第一話:だんてらいおん
この世知辛い世の中において、お笑い芸人として生きていけるのはほんの一握りの存在である。
いくらネタやコントが良かったからと言っても、それで売れるとは限らない。いくら言葉選びの才能があったとしても、その才能にスポットライトが浴びるとは限らない。
芸能界とは、まさしく夢と希望で食べていくには非常に厳しい世界と言っても過言ではなかった。
誰かに憧れたとしても、その輝きに手を伸ばすことも触れることも叶わぬまま、その道を自ら引き返す者が居るのもまた事実。
芸歴12年のお笑いコンビである『だんてらいおん』こと鴨野幸太郎と寺井亮もまた、そんな芸人達の背中を何度も見送った経験のある芸人の一人であった。
酸いも甘いも努力も挫折も何もかも経験した二人は、今や売れっ子と言う程に売れた──ワケではなく、かと言ってあまり売れないと言うワケでもない。言うなれば、世間一般的に言うところのそこそこ売れている方の芸人であったため、今の彼らの現状は少しずつだが売れていると言っても過言ではない状況だった。
けれども、鴨野も寺井も売れない時期を経ているからか、マネージャー経由で獲得した仕事に対しては全力でこなしており、それが結果として新しい仕事に繋がる──ということはごくごく稀なことで、今のところはレギュラー番組ですら持っていないのが現状であった。
少なくとも、そのマネージャーである竹林経由でとある仕事がもたらされるまでは。
「つまり、今回は百ヶ浜っていう町のお祭りで漫才をするのが俺らの仕事ってワケやな」
タバコの匂いが染みついた芸能事務所の一室にて、仕事についての話し合いを何故か仕切る形で進めていく鴨野。その隣に座っている寺井は寺井でイベントの司会進行とあってか、興味津々な顔になっていた。
それもそのはずで、何しろ二人での営業やテレビの仕事はあれども、小さな町のイベントに漫才をする側として参加するのは初めてだったようで、その顔には楽しげな表情が浮かんでいた。
どんな仕事あれ、自分達の下にやって来た仕事はガムシャラに頑張る。それが二人が芸人として頑張る際に出した目標であるため、当たり前だがその仕事に対してやる気でいたのは言うまでもない。
「はい。ちなみにそのイベントは今年初めて行われるイベントだそうです」
マネージャーの竹林がそんなことを言った瞬間、思わずへぇと声を漏らす二人。彼女曰く、百ヶ浜という町は海に面した小さな町であるためか、その収入源として観光客を誘致する目的で祭りが行われるとのことで、その話を聞いた鴨野と寺井はますます面白そうとばかりの反応になっていた。
「はぇ〜、そうなんや」
「初イベでの営業って、逆に緊張すんなぁ」
彼女の話を聞き、二人は思わずそんなことを呟いた後、その竹林本人から祭りのチラシを受け取っていた。その祭りのチラシには、『百ヶ浜マリンフェスティバル』と書かれており、楽しそうな催し物についてのことが並べられるように書いていた。
このチラシに対し、鴨野と寺井は百ヶ浜という町の名前を初めて知ったようで、こんな町があるのかとボヤいていたのに対し、竹林は田舎町ですからねと苦笑いをしていた。なお、それを聞いた二人は何となく町おこしをイメージをしたのか、何となく納得していたのだった。
「イベントと言っても、実際のところは百ヶ浜の人達の出し物大会とかのステージの演目の一つみたいなので、そこまで緊張しなくても大丈夫だと思いますよ」
「えらいフランクなイベントