魔王が駆け落ちしたので後始末を押し付けられた妹殿下の話 その後
「第98次奪還隊、帰還!全員命はあるものの瀕死です!丸裸にされたうえに数人づつまとめて荒縄で亀甲縛りにされた挙句すがすがしい朝の首都のど真ん中に周囲に鞭と赤い蝋燭付きで転移させるというえげつなさです!!」
「………っ!命は取らない所は丸くなったけどお姫様と引き離そうとすると無駄に溢れる能力全開で抵抗しゃがるわね!しかも精神的社会的には殺しているも同じだし!負傷者の収容治療急いで!あと被害者の精神ケアは慎重かつ丁寧に!緘口令を引くことを忘れずに!対象の補足は続けてる?油断するとあいつはすぐに逃げるわよ!」
「シリル様!!人間領から姫の帰還要請と謝罪要求が再び来てます!!」
「ああ~~もう!奪還失敗した所にこれだ!文での抗議ね………三分待ちなさい!返事を書くわ!姫の帰還については安全確保と体調回復を待つように持っていって馬鹿兄貴から姫を奪還するまでの時間を稼がないと!」
「シリル様!魔界領の国々から貴国の魔王交代は本当か?という問い合わせが山のように来て対処が追いつきません!!」
「根性だしなさい!!とにかくあの馬鹿がアホな理由で魔王を投げ出したなんて公表なんぞしたら国の内外から恨みを買い捲っているうちなんてあっという間に侵略下克上革命されちゃうわ!人間領にも攻め込まれるかもしれないんだから魔界領には絶対に手をださせないで!!」
次々とあがってくる問題に妹君は平常なら鳩の血のような深い紅の瞳を徹夜を続けた所為で赤く充血させ、目の下に隈を作りながら部下に激を飛ばし、裁いていく。
目にも留まらぬ速さでペンを動かし人間領への文を書き上げたシリルはそれを部下に渡す。部下は風のようにそれを持って部屋を飛び出していったがそれを見送る暇もなくシリルの元へ次の問題が持ち込まれていた。
「あの馬鹿兄貴!なんでなんでなんで好き勝手問題勃発させた挙句に攫って来たお姫様に惚れて駆け落ち(本人が言っているだけで周囲は絶対に無理やり浚ったと思っている)なんぞしてんのよ~~~~~~~~~!!」
この魔界に王族として生を受けて数百年。無駄に能力が高く無駄に才能溢れていた兄は能力面だけでみれば魔王としてこれ以上にないほど適任だが性格面を見れば人も魔人も暇つぶしの駒。唯我独尊愉快犯的思考。上に立つ者としてこれ以上ないほど不適合であった。
えげつない。大人げない。慈悲なんぞない。
ないないづくしの男。それが魔王であり、認めたくないが兄であった。
兄に対する呪詛を呟きながら指示を飛ばす妹君。そして彼女をサポートする部下達。
忙しさと焦りが交差する執務室がその一報で地獄のような静けさをたたえた。
「に、人間領から報告!ゆ、勇者が選定されたそうです!!」
勇者。
その単語にその場にいた魔人が全員動きを止めた。息づかい所か心臓すら止めているのではないかと思うような静けさだった。
「………………情報は、確か?」
「……………」
間違っていてくれと願う全員の心情を代表して妹君が聞けば震えながら頷く部下。
再び誰も口を開けなくなった。
勇者。
それは魔人にとってはもっとも忌避すべき存在。
魔力と寿命という点では魔人の方が優れているが代わりに人間は神の祝福を受けている。それはもうあからさまなぐらい贔屓されている。
そして、魔人が人間に多大なる害を与えていると神に判断された場合勇者が選定される。
勇者とは神の代行であり、魔人からすれば仕置き人。
神や神の眷属である精霊からこれでもかと祝福され、力を与えられた勇者は魔人ですら叶わない。
容赦なくお仕置きされる。
だか、しかし、この場合該当の魔王はさっさと幸せライフを実現するために退陣し野に下っている。
侵略や内乱が怖いからこの情報は秘匿しているから勇者がやってくるのはもちろんこの城。
仕置きされるべき魔王はおらず、だが、仕置き人は来る。
だとしたら仕置きされるのは巻き込まれ尻拭いをし続けてきた私たち?
理不尽すぎるだろ、それ!
「「「………………魔王(様)のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
魔王城でがんばり続けた挙句のこの仕打ちにその場にいた全員が魂から魔王を罵った。