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青い魔物と赤い魔女  作者: 輝血鬼灯
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4.二人の追手

 雑踏の中を男二人が肩を並べあって歩く。実に慎ましくつまらない光景だ。

「ふん、なんで俺はこんなところであんたと祭りを見物してんだかな」

「それはこちらの台詞だ。エイザム殿」

「殿はいらんが。アレク殿」

 皮肉に唇を釣り上げてそう言うのは、アダル村のエイザムだ。彼と並んで歩いているのは、ミリカに会いに来た青年、アレクだった。

 村でミリカのことを聞いて動揺したアレクだったが、彼の本業は王都の魔物退治人である。かの魔物を退治すればミリカのことも取り戻せるのではないかと考えたのだが、その彼にエイザムが同行を申し出た。その目的は、

「村を襲った魔物を、村の女が操っていたなんて風聞を外に流されるわけにはいかない。――だから、俺があの女を殺す」

 だそうだ。できるならば魔物とミリカを引き離したいアレクの目的とは相対する。

 エイザムを村に帰したいアレクだが、ミリカと皮肉合戦で鍛えたエイザムに口では敵わない。結局お互い相手を見張りあい牽制しあいながらも、共に旅をすることとなった。

 アダル村の南にある大きめの街に辿り着いた二人は、ちょうどその夜開かれていた小さな祭りを見物するところだった。人通りの多いところであれば、対象を見つけやすいと考えたからだ。

 祭りと言っても地面に布を敷いて開いた露店が多く、出店しているのは普段は昼間に店を開けている食べ物屋が多い。そこに行商人が加わって、家庭では作れない色とりどりの珍しい菓子や玩具を売っている。

 しかしこれは一体何の祭りだろう。

街の人に祭りの由来など聞きながら、人込みの一人一人の顔を見分けるように目を凝らす。

「あの用心深いミリカがこんなところにわざわざ出てくるとはどうも思えないんだが」

「そうなのか?」

「ああ。あいつのことだからな。きっと人の裏の裏の裏の裏くらいは読もうとするに違いない」

「……それはすでに表だろう」

 エイザムの言葉に突っ込みつつ、アレクは周囲を見回す。

「とはいえ、俺は結局あの子と十二年会っていないわけだから、探すのは君頼りになる」

「相手の顔が見える距離なら探すってほど大層な作業じゃねぇよ。あんな派手な赤毛、滅多にいないだろ?」

 エイザムの言う通り、確かに赤毛の人間は少ない。それもミリカのような燃える炎の色をした髪色となると、滅多に見かけない。

 今街の中を見回してみても、多いのは大体黒髪や茶髪、紺に金、銀の頭だ。

 と――。

「マジかよ。嘘だろう」

 エイザムが忌々しげに呟いた。視線の先を追って、アレクも目を丸くする。

 少し離れた路地裏に入っていく二人組のうち、一人のフードの影から赤い髪が零れた。祭りの賑わいの向こうで、少しばかり挙動不審な二人組。

「追いかけてくる」

「え、おい、ちょっと待てよ!」

 エイザムの制止も聞かず、アレクは走り出した。


 ◆◆◆◆◆


「こんなところにのこのこと出てきて、見つかったらどうすんのよ」

「だが、欲しいものがあると言ったのはお前ではないか?」

「そうよ。でも今日がお祭りだと知っていたら出て来なかったわ。……まさか通行証を手に入れ損ねるなんてね」

 宵闇が降りてきたこんな時間に二人が歩いているのは、次の街に入るのに必要な通行証を手に入れ忘れたからだ。

「祭りと普段は違うのか?」

「ええ、まあね。……問題は今どの辺りまで噂が届いているかよね。最初に道に迷ってここまで着くのに結構かかっちゃったし」

 とはいえ目的のものだけ手に入れてすぐに宿に帰ればそうそう問題が起きることもないだろうとミリカは考えていた。始めのうちは。

 念のために用心棒代わりのラーイを引っ張ってきたが、そこでまず失敗したと感じた。初めて見る人間の祭りに、魔物は興味津々だ。目を離すとすぐにふらふらとそこらの露店を覗きこみはぐれそうになるのを引き戻すので一苦労だった。これならば宿に置いてきて一人で買い物に出た方が楽だったと思う。

