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青い魔物と赤い魔女  作者: 輝血鬼灯
5/9

5.過去と今

「お帰り~あなた~とか言ってやるべきか? どうやら手ぶらで、返り血を浴びたりもしてないようだな。つまり何もなかったと」

「エイザム」

 そう長い時間をかけず、アレクはしおしおと宿の一室に戻ってきた。魔物の身体能力と人間の悪知恵を合わせれば怖いものはない。結局二人にまかれ何の収穫もなく戻ってきた彼を不機嫌そうな顔のエイザムが出迎える。

「そう言えば君は、なんで来なかったんだ?」

「人込みに押し流される俺を無視してさっさと行っちまったのはあんただろうが!」

 アレクは怒られた。戦いが本業であるアレクと元は農夫のエイザムでは咄嗟の行動力や運動能力に差が出るのだ。

「で、ミリカとは話せたのかよ」

「いや、ほとんど話せなかった。……あ」

「何だよ」

「俺があなたと一緒に彼女を追っていることを警戒されたと思う」

「なんだって!? 何やってんだよあんた!」

 ほとんど話さなかったのに肝心なことだけはバレているとは何事だ。エイザムが怒りをあらわにしてアレクに詰め寄る。

「いや、よくわからないんだ。彼女は一人じゃなかったよ。連れがいて」

「連れ? ……男か?」

「ああ」

「あの女! 村を出たらすぐに引っかけたってわけかよ!」

 エイザムが酷く苛立たしげに吐き捨てた。アレクはきょとんと眼を丸くする。

「引っかけ……?」

「何純情なフリなんかしてんだよあんた、俺より年上のくせに。だから、あの女はあの顔にあの身体だろ?」

「は……ええええええっ?!」

 ようやく思いついて、アレクは素っ頓狂な声を上げた。

「まさか、本気でわかってなかったのか……?」

 今年二十二歳にもなる成人男子だというのにその反応か、とエイザムは溜息をついた。ちなみにエイザムの方はまだ十九歳だ。

「あんたの純情ぶりは置いといて、とりあえず情報くれよ。あいつが引っかけていたのは、どんな男だ? いかにも腕が立ちそうな大男か? それとも役人か貴族か?」

「いや、君より幼い感じの少年だったけれど」

「は?」

 エイザムが珍妙な表情で驚きを表した。顎に手を当てて真剣に考え込む。

「……妙だな。そいつがどんな美形だかは知らないが、あの打算深い女が、何の役にも立たない人間を男だろうと女だろうと傍に置くか? ありえない。絶対ない。何か裏がある」

「そ、そんなにおかしなことなのか?」

「ああ、おかしい」

 深々と頷かれると、アレクもおかしいという気分になり始める。上手い説明が見つからなくてまだ告げてはいないが、あの少年の顔はアレク自身にそっくりだった。

「……エイザム」

「なんだよアレク」

「もう一度、彼女と話をする機会が欲しいんだ」


 ◆◆◆◆◆


 翌日朝早く、ミリカとラーイは宿を出発した。自分たちを知る者に出会ってしまった以上、すぐにもこの街を出るつもりだ。

「昨日は驚いたわ……」

「あの男のことか」

「うん。でも、アレク様……そうか、村に行ったんだね。あたしのこともじゃあ、聞いているよね。きっと」

 歩きながらミリカはわずかに目を伏せた。生贄の娘が当の魔物と共謀して村を襲い逃げたのだ。村の人間に恨まれ、追われることになったその話がいつかはアレクの耳に届いてしまうかもとは思っていたが、ここで本人に遭遇することはまったくの予想外だった。

 途中道に迷ったとはいえ、ミリカとラーイは森からまっすぐにこの街を目指したのだ。アレクはアダル村を経由してからこの街に来たようだが、だとしたらミリカたちが村を後にした頃も実はすぐ近くにいたのだろう。彼がどうしてこんな時期にアダル村の近くにいたのかわからない。

