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未練  作者: 紫苑
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第四話 親友

石山の家はかなり広かった――ここら辺で唯一の寺なので、広いといえば当然なのだが。2階建ての母屋の他に本堂。そして敷地いっぱいに広がる墓。何年か前に来たのが最後だったが、確か人1人がやっと通れるぐらいの通路しかないほど、ぎっしり墓が詰まっていたのを覚えている。

「こっちだぞ」

生きていれば服を引っ張られていただろう。石山は母屋の前で怪訝そうな顔をしながら、高志のほうを見ていた。

「わりい」

高志が自分のほうへ来たのを確認した石山は、ポケットから鍵を出し、静かにドアを開けた。スライド式のドアは音もなく開き、2人は中に入った。

暗くてよく分からないが、家の中もかなり広いようだということは、容易に想像出来た。2階にある石山の部屋に案内され、石山はベットに座り、高志は床に腰を下ろした。ベットと机しかない、質素な部屋だった。

「じゃあ、俺は寝るから。霊は疲れないから寝なくてもいいけど、この部屋から出るなよ」

時刻は3時になるところだった。石山の言う通り、普段の高志ならとっくに睡魔に襲われているはずなのに、体はピンピンしていた。

「お前んち、みんな“見える”んだ?」

「まあな。部屋から出たら成仏させないから」

何故石山がそれ程までに部屋の外に出るのを拒むのか分からなかったが、高志はとりあえず頷いた。


高志は結局一睡も出来ず、ぼけっとしているうちに夜が開けた。壁にかけてある時計が7時を回ったころ、誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。


「玄! いつまで寝てるの!」


高志が身構える間もなく、その人物は部屋の戸を盛大に開けた。


一瞬の沈黙。


恐らくというか絶対見えているのであろう。高志とその人物――見た目からして石山の母親か。は、がっちり目が合ったまま、お互い何も言わなかった。


「あー、それ俺の霊だから」


空気でそんな様子を察した石山は、布団に潜ったまま眠そうな声で言った。


「ふーん。そういえばこの子、あんたの同級生じゃなかったかしら?」

石山の母親は、高志をまじまじと見つめながら言った。

「ああ、そうだよ。しゃーないだろ、じーさんの命令なんだから」

石山は布団から出て、立ち上がっていた。ボサボサの髪の毛と、眠そうな目は不機嫌さを告げていた。


俺って“それ”呼ばわり? ってか、今こいつしゃーないって言ったよな。


固まってる高志を無視して、石山は部屋を出ていった――ただ出ていく直前「そこにいろよ」とは言われたが。


10分ぐらいしたころだろうか。ふいに部屋に入って来た石山は

「お客さんだよ」

といい、高志についてくるよう促した。

階段を降りると、家のものが居間にいるのだろう、食器が触れ合う音や話声が聞こえた――高志は何となく昨日の自分の家の光景と重ね合わせ、涙が出そうになった。


「客って?」

家を出た瞬間、高志は石山に聞いた。

石山はその問いにすぐには答えず、墓の方に歩き出した。

高志は怪訝に思いながら、少し墓の奥のほうへ進むと思わず「あっ…」と声をだした。


何度か行ったことがある自分の家の墓の手入れをしているのは、親友の山本将行だった。

「将行……」

高志は思わず呟いた。将行は桶を使って墓に水をかけていた。

しばらくその様子を見ていた高志。将行は水をかけ終わり、家から持って来たのであろう線香を立てると、その場に座り込んだ。

思えば今日は土曜日。将行は11月という受験前なのにも関わらず、自分の墓参りに来てくれたらしい。石山はいつの間にかいなくなっており、辺りは静まり返っていた。高志はそのまま将行の隣に座ると、将行はポツリポツリと呟くように言葉を発した。

「なあ、高志。そっちで元気にやってるか? 俺、大変だったんだぞ。お前の葬式で作文読まされるし、宮本さんは泣きついてくるし。あの様子じゃ、お前に惚れてたんだろうな。良かったな、おまえら両思いだったんじゃん……」

宮本さん――高志が好きだった女子。ふっくらした頬と二重で大きな目に、肩の辺りまであるストレートの髪。いつも教室で笑ってる顔を見ているだけで和まされていた。将行の幼馴染なのにも関わらず、高志は将行のように自然に話したことはなかった。

そんな宮本さんが俺に惚れてた? まさか。唖然としている高志の姿が見えない将行はまた言葉を続けた。

「なあ、みんな泣いてたぞ。涙流して泣いてたぞ。何で死んだりしたんだよ。約束したじゃんか、一緒に大学行くって。なあ、何でだよ、死ぬほどつらかったなら何で俺に相談してくれなかったんだよ。俺頼りないかもだけどさ、聞いてやることぐらいいくらでもしてやったのに……」

そう言った将行は泣いていた。膝を抱えて墓を見つめながら、大粒の涙を流していた。

「……ごめんな。俺が気づいやれば……俺が……声かけてやれば。高志苦労してたもんな……成績伸びてなかったもんな。俺さ、そのうち気晴らしに……カラオケにでも誘おうて思ってたんだ……何でもっと早く誘わなかったんだろ……何で気づいてやれなかったんだろ……ごめん。ホントごめん……」

途切れ途切れに発せられた言葉。将行は顔を上げてられなくなり、膝に顔をうずめていた。時々聞こえる嗚咽が号泣していることを伝えていた。


「ごめん……って、将行。何でお前が謝るんだよ。どう考えても俺が悪いよ」

そう言った高志も泣いていた。家族がどん底に陥ってるのをみても流れなかった涙。それが友人の言葉で、涙腺が壊れたかのように大量に流れ出した。


しばらく2人とも黙り込んでいた。2人の距離は1メートルとないのに、死んだ人間と生きてる人間との距離は遠く、決して触れ合うことも話し合うことも許されない。分かっていた。分かっていたが、謝りたい。将行に泣いて謝って、もう死んだりしないって言いたい。言いたいけど言えない――。

「俺は絶対忘れないよ。高志が好きだったこと、嫌いだったこと――松野高志っていう人間が存在してたこと。絶対忘れないから、安心して休めよ」

将行はもう泣いていなかった。真っ赤に腫らした目で高志の墓を見ながらそう言うと、将行はゆっくりその場を去って行った。



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