黒板にチョークで名前を書いていく。
「これから、皆さんと学校生活を共にすることになります。栄久瀬です」
『栄久瀬 莉音』、これが彼女の名前だ。
――日本人離れした容姿なのに、名前は普通なんだな……。
「さて、栄久瀬さんの席は……」
栄久瀬の自己紹介が終わると、田宮先生はまたもや、学園モノにありがちな台詞を言った。
こういう場面では、都合良く空いている席があるのだが――
あいにく、この教室の席は全て埋まっていた。
現実はフィクションほど、都合が良くないようだ。
――そもそも、転入生が来るのに席を用意していないのもどうかと思うな……。
「じゃぁ、高宮くん。空き教室から机を持ってきてください」
――じゃぁって、なんでさ……。
まぁ、俺の席の後ろのスペースが空いているから、そこに置いてくれということか。
「おっと、金太。俺に任せてくれ」
机を取りに行こうとすると、直人がそう言って席から立った。
「では、栄久瀬さんの机は稲村くんに任せて、ホームルームを続けましょう」
先生もそう言っているので、直人に任せることにして、席に戻った。
「えーっと……栄久瀬さんはもう少し待って……」
先生が言い終える前に、栄久瀬は歩き出した。
――あれ、俺の方に向かって来てる?
と思いきや、栄久瀬は俺の隣の席――直人の席に座った。
しばらくして、直人が戻ってきた。
「あれ……俺の席はどうしたんだ?」
直人は自分の席を占領する栄久瀬を見て、机を抱えたまま立ち尽くしていた。
「おい、転入生。ここはオレの席だぜ」
「そう。でも、あたしはこの席がいいの」
「じゃぁ、オレはどこに座ればいいんだよ!」
「持ってきた机に座れば?」
「はぁ!?」
「あ、あの……。稲村くん、栄久瀬さん、今はホームルーム中で……」
口論を始める二人に、おろおろしている田宮先生。
全身筋肉の大男と、会ったばかり転入生を止めるのは難しい。
ここは、俺が助け船を出すべきだろう。
「直人、とりあえず座ってくれ。話なら休み時間にすればいいから」
「納得いかねぇな……」
そう言いながらも、直人は持ってきた席に着いた。
「栄久瀬もな」
「……わかったわ」
朝のホームルームが終わると、直人は栄久瀬の席に(正しくは直人の席なのだが)向かった。
「おい、栄久瀬!オレの席を……」
だが、栄久瀬の席に集まったのは直人だけではなかった。
――しまった!俺としたことが。このイベントを忘れているとは……。
『転入生に色々と訊こうとする人々が群がる』、学園モノの定番イベントである。
「こらっ!お前らどけぇっ!」
直人は、群がる生徒達に阻まれていた。
よく見ると、うちのクラス意外の生徒も混じっていた。
――まぁ、栄久瀬ほどの美人なら、これも当然といえばそうか。
当の栄久瀬は、飛び交う質問を律義に一つ一つしっかりと受け答えしていた。
この後の休み時間も同じようなもので。直人は栄久瀬から席を取り返すことが出来ず。
仕方なく、俺の後ろの席で授業を受けることになった。