第三話:打ち合わせとカレー
時計の針が十二時を指す頃──『だんてらいおん』の鴨野と寺井、それからマネージャーの竹林は百ヶ浜町の小さな喫茶店を訪れていた。革製の年季の入った椅子に座るその三人の真正面には、今回のイベントの発起人である若い女性が、この百ヶ浜の町長の娘である岸辺真波が居たため、鴨野と寺井は内心可愛いなと思っていた。
ただし、そのことは竹林には筒抜けだった模様。
そして、三人の前にゴロッとしたタコの身が入ったドライカレーが提供されたのと同時に、真波はニコニコと笑いながらこう言った。
「わざわざ遠いところから来てくださり、本当にありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ.......」
お互いにペコリと頭を下げつつ、そう言葉を交わす二人。それを見た鴨野と寺井は彼女が竹林と同じく真面目な部類の女性だと思ったのか、彼女達に釣られるように頭を下げていた。
そして、そのまま視線はカレーの匂いが漂うタコ入りドライカレーに移ったからか、思わずゴクリと喉を鳴らしていたのは言うまでもない。
「このタコカレー飯は、百ヶ浜の新しい名物として町おこし協会と町のみんなで開発したモノなんです。なので、今後のために厳しい意見を下さると助かります」
「え、食べて良いんか?」
「はい、もちろんです」
彼女がそう言った瞬間、待ってましたとばかりにタコカレー飯を食べる寺井。その光景を見た鴨野は元気だなとボヤいた後、彼に続くようにその味に舌鼓を打っていた。
竹林も竹林でタコカレー飯の味が気に入ったのか、その顔には美味しそうに食事を楽しむ表情が映っていたため、当たり前だが真波が嬉しそうにしていた。
「何やこれ!?忖度無しで美味いわ!!」
「あぁ!!タコとカレーって合うんやなぁ.......」
そして、三人がある程度タコカレー飯を食べ進めていた時、真波はその顔に微笑ましそうな笑顔を浮かべながら、彼らに向けてこう言った。
「私、嬉しいんです。まさか、『だんてらいおん』のお二人が百ヶ浜マリンフェスティバルに参加してくれるとは思ってもいなくて.......」
「まぁ、それが俺らの仕事やからな」
「そうそう、僕らは夢と希望と笑いを運ぶサンタクロースやからな」
鴨野と寺井がそう言った瞬間、その心地よいテンポの会話に対して真波の思わず吹き出してしまったのか、人目を気にせずにクスクスと笑っていた。そんな彼女を見た二人はやり切ったとばかりの顔になっていて、その二人に対して竹林は相変わらずだなという反応になっていた。
「ちなみに、真波ちゃんはどこで俺らを知ったんや?」
「えっと....五年前にたまたま東京に行く機会があったので、その時に生漫才を見てファンになったんです!!」
「マジでか」
「五年前って言ったら、ガチで売れてない時期だった頃やな」
しみじみと昔のことを思い出しながら、そう呟く二人。その二人を見た竹林はマネージャーとして感慨深くなったのか、鴨野と寺井と同じように昔の思い出に浸っていた。
その顔を見た真波はフフッと笑っており、その顔を見た鴨野は何となく彼女がガチのファンであることを理解したのか、タコカレー飯を食べながらやる気をチャージしていた。
その空気をぶった斬るように寺井はふとした疑問を彼女にぶつけていた。
「そういや、この町って鳥居リゾートのホテルでも建つんか?」
寺井がそう言った瞬間、店内の空気が少しだけピリついた感覚になった鴨野はヤバいと感じたのか、彼に対して片足を踏む形でやめろとばかりに警告するが、そんなことを知ってか知らずか真波は顔に苦笑いを浮かべるとこう言った。
「えぇ、と言っても....全ての人達に受け入れられているわけじゃないんですけどね」
彼女がそう言うところ、二人はあの看板の存在を思い出したのか、何となくこの町の事情を把握するかのような感覚になっていた。
真波によれば、鳥居リゾートの社長が新たなリゾート開発をするにあたり、その場所を探していることを知った彼女は一か八かでアポを取ったところ、何とその社長から直々に連絡が来たため、今に至るのだと語った。ただ、それが結果としてこうなるとは思ってもいなかったようで、その顔には複雑そうな表情が映っていた。
「こうなることが起こることは分かっていました。分かってはいたんですけども....私は、生まれ育ったこのモモハマの町をこのまま終わらせたくないんです」
「だから、俺達に反対派の人と賛成派の人の架け橋になれってわけやな?」
真波のその言葉に対し、何となく言いたいことを察した様子でそう言う鴨野。その気持ちは寺井も同じだったようで、その話を聞くためにタコカレー飯を食べる手を止めていた。
そんな二人を見た竹林はタコカレー飯を米粒一つ残さずに完食すると、真波に変わって人数分の食後のアイスコーヒーを注文していた。
なお、鴨野はコーヒーが飲めないと言う理由でレモンスカッシュを注文していた模様。
「.....私、お二人のライブを見た時にこう思ったんです。お笑いの力って凄いんだなぁって。だからこそ、『だんてらいおん』の力を借りたいんです!!」
故郷の町に対する愛が強いからか、そう力強く語る彼女の姿を見た鴨野と寺井は、その熱意を受け入れることにしたのか....レモンスカッシュとアイスコーヒーを飲みながらこう言った。
「つまりアレかいな?笑いで世界を救うってことかいな?」
「正確に言えば、笑いで百ヶ浜を救うじゃないんか?」
相変わらずな軽快な様子で軽めな漫才をする形で返答する二人に対し、真波は『だんてらいおん』が本格的にイベントに参加する意向があると思ったのか、その顔には嬉しそうな表情が浮かんでいた。
ちょうどその時、喫茶店のドアベルの音が鳴り響いたのと同時に、店内に入ってきたのは──如何にも遊んでます的な雰囲気を醸し出していた男であった。真波がその男の顔を見た瞬間、ほんの少しだけ顔色を変えていた。
鴨野はその僅かな変化に気づいていたのだが、個人の事情だからなという理由であえて触れてはいなかった。
「崇くん!!」
「あれ?真波ちゃん?」
何やら知り合いらしげな言い方な二人に対し、芸人としてのサガなのかは分からないが、その会話を盗み聞きする鴨野と寺井。当然ながら、鴨野達の行為に対して竹林が注意したのは仕方ないことであった。
「また動画撮影の準備でもしてるの?」
「あぁ、今回のはかなり面白くなりそうだから乞うご期待ってやつだな」
そんな会話をした後、男は鴨野達が座る席から離れた席に座ったのだが──その話の内容が気になった鴨野は、レモンスカッシュを一気飲みした直後にこう尋ねていた。
「なぁ真波ちゃん、あの人は誰なんや?」
「あ、崇くんのことですか?
「崇くん?」
「はい。崇くんは私の高校時代の同級生で、今は一緒に町おこしをする仲間なんです。あと、今は動画投稿もやってるみたいですよ」
「へぇ、そうなんか」
そう呟いた後、チャラそうな男やなと声を漏らす寺井とそれを注意する竹林を尻目に、鴨野はどうしても彼の言っていた"面白そうな動画"という言葉が気になったのか、後で動画を探そうかなと思いながらもその姿を目で追っていたのだった。




