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青い魔物と赤い魔女  作者: 輝血鬼灯
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6.騎士の想い

 目を覚まして見たものは、何の飾りけもないつまらない天井だ。しかしいつもの自分の家の天井とは違う。そこで周囲を見回して、エイザムは今自分のいる場所が自宅ではないことに気付いた。

「大丈夫か、エイザム」

 ベッドの傍らに座ったアレクが、こちらが目を覚ましたとみて気遣わしげに声をかけてくる。

「後頭部がずきずきする」

「壁に打ち付けたからな。何があったか覚えているか?」

「ああ。ミリカが連れていたガキがいきなり魔物に変身しやがった。道理でミリカの奴、あんなガキを連れていたわけだぜ」

 エイザムは目を伏せた。皮肉げに唇を歪めて笑う。しかしその表情はどこか寂しそうだとアレクは思った。

「やっぱりあいつは悪魔だな。人喰いの魔物をあんな簡単に手懐けるなんて」

「……エイザム」

「なんだよアレク、あんたはいつもやけにミリカを庇うな。あいつに惚れたか。性格は最悪だが顔は美人だもんな」

「僕は、そんなんじゃ――」

 反射的に否定をしかけたが、ふとアレクは考える。

 どうなのだろう。自分はミリカのことが好きなのだろうか。

 今まで自分の感情をそうして言葉に当てはめてみたことはなかったのだが、言われてみれば、そうなのかもしれない。しかし口では別のことを言った。

「……違うよ。僕は、責任を感じているんだ。彼女をあの村に連れてきたのは僕だ。全ての責任は僕にある」

 懺悔するように項垂れたアレクを見ながら、エイザムは胡乱な眼差しを向ける。

「なぁ、アレク。あんたなんで、この十二年間一度もミリカに会いに来なかった? あいつはずっとお前を待っていたのに」

 エイザムは村人の中なら一番ミリカのことをよく知っている。彼女が大人たちにアレクのことを尋ねて回っていたことも知っていた。

「ずっとずっと……ただあんただけを待っていたのに」

「エイザム?」

 痛む頭をさすりながら、エイザムはベッドの上で上体を起こす。同じ視線でアレクのことを睨むと、皮肉に捻じれた口調で告げた。

「いいことを教えてやるよ。……あいつは人殺しだぜ」

 アレクは目を瞠る。

「村の奴らは全員知っていることだ。殺した相手はあいつの養父。酒飲んで荒れる度にあいつを殴っていた。ある時、命の危険を感じたミリカが突き飛ばしたら死んじまってな」

「それは正当防衛じゃ……」

「そうだな。村の奴らはみんなそう思ってるよ。だからあいつも生贄の話までは普通に暮らしていたんだろ。あの性格だから敵は多かったけどな」

 エイザムは挑戦的にアレクを睨む。

「だが、人殺しには違いないさ。酒飲みの養父を殺して泣いて後悔するような性格でもない。その挙句に魔物引き連れてのあの襲撃だ。あんたはそれでもまだあいつのことが好きなのか?」

 問いかけられ、アレクは一瞬だけミリカのことを考えた。そして目の前の青年のことを。

「だけど君は、それでもミリカのことが好きなんだろ?」

 今度はエイザムが言葉を失う番だった。

「人殺しでも、無茶苦茶な性格でも、君は彼女が好きなんだろう? だから自分の手で彼女を殺しに来たんだ」

 自分の気持ちでさえ先程まで気づかぬくらいだったというのに、他人の気持ちの方がよく見えるとはよく言ったものだ。

「……うる、せぇよ。誰があんな女……!」

「エイザム」

「なんでもっと早く迎えに来なかったんだ! アレク、あいつはお前をずっと待っていたのに!」

 叫ぶ声は悲鳴のようだった。エイザムは自分のことではなく、ミリカのために今アレクを怒っている。

「自分では、早く来たつもりだったんだよ」

「どこが! 十二年も待たせやがって!」

「王都からアダルまでは二年かかる。十年の刑を終えて出所して、やっと会いに来たのに」

「……出所?」

 穏やかな優男然としたアレクに不似合いな単語を聞き、エイザムが目顔で意味を問う。

「僕の両親は盗賊で、僕も子どもの頃からそれに加担していた。しかしある日一団は王都の警備隊に捕らえられた。普通だったらそのまま縛り首なんだけれど、当時はここ、エンディア地方の魔物が世間を騒がせていて、王都は派遣する人手に困っていた。そこで罪人たちに命じた……“魔物を倒せ。そうすれば刑を軽くしてやる”とね」