 ミリカは村にいる間ずっと彼の存在が気になっていて、村長や当時の大人たちに何度も尋ねたことがある。けれど、誰も彼がどこに住むどんな人物なのか教えてはくれなかった。近場の村の住人ならば畑仕事の暇を何日かもらって会いに行こうと考えたこともあるのに、皆が首を振るばかりだった。

 “彼はお前とは二度と会えないような人で、二度と会えないような場所にいる”

 だからあきらめろ、と。

 十二年間何の音沙汰もなかったのだ。ミリカも村長たちの言うことはもっともだと思っていた。成長した姿の想像も限界になる今になって、何故彼は現れたのだろうか。

 憧れていた初恋の人がいつか迎えにきてくれるなどと、そんな風に考えるほど乙女な思考はしていないミリカは、彼は自分のことをすでに忘れ去っているものだと思っていた。

「なのにどうして、本当に……」

 今更。もう戻ることのできない道を選んでしまった後で。

「ミリカはあの男が好きなのか」

「ちょ、いきなり何言い出すのよ!」

 というか以前初恋の人だと暴露したような記憶があるが……。つまりラーイは「恋」という言葉の意味をわかっていないのだろうか。

「あの男を仲間にして、あの男と行くのか。あの男と一緒に行き、我を捨てるのか?」

「ラーイ……あんた」

「我はあの男は嫌いだ。何か嫌な匂いがする」

「嫌な匂い?」

「ミリカがあの男を選ぶなら、我は共には行けない」

 普段表情を変えない魔獣が、不快げに眉をひそめた。

「行かないわよ。ラーイ、あたしはあんたと一緒に行くんだもの」

「本当か?」

「ええ。あたしはアレク様とは行けない」

 ミリカの口元に寂しげな笑みが浮かぶ。

「だってあたしは、人殺しだからね」

 石畳の道が途切れ、街の入り口についた。

 入る時は入口だが、出るときは出口だ。ミリカたちは追っ手を避けるため、この街から出ようとするところだった。そのために朝早くのこんな時間から宿を出てきたのだ。

 しかし――。

「ミリカ」

 静かな声に名を呼ばれ、ミリカの足が止まった。

「アレク様……」

 金髪の青年が門前に佇んでいる。王都ほど警備が厳しくはなく、村よりはもちろん大きいが街としては小規模なこの街に出入りを見張るような門番はいない。なのに彼はまるで咎めるような眼差しで、ミリカとラーイの二人を見つめている。

「どうして」

 思わず零れた問いかけの言葉に答えたのは、アレクではなくその隣の柱の陰から出てきた青年の方だった。

「やっぱりそう来たか。お前の思考なんてお見通しだぜ」

「うげ! てめ、エイザム!」

「……おい、ミリカ。てめー五秒前とキャラ違うぞ」

 皮肉屋の幼馴染を見た途端ミリカは物凄く忌々しげに呻いた。先程アレクを見つめて切なげにしていた少女と同一人物とは思えない。

「なんであんたがアレク様と一緒にいるのよ」

「こっちの兄ちゃんが俺の用事に付き合ってんだよ。俺が追っているのはてめぇで、こいつが追っているのはあの魔物だ。奴はどうした? お前のことだから魔物だろうが何だろうが、さくっと殺して捨てたか?」

 エイザムはミリカを何だと思っているのか、当の魔物が目の前にいるにも関わらずそんなことを言ってくる。

「さぁね。それより……」

 エイザムは厄介だが、それよりもミリカはアレクの方が気になった。魔物を追っているとは、どういうことだろう。

「ミリカ、魔物について、何か知っていたら教えてほしい。……僕は十二年前、王都よりエンディアの魔物退治に派遣された一行の中にいた。もしもその時の魔物が、君と一緒にいたという魔物なら僕はそいつを退治しなくては」

