悪魔が天使になった
この小説は東北大震災と関わる点があります。抵抗のある方はご注意ください。
少女は教室から駆け出した。
机に書かれた「死ね」の文字、見るのさえ嫌だ。殴られてできた傷もそうだ。
廊下ですれちがう人たちの好奇の目。
彼女はただ走り、静かな場所にたどり着いた。
人が寄りつかない、ほこりだらけの物置き。
卒業生の残していったものが保管されている。作文や絵のコンクールの入賞作品などが置いてあり、資料室として一応解放されていた。
彼女はきしむ扉を開け、中に入った。
扉を閉めると、あたりは暗闇に包まれた。でも、なんだか安心できた気がする。
それと同時に、涙があふれてきた。
安心したはずなのに、涙が出る。
泣いているはずなのに、冷静になれている気がする。
「仕方ないよね」
顔は可愛くないし、特別勉強ができるわけでもない。転校したばっかりで友達もいない。
「死んだ方が、やっぱりみんなのためかな?」
クラスではいつもうっとうしがられているのだ。
「いや、そういうわけにはいかないなあ」
突然、声が聞こえた。
「誰?」
「んー。誰なんだろうなあ」
すると、目の前にポッと光が現れた。そこには、黒いブサイクな何かが飛んでいた。コウモリのような一対の翼と、カッパのような顔つき。長いしっぽの先は矢尻になっている。
「オレを描いたやつは、オレのことをアクマって言っていたなあ」
「描いた?」
「ああそうさ。オレを描いたやつは小学校一年生とやらで、読書感想画とかいうので描くことになったらしい。で、オレは描いたやつの願い通り、イジワルなんだ」
入賞作品から抜け出したのだろうか。たしかに、よく見ると悪魔はクレパス調ではみ出しや塗り残しがひどい。
「でも、なんでイジワルなのに、私に死んでもらうわけにはいかないって言うの?」
「え、きみは生きていることの方が辛いんだろう。だったらこのアクマ様にとってはきみを生かすことがイジワルになるんだ。さあさあ、今すぐ教室へ戻るんだな。まったく、おもしろいことになりそうだなあ」
彼女は、悪魔にペースをとられて資料室から締め出されそうになった。
「でも待って。それなら私の顔を綺麗にしてよ。そっちの方がいじめられるから、おもしろいよ」
もちろん嘘だ。
「んー。オレはそんなになんでもできるわけじゃないんだ。でもブサイクだといいことがあるんだぞ。例えばほら、見てくれよ」
悪魔が奥の方に飛んでいく。少女はそれを追って進んだ。悪魔が指差すのは、画用紙の裏にはりつけられた原稿用紙。汚い字でこう書かれていた。作品提出のために書くものだ。
『このはなしは、ぼくが大すきなあくまのはなしです。あくまはとってもイジワルでいつもわるさばかりしています。それをあらわすために、あくまのかおをクレヨンでぐちゃぐちゃにしてぬりました』
「ふふん。ブサイクだとイジワルがうまいんだ」
悪魔は威張って言った。
「さあ行った行った。おもしろい姿を見さしてよ」
少女は駆け出した。あの日の地震も、悪魔の贈り物かもしれない。
イジワルして、殺そうとしてくせに生きてみろよって。
彼女に今、希望があるわけではない。
むしろ絶望のふちに近いかもしれない。
天使に会って助けてやるって言われても、信じられないくらい。
でも悪魔にああ言われると、希望みたいなのを持つしかなくなる。
絶望に打ち勝たなくもいい。
希望をつかまなくたっていい。
別にそうしたところで特別いいことないでしょ。
希望に負けるくらいでいい。
簡単、でいい。
人間、悪魔ほど賢くないから。
御一読、ありがとうございました。
これは私自身が転校したときにあったトラブルをもとに、どう考えたらプラスになるかなぁと思いながら執筆しました。
うまく伝わったかどうかわかりませんが、この小説が何かの支えになったと言われれば望外の喜びです。
それでは。