「あんた、王都から来た元魔物討伐隊の人間だって……!」

 アレクの雰囲気と王都と言う言葉から、勝手に花形だとエイザムは思っていた。

「ああ、そうだ。罪人だからそんな厳しい任務に就かされる。僕の刑期は十年で、二年前にようやく自由になった。そこから二年かけてようやくアダルまでやってきた」

 十二年前、刑を軽くするために就かされた魔物退治の任務の途中に拾った少女に会いに。

「僕は罪人の息子であり、僕自身が罪人だからね。正当防衛の人殺しなんて罪の内には入らないよ。――なぁ、エイザム。君はあの魔物が何だか知っているか?」

「は? ミリカと一緒にいたあの青いのか? いや、知らねーけど」

 いきなり何を言い出すのかと思いつつ、エイザムは律儀に答える。

「罪人でも決められた生活を守れば教育を受けさせてもらって本くらいは読ませてもらえるんだよ。王立図書館にある書物には、こう伝えられる。――エンディア地方はかつて、恐ろしい飢饉に見舞われて多くの者が死に絶えた。特に流行ったのが子殺し、人身売買。親は間引きを行って赤ん坊を殺し、自らが生き延びるために人買いに我が子を売った。それを憐れんだある一人の魔術師が、エンディアの森で呪術を行った。死んだ子どもたちの魂が、新たな、より強い命として生まれ変わってくるように。――だが呪術は失敗し、子どもたちの魂は魔物となった」

「まさか……」

「あれは哀れなる子どもたちのなりそこないだ。その頃だって領主は国からの資金を懐に入れて私腹を肥やしていたってのに。国はそれを知っていたが、あの魔物を罪人たちに退治させた」

 魔物と呼ばれ、普通の獣とは違う強大な力と並はずれた体躯を持ち、簡単な魔術まで使う化物。人間を喰らい殺す邪悪な存在だと当たり前のように言われているそれらは、本来哀れなる幼子たちの魂の結晶体だった。

「そう言えば、この街の祭りって……」

「その昔間引かれた子どもたちを悼むための祭りらしいね」

 アレクは何でもないことのように言った。

「それでも僕は、あの魔物を殺すよ。あれは僕にとっても両親の仇だ。盗賊だった両親はあれの退治を命じられ、死んだ。あれを殺さなければ、僕はこのまま生きてはいけない」

「アレク、あんたは……」

 汚れていないはずの両手を眺め、そこにかつてついたものを見るかのように俯いていたアレクが、ふいに顔を覆う。

「僕は何としてもあの魔物を殺さなければならないんだ。十二年前に死んでいてくれれば、こんなにも煩わされずに済んだのに。あれが死んでいれば、君の村でも生贄なんて馬鹿なことはしなかっただろうし、僕は何事もなく彼女を迎えにいけたのに……」

 思い描いた全てが今は粉々になってしまった。夢の王子様を待っていたのは、ミリカだけではないのかもしれない。

 幸せになりたかった。

「……アレク、俺の役目はミリカを殺すことなんだぞ」

 今まで誰も敵わないからこそ大人しく生贄を捧げるしかなかった魔物を引き連れた相手に、エイザム一人で勝てるなどと本当に村人が思っているとは考えないが、建前上はそういうことになっている。

「君はミリカのことが好きなんだろう? 十二年前の夢の少女に憧れを重ねていただけの僕と違って、本当に彼女のことが。なのに殺せるのか?」

「……好きだから、愛しているから、だから殺す。あいつは永遠に俺のものにはならない。わかっているから、だから」

 顔を覆っていた手を外し、アレクは立ち上がった。一瞬ぎくりとしたエイザムだったがアレクの頬に濡れた痕などは見当たらず、エイザムへの敵意もないようだ。ただ乾いた瞳で自分の荷物を漁りだす。

「アレク?」

「二人を見つけよう。そして全てを終わらせるんだ。そうしなければ、一歩も前に進めないから」

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