「魔物退治ですって?」

 思わずラーイの方を振り向きたくなるのをミリカは必死で堪えた。ここでそんなことをすれば、ラーイの正体を教えるようなものだ。

 だがそんな小細工は長くは続かない。エイザムの方がラーイをじっと見つめ、自分の隣に立つアレクの顔と交互に見比べ始める。

「なぁ、そこのガキは髪や目の色こそ違うが、アレクに似ていないか? 一体何者だそいつ」

「あんたなんかに教えるわけないでしょ、エイザム」

「なら僕には教えてくれるかい? ミリカ」

「アレク様」

 自分と同じ顔の少年に不審を感じるアレクの追及はミリカとしてもばつが悪くなる。人々に忌まれる魔物の人型として、勝手に彼の顔をラーイに与えたのはミリカだ。

 街を出るには青年二人の後ろにある門を突破する必要がある。強行突破をかけてもいいのだが、ミリカの中にあるアレクへの仄かな想いが一瞬それを躊躇わせた。

 その一瞬の間に、ミリカの性格をよく知っているエイザムが行動を開始していた。

 懐に隠していた短刀を抜き放ち、エイザムは走り出してミリカに斬りかかる。

「兵は拙速を尊ぶ、てな。――どうせお前はどんなことがあっても、言う気のないことは言わないんだろ!」

「エイザム?!」

身体能力は普通の少女の域を出ないミリカには、十分に育ち切った青年を組み伏せるような力はない。

「くっ」

『やめろ!』

 ミリカの危機にエイザムを止めに入ったその声は、すでに人間のものではなかった。青い毛の生えた大きな腕が短刀を持つ手ごとエイザムを吹き飛ばす。

「ラーイ!」

「なっ! お前が……!」

 ミリカは焦り、アレクは仰天した。それまで自分にそっくりな顔をしていた少年が、急に民家程もある魔物の姿に変わったのだ。驚かぬはずはない。

 吹き飛ばされたエイザムは死んでこそいないが、壁にぶつかって見事に昏倒していた。

「逃げるよ、ラーイ!」

 舌打ちしつつ青い獣の差しのべる腕に飛び乗ったミリカに、アレクが声を投げる。

「ミリカ!」

 傷ついてもいないのに痛む胸を押さえながら、ミリカは一瞬だけアレクを振り返った。その顔にアレクは更に言葉を投げつける。

「そいつは、君の両親の仇でもあるんだぞ!」

 ミリカの顔が驚きに染まる。

 その意味を理解したのは、彼女たちが再び街の中に潜伏先を見つけた頃だった。


 ◆◆◆◆◆


「ラーイ」

 昨日までとはまた別の宿をとり、部屋に入るなりミリカはラーイに掴みかかった。

「さっきの話、本当なの?」

 ラーイは再び人間の姿に戻っている。現実のアレクは細身でも背の高い青年だったが、今目の前にいるラーイはミリカの想像を元にしたのでそれほど彼女と目線は変わらない。

 少年の姿をした獣の赤い瞳には、何の感情も浮かんではいなかった。

「わからぬ」

「ラーイ!」

「我は貴様ら人間のように物覚えが良いわけではない。特に強い印象のない出来事まで覚えていられない。我にとって人間を殺すのは日常の一つ」

 彼は魔物なのだ。

 ミリカはラーイの体から手を離し、身体の脇に下ろした拳をきつく握り締める。

「……そう、ね。あたしだって三カ月前に食べた肉の恨み、とか言われても困るものね」

 村の生贄を受け取らなかったラーイ、しかし彼は人を殺したことがないわけではない。

 エンディア地方と言うのは、アダルもネグロもドーラ森林も、この街とその外にあるエンディアの森も一帯を全て含んだ言い方だ。この地域一帯を荒らしていた魔物、ラーイ。

 ミリカはずっと、自分の両親は馬車の事故で死んだと思っていたが、違うのだろうか。

 わけもわからず叫びたくなるような、自分でも八つあたりだとわかっているような感情を必死で抑える。

「……ねぇ、ラーイ。あなたは何?」

「何、とは?」

「魔物って何?」

 これまで考えてもみなかったことを考える。