「さっさと行くわよ。向こうは人が多くてこんでいるからこっちの道通るわよ」

「そこまで用心する必要があるのか? 相手は所詮ひ弱な人間だろう」

「あたしだってか弱い乙女なんだから当たり前でしょ。あたしは人の裏の裏の裏の裏くらいまで読むのが習慣になっているのよ」

「……それはすでに表ではないか?」

 律儀に指折り数えたラーイが首を傾げる。

 すでに目的のものは買い出したが、この人込みでは宿まで戻るのも一苦労だ。追っ手に対する用心などせずとも、人の少ない道を通って帰りたい。

 まだ喧騒の真っただ中に興味を失わない魔物を引きずり、ミリカが路地裏に入ろうとしたその時だった。

「待って!」

 後ろから腕をひったくられ、腰のあたりを攫われて、強制的に振り向かされた。触った位置が位置だったので、すわ痴漢かとミリカは腕を振り上げかける。

 だが、平手打ちをかます直前に目の前の相手を確認して息を呑んだ。

「あなたは……」

「やっぱり、君だね。十二年前の」

「あの時の……」

 十二年前。

 ミリカはアダル村近くのドーラの森で、両親共々事故に遭った。

 事故の詳しい内容は覚えていない。ただ、通りがかった少年が自分を助けてくれたことだけをよく覚えている。あれ以来つらい時には金髪に榛の瞳の少年を、幾度も幾度も頭の中で思い描いた。

 目の前には、夢の中の王子様がいる。当時十歳程の少年だった彼は今二十歳をいくつかすぎたところか、端正な顔立ちの美しい青年となっている。眩しい金髪も優しそうな榛の瞳も変わっていない。

「どうして、こんなところに……」

「それは――、……ッ!?」

 反射的なミリカの問いに答えかけた青年の動きが止まる。

「ラーイ!」

「この娘に近づくな」

 いつの間にかミリカの背後に立ったラーイが、彼女の肩越しにアレクの喉へと腕を突き付けていた。正確にはその指の先の鋭い爪を。

 刃物を持っているわけでもないのでいまいち決まらない構図だが、アレクは何事か感じたようで目つきを厳しくする。魔物であるラーイの身がその事実に当てはまるのかはともかく、爪は人体のうちで歯に次いで固い部分だ。鋭く尖らせれば人の首を切ることぐらいはできる。

「君は、その顔は――」

 常の無表情を今は不機嫌そうに歪めて爪で威嚇するラーイの顔を見て、アレクが驚く。それも当然、ラーイの顔は身にまとう色彩こそ違えど、アレクの顔を元にしているのだ。アレクの顔がさほど変わっていないのか、ミリカの記憶と想像が正確過ぎたのか、ラーイの今の顔立ちはアレクにそっくりだ。

「……やべ!」

 背中をラーイに支えられ、腕をアレクにとられたままミリカは小さく呟いた。

 ミリカにとって、目の前の青年はすでに夢の中の王子様のような存在だった。まさかこの辺りに来ることがあるとは思ってもいなかったので、本人と遭遇した時のことはまったく考えていなかったのだ。

「あ、あの! あたしに何か用ですか!」

「え? ええと、その……」

「なんだこ奴は」

「あんたは黙ってなさい」

 背後のラーイの足を踵で踏みつけた。

「むぅ」

 拗ねた声を上げてラーイがひとまず離れる。

「あの時の……あたしを助けてくれた方……ですよね」

「……ああ。あれから十二年も経ってしまったけれど、君は覚えていてくれたのか」

「忘れたことはありません! この十二年、ずっとあなたを――」

 いざ口にすると気持ちが溢れてきて言葉が詰まった。そんな場合ではないと知りながらも、慕わしさでミリカの胸はいっぱいになる。

「お名前を……聞いてもいいですか?」

「アレク。君は……ミリカ、だね」

「どうしてあたしの名を」

 問いかけると、アレクの表情が歪んだ。泣きだす前触れのようなその変化に、ミリカは嫌な予感を覚えた。アレクの瞳の中に、どこか詫びるような、憐れむような色がある。

「ミリカ」

 黙っていろという言いつけを破り、背後からラーイが呼びかけた。

「この男、お前の村の匂いがするぞ」

「!」

 その瞬間、ミリカはアレクを突き飛ばした。ラーイのことは警戒するがミリカが何かするとは思っていなかったアレクは、簡単に尻もちをついた。

「ま……待ってくれ!」

 ラーイがミリカの意を汲み、彼女の手を引いて走り出す。入り組んだ路地裏で、すぐにアレクは二人を見失った。

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