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青い魔物と赤い魔女  作者: 輝血鬼灯
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1.生贄の娘と魔物

 ぎゃあぎゃあとわめき声が降ってくる頭上の騒がしさに、彼はゆっくりと顔を上げた。青い毛の生えた首をめぐらし、四つの目を開く。暗闇の中で赤い瞳が輝いた。

 今日は三月に一度の生贄の日だったか、とまだ眠りが尾を引く重たげな頭で考えた。彼にとっては狭い穴からこの空間に降り注ぐ光はすでに白く、今が朝だと伝えている。

「うぎゃあああああ!」

 今回の生贄はなかなか強情らしく、穴倉の上ではいつまでも揉めていて誰も降りてくる気配がない。彼がそう思った瞬間、甲高いが妙に力強い悲鳴が近づいてきた。ずしゃああああ、どしゃり、と音を立て荒縄で芋虫のようにぐるぐる巻きにされた少女が落ちてくる。 どうやらこの声の主は、生贄を捧げる役目の村人から突き落とされたようだ。穴の高さは大の大人の身長の二倍程だが、少しだけ傾斜がついている。上手くそこを滑り降りるように落ちてきたので、大した怪我は負わないだろう。

 それがこれから森の魔物に喰わせる娘に対する村人たちの慈悲なのかどうか、彼にはわからない。魔物の巣穴に突き落とされたこの少女がどう感じているのかも。

 芋虫、もとい荒縄でぐるぐる巻きの少女にそっと手をかける。彼の鋭い爪に縄を切られた少女は、自由になった身体を起こし、頭上の穴から見える小さな空を仰いで思い切り叫んだ。

「畜生! このクソ野郎ども覚えてやがれ! ここから出たらまずあたしが真っ先にてめーらぶちのめしてやるかんな!」

 しっかり恨みに思っているようだ。

 彼は目の前にいる少女を改めて見つめた。今までこの穴に落とされた他の娘たちが泣くばかりだったのに対し、今毒舌を吐いた少女は恐ろしく生きがいい。それに綺麗だ。

 深さのある縦穴の底から大きくて長い横穴が伸びているこのねぐらは、村人にとって「魔物の巣穴」。

 魔物とは、見上げるほどの巨躯を持ち不気味な容貌をして人に害をなす怪しき生き物の総称だ。魔術師と呼ばれる闇の者が作りだした生き物もこの名で呼ばれ、その生態はほとんど知られてはおらず、ただ人間とも普通の動物とも一線を画した生き物だと言われている。古代では魔物の血を呑めば不老不死になると伝えられ、禁忌の存在とされていた。

 人々は魔物を恐れ忌み嫌う。この近くの村人たちはその害を避けるために三カ月に一度、生贄として若い娘を捧げている。そうして捧げられた女たちの中でも、目の前の少女が一番綺麗だ。

 ふわふわとした量の多い髪は夕暮れの空が燃えているような赤毛で、縦穴の天井から降ってくる光がきらきらとその周囲を彩っている。黄金の蜜を固めたような琥珀の瞳は闇の中にいる彼を見ようときつく眇められていた。粗末な身なりをし、肌は泥に汚れているのに惨めさなど少しも感じさせない。美しいが、気の強そうな娘だ、と彼は思った。

 少女は光の輪の中を動かないまま傲岸に腕を組み、彼へと声をかけてきた。

「で、何、あんたがここの魔物? あたしが生贄とやらに捧げられる対象ってわけ?」

 彼の体長に比べれば腕の半分もないようなちっぽけな娘はわざわざ顎を反らしてまで身体の大きさではなく態度で彼を見下してくる。

 先程彼が少女を見つめたように、少女もまた一歩彼に近づき、その姿を確認した。

「ふうん。青い毛に黒い耳、目は四つに口が二つのデカい犬か。面白い姿ね。まぁアンタから見れば目が二つに鼻も口も一つしかない人間なんて生き物の方が面白いか」

 少女が彼を見ても恐れなかったことにこそ彼は驚いた。これまで彼が姿を見せただけで恐慌状態に陥っていた娘たちしか知らない。

 ぱちぱちと四つの赤い目を瞬かせる。

『娘よ、我が恐ろしくないのか?』

 魔物は口が二つあり、その両方から声を発している。赤子のような甲高い声と、老人のようにしわがれた低い声が重なって聞こえる。

「あら喋れたの? 別にぃ、同じ人間だって酒に酔って子どもを殴るような、見るに堪えない奴はいるんだもの。デカい犬が何よ。あたしからすりゃ頭二つ分背の高い大男もアンタも似たようなもんよ。出会いがしらに皮肉ぶちかまさないだけエイザムよりマシだわ」