 ラーイは魔物だ。けれどそもそも、魔物とは「何」? 人を喰い殺す野蛮な狂獣、災厄をまき散らす悪魔の使い、様々に言われてはいるけれど、その全てが真実ではない。

 ラーイを知る前ならそんなこと考えなかったとミリカは思う。魔物は魔物だと、悪い生き物だと決めつけて近寄らなかっただろう。

 けれどもう、彼を知ってしまったのだ。生贄を受け取らず、挙句その生贄に加担し一緒に逃げているような、この風変わりな魔物を。

 真実を知らねば、例え彼が両親の仇だとしても詰ることすらできない。行きついた先が例え憎悪という感情だとしても、ミリカは世間的に言う「魔物」という存在ではなく、今ここにいる「ラーイ」と正面から向き合うことを望む。

「我は我を知らない。我にはお前たち人間のように親と言う存在はない。気づいたら何処かの森にいて、いつからか人間に追われるようになった」

 ラーイは淡々と語る。

「何も覚えてはいない。日々は我の中に何も残さず過ぎ去っていく。普通の獣ではない我には仲間と言ったものもない。ただ一人、日ごとに世界の景色が流れていくのを見るだけ」

 木々が芽吹き育ちいずれは朽ち倒れ、寿命の儚い動物たちが生まれすくすくと育ち老いて死ぬ。世界の流れに置き去りにされたまま、時が移ろうのを見つめ続ける。どうせ彼を包む世界が激しく様変わりするわけではない。昔から人に有害と恐れられ、追われ、時には生贄を捧げてまで害をなしてくれるなよ、と願われる。

 彼を恐れなかったのはミリカだけだ。

「ミリカは、我を憎むか?」

「……まだ、あんたがやったって決まったわけじゃない」

「もしも我がそうだったら我を憎むか? 嫌いになるのか? 離れるのか?」

「……さぁね。と言うかそんなこと聞かれて答えると思う? 油断させて後ろから刺す気だったら答えないに決まっているじゃない」

「そしてまた独りになるのか。我も、貴様も」

「……」

 ラーイの言葉にミリカは沈黙した。

 独り。自分も、彼も。仲間もおらず森の中、魔物と忌み嫌われたまま。両親を失って縁もゆかりもない村に預けられ、厄介者として嫌われたまま。

「さぁね。先のことなんてわからないわ。とりあえずこの話は保留よ。だってまだ何が真実なのかわからないんだもの」

「ミリカ……」

「逆に聞くけれど、あんたはどうなの? あたしが、あんたが昔殺した人間の娘だったりしたら、あんたは何か感じるの」

「……!」

 一緒にいて初めてではないか。ラーイが動揺したのを見るのは。ミリカの問いに、これまで無表情だった赤い瞳が瞬き、揺れる。

「我は……」

 その瞳を見て知った。ミリカの肩から力が抜けた。

「……ああ、そうか。うん、そうよね。あんたは、そうだったわね」

「ミリカ?」

「そうよね……なら、いいの」

 人を殺すのも、人に追われるのも日常の内。それが魔物のラーイ。だが殺すという行為に何も感じないわけではないのだ。放っておいても噛み殺しても誰も止めないだろう生贄の娘たちを、わざわざ逃がしていたというこの魔物は。

「あんたがどんな魔物、どんな存在かなんてもういいわ。あんたはあんただもんね。うん、まだ全部は解決してないけど」

 真実を知りたい気持ちはある。両親を失った事件はミリカにとって全ての始まりだから、そこは理解しておきたい。けれどそれとラーイを憎むのはまた別の話だと思えた。

 全てを知ってから決めよう。知ってしまったら何か変わるのかも知れないけれど、何も変わらないかもしれない。

 簡単に変わるほど、一瞬一瞬の言動に責任を持たない生き方はしていないつもりだ。

「……ねぇ、信じているよ。ラーイ。あんたがあたしの嫌うようなことしてないって。アレク様が悪戯に嘘つくような人だとも思ってない。それでも」

「ミリカ」

 限りなく黒に近い相手を信じる。それは、愚かな期待かもしれない。けれど彼女にとって、何よりも重要な選択だった。

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