第二話:百ヶ浜
新幹線と電車で揺られながら移動すること数時間後、"百ヶ浜駅"と書かれた小さな駅に辿り着いた三人──もとい、鴨野と寺井とマネージャーの竹林は駅から見える美しい群青色の海に見惚れていた。
少なくとも、ほんの数秒前は。
「....何やこれ」
太陽光によってキラキラと輝く青々とした海の背景に、"リゾート開発反対!"と掲げられた看板の数々が並び立てられていたため、その光景に二人は呆然としていた。ついでに言えば、さっきまでの感動の感情の余韻が一瞬のうちに消えたのは言うまでもない。
「見たところ、何かしらの反対活動って感じですね」
「んなもん、見れば分かるやろ」
「にしてはあからさまやな」
呆れの感情を顔に出しつつもそう呟く寺井を尻目に、とりあえずキョロキョロと周りを見渡す鴨野。
芸人としての勘が働いたようのか、それともツッコミ役としての感覚の鋭さが光ったのかは分からないが、ともかく鴨野は胸の中が騒つくような感覚を感じ取っていた。それは相方である寺井も同じだったようで、どう見ても"普通の海辺の町"とは違うような雰囲気を出すこの町に対し、少しだけ違和感を抱いていた。
竹林も竹林でこの町で何かが起こっていることを理解していたのだが、それでも自分達の仕事とは関係ないと割り切ることにしたのか、駅の近くに停まっていたタクシーを拾う形で旅館へと向かうことになり、鴨野と寺井はタクシーの車窓越しに百ヶ浜の光景を眺めていた。
どこにでもありそうな小さな町だけども、町の所々に置かれたリゾート開発を反対するかのような看板により、僅かながら醸し出される不穏な空気。
その空気に耐えかねたのか、あるいは興味本位だったのかは定かではないが、ともかくタクシーの運転手は鴨野達に向けてこう言った。
「お客さん達、観光目的でここに来たのかい?」
「あ〜、いや、その、自分探しの旅に.......」
「行ってるわけないやろ。そこはちゃんと芸人としての営業の仕事で来たって言えや」
「サーセン」
タクシーの運転手の質問に対し、芸人らしくおちゃらけつつも軽快に応える鴨野と寺井。それを聞いた竹林はもちろんのこと、タクシーの運転手もまたクスッと笑っていたため、二人は嬉しそうにガッツポーズをしていた。
そして、良いネタを見れたとばかりに笑ったタクシーの運転手は三人に対し、物腰柔らかな雰囲気で話を続けるかのようにこんなことを言った。
「もしかして、マリンフェスティバルに参加するためにこの町に?」
「まぁ、そんなとこやな」
光が反射してキラキラと輝く海をタクシーの車窓越しに見つめながら、そうだとばかりに答える寺井。それを聞いたタクシーの運転手はそうなのかとばかりの顔になると、その言葉に続けてこうも言った。
「へぇ〜。てことは、真波ちゃん達の宣伝が身を結んだってわけか」
「「真波ちゃん?」」
タクシーの運転手の言葉に対し、分かりやすく声を被せながらそう呟く二人。
その二人を見た竹林は呆れたような顔になると、鴨野と寺井に対してやれやれという様子でこう言った。
「前に話した『だんてらいおん』のファンで百ヶ浜の町長の娘さんのことですよ」
「「あ〜」」
記憶の片隅に放り込んでいた記憶を思い出したのか、顔を見合わせながらそう呟く二人。その二人を見た竹林はやれやれと言う顔になっていたが、一連の流れを聞いていたタクシーの運転手は苦笑いしつつも話を続けていた。
「真波ちゃんはこの町のことを誰よりも愛していてね、だからこの町にためにって理由で鳥居リゾートとの話し合いを進めているんだよ。まぁ、それが原因でだいぶピリついてはいるんだけど」
タクシーの運転手の話を聞き、何となく町に漂う不穏な空気の正体を察する二人。鴨野に至ってはどうりで看板があちらこちらにあるワケだと思ったようで、その言葉に耳を傾けつつも町中に置かれている看板をジッと見つめていた。
そんな鴨野を知ってか知らずか、寺井はタクシーの運転手に対してこんなことを尋ねていた。
「じゃあ、あの看板って.......」
「反対派が勝手に付けたやつだよ。おかげで観光客も少なくなるから、賛成派の人達との対立は深まっていくばかりなんだよ」
傍迷惑とばかりにそうバッサリと言い切るタクシーの運転手に対し、再び顔を見合わせる『だんてらいおん』の二人。ただし、さっきとは違って今回はマジかよという表情を顔を浮かべていたのは仕方のないことだった。
そして、二人はこんな田舎町でドラマみたいなことが起きるんだなと思ったのか、ただただその問題が平和的に解決できれば良いのになと内心ボヤいていた。
やがて、町中をタクシーは進んでいき──辿り着いたのは"鯨田旅館"という看板が目印の旅館であった。
「おっちゃん、ここまでありがとな」
「おぅ!!観光場所のことならいつでも聞いてこいよ!!」
「え、良いんか?なら、綺麗な姉さんがいるところでも」
「ダメに決まってるでしょう!!」
そんな会話を経て、旅館へと足を踏み入れた三人だったが....そこは昔ながらの空気が漂う旅館であったため、鴨野と寺井はほんの少しだけホッとしたような様子になっていた。
そして、そんな鴨野達を出迎えたのはエプロン姿の若い女性で、その女性を見た寺井がべっぴんさんと思わず口を溢したため、それに対して鴨野がチョークスリーパーを掛けたのだった。
「イデデデデ!?何するんや!!」
「コンプライアンス対策!!や!!」
「お、お騒がしてすみません!!」
「いえいえ、むしろこのぐらい騒がしい方が良いですよ」
申し訳なさそうな竹林に対し、そう言葉を返す女性。彼女は自身のことを鯨田美雨と名乗った後、そのまま鴨野達を部屋に案内したのだが
「「おぉ〜!!」」
窓からの眺めが良いその部屋を二人が気に入ったのは言うまでもない。
「確かにこんなに眺めが良いのなら、リゾート開発されてもおかしくはないっちゅうわけか」
窓からの眺めに感動しつつ、そう声を漏らす寺井。その顔には、仕事絡みとはいえこの町に来て良かったと思っているような言い方だったため、鴨野はその言葉に同意しつつも一つの疑問を口から溢していた。
「にしても、鳥居リゾートってあれやろ?今結構人気のホテルとかを手掛けてるあの会社やろ?」
「あぁ、そういえばそうやったな」
「いくら海が綺麗とは言え、この町でリゾート開発するなんて大胆なことをするなぁ」
「それは俺も思った」
どうしてそんなことをするのだろう?と言う疑問を抱きつつも、二人はイベントの打ち合わせのために竹林と共に一旦旅館を後にしていた。
──その胸の中に、どうにも拭いきれない違和感を抱いたまま。




