第二話 鎮魂師
飛び降りた直後、一瞬の衝撃の後、目の前が真っ暗になった。
ああ、死んだんだな。
高志は自分でも自分がかなり呑気なことを考えていることは分かっていた。が、ふいに自分の様子がおかしいことに気づいた。手や足の感覚があるのだ。
何だよこれ、俺死んだんだろ。何で感覚あるんだよ。つか、何で意識あるんだ。
高志はそう思いながら、恐る恐る目を開けた。が、目を開けた瞬間、かなり強力な懐中電灯を至近距離で当てられたかのような眩しさが、高志の目を襲った。
慌てて目を閉じようとするものの、体は動かない。先程まで力を入れれば動きそうだった手足も、まるで感覚がなくなっていた。
何だよこれ。
先程と同じ言葉が頭に浮かんだ。ただ先程より恐怖という感情が増していたのは確かだったが。
ふいに光が当たらなくなった。が、高志はしばらく目を開ける気にはならなかった。恐怖で開けられなかった。と言ったほうが正しいかもしれないが――。
「お帰りなさいませ」
「え?」
突然真上から声がした。高志は思わず裏返った声を上げたが、まず声を上げられることに驚いた。
恐怖など構わず目を開けると、自分の目の前に1人の人間がいるのが分かった。恐らくこの人が先程声をかけてきたのだろう。
「あんたは……石山?」
だんだん目が慣れて来て、周りの様子が見えてきたのと同時に目の前にいる人物の正体が分かった。
石山玄――高志の同級生だが高志は、というよりクラスの殆どがあまり話したことないはずだった。話せば普通だった気がするが、常に近寄りがたい大人びたオーラを放っているため、極力関わりたくなかった。
そんな石山が何故目の前にいる? 第一俺は死んだんだよ。
すっかり混乱してる高志を見た石山は軽く溜め息をつくと、口を開いた。
「始めに言っとくけど、松野。お前は死んだんだからな。今はお前が死んでから、一週間経ってる。現場検証も葬儀も全部終わってる」
先ほどの馬鹿丁寧な挨拶は同一人物から発せられた言葉なのだろうか。と思うほど淡々とした口調だった。が、高志は何も言えなかった。何と言っていいか分からなかった。やっぱ死んだんだよな、俺。
「まあ、分からんよな。とりあえず黙って聞いてろ。お前は自殺で死んだ。だからこの世に未練が残ってんだよ――」
「何だよそれ。俺未練なんかねえよ。何もねえから死んだんだぞ」
だんだん思考回路が回復してきたためか、高志は石山の説明に口を挟んだ。
「黙って聞けって言わなかったか? 仮に未練がなかったとしてもな。お前はこうして戻って来た――霊としてだけどな。俺はお前と話せるけど、普通の連中にはお前の姿すら見えないんだ。とにかく、俺らはお前みたいに成仏しきれなくて戻って来た霊を悪霊と呼んでる。ま、よくテレビでやってるやつだよ、心霊なんちゃらとか。この世にいる霊は全部悪霊ってことになるのかな」
石山はそこで言葉を切った。だが高志は何だか頭が痛くなって来た。悪霊? なんじゃそりゃ。死んだんだからほっといてくんねえかな。
何となく怒りのような感情が生まれて来たが、それを口に出すことはしなかった。と、石山はまた口を開いた。
「でな。俺はお前みたいな悪霊をちゃんと成仏させてやる役割持ってんだよ。てなわけで、お前が成仏するまで世話してやるから」
「は?」
「は? じゃなくて。聞いてただろ、悪霊ってのは危険なんだよ。ほっとけば人に害が出るもんなの」
先程まで淡々と話していた石山だったが、さすがにイラっと来たのが高志にも伝わって来た。
「俺さ、はっきり言って成仏とか分からんよ。頼むからほっといてくんね?」
なーにが成仏だ。馬鹿らし。そう思いながら高志は言った。
だがそれを聞いた石山は明らかに怒りを露わにしていた。
「お前な。ふざけてるん? 1人で生きてたとか思ってるのか? お前が勝手に死んで誰も泣かなかったとか思ってるのか?」
さすがに怒鳴りちらすまではいかなかったが、突きつけられた言葉は重々しかった。
「もう生きてくの嫌になったんだよ。どうしていいか分かんなくなったんだ。そんな状態で生きてて何の意味があったって言うんだ?」
高志は半泣きだった。本当にほっといて欲しかった。戻って来たくなんかなかった。
「お前の人生、意味とかそういうのだったのか……。まあ、いい。2・3日だけこっちで本当に死んで良かったか考えてみろよ。約束する、3日後には俺がお前を成仏させてやるよ」
「そんなこと出来るのか?」
何もかもなくすことが出来るなら何でもする。高志は本気でそう思っていた。
「俺みたいなの、鎮魂師って言うんだけど、弱い悪霊なら成仏させられるからよ。約束する」
多分こいつの約束は本当だろう。たった3日だ。その間だけ石山の言う通りにしてみよう。
高志はそう思っていた。