 彼にはエイザムというのが誰だかわからなかったが、それで一つ思い出した。そう言えば、まだこの少女の名を聞いていない。

『貴様の名はなんという?』

「ミリカ。あんたは?」

『我はラーイ』

「ふぅん。ラーイか。で、ラーイ。あんたあたしを食べるの?」

『我は貴様を食しはしない』

「へぇ。じゃあどうすんのよ」

『この穴の抜け道なら向こうにある。今までの女たちは皆そこから逃げた』

「はぁ?」

 彼が説明した途端、ミリカは頓狂な声をあげた。

「何それ」

『聞いての通りだ。抜け道は』 

「違うわよそうじゃなくて! あんた、今までの生贄全部受け取ってなかったの!?」

『差し出せと言った覚えはない』

「……そうね。生贄の取り決めって村の占い婆のお告げであって、森の魔物と直に話して聞いた覚えのある奴はいなかったわね」

 やれやれとミリカは溜息をついた。一気に体から力が抜けたようで、地面に胡坐をかいて座り込む。

「うわぁみんな馬鹿以外の何者でもないわ。生贄に相応しい“美しく清らかな乙女”とやらが品切れでとうとうあたしみたいなのまで引っ張り出してきたってのに、ざまぁねえわ」

 くく、と低い笑いをもらすミリカの表情は邪悪以外の何物でもない。せっかくの美少女面も台無しだ。

『……貴様は変わっているな』

「生贄受け取らない魔物に言われたくないわ」

『今までの女たちはとにかく我に怯えて泣くので扱いが難しかった。我に刃で切りつけてきたので、仕方なく殺した者もある』

「ふーん」

 村の同胞を殺したと聞かされたのにミリカの反応は薄い。

『あとの女たちは抜け道を通って森を出た。ここから東に行ったところにある村に向かったはずだ。その後は知らない。貴様もそこから行くがいい。うまくいけば既に逃げた女たちが手助けしてくれるだろう』

「あん? 無理無理。言ったでしょ、あたし村の厄介者なんだって。それに村ではいろいろやらかしたから、生贄の娘の幾人かはあたしを殺したいほど恨んでる人もいるだろうし」

 ……一体何をやらかしたのだろうか。

「厄介者は厄介に思われるようなことしてたってことよ。今更他人の手なんか借りないわ」

 そして何故かミリカはちろりと値踏みするようにラーイを見る。

「他“人”の手は借りないけれど、魔物の手は借りてもいいわね。あたし一人じゃ正直ここから抜け出すこともできないだろうし」

『貴様は我を利用する気か』

「あら、嫌なの? あたしの復讐がてら村人全員喰い殺しちゃえばって唆そうと思ったのに」

『我は無闇に人間を食す気はない』

「そういやぁ生贄を受け取らない魔物だったわね、あんた。話がわかるんだかわからないんだか」

 紅い唇をぺろりと舐め、妖艶に、そしてあくどく微笑んでミリカは再び口を開いた。

「取引をしない? 魔物ラーイ。あんたの望みは何かないの? あたしはあんたの望みを出来る限り叶えてあげる。その代わり、あんたはあたしの望みを叶えてよ。あたしをここから出して――あの村に復讐させて」

 少女は美しいその顔で、誰より邪悪に笑う。

 森の魔物はしばし考えてから口を開いた。

『ならば娘よ、我をここから連れ出せ。貴様の行くところに連れて行け。この穴の中はもう飽きた』

「よっしゃ。商談成立ね」

 ミリカはぱちりと指を鳴らす。

 この瞬間、世にもろくでもないタッグが完成したのである。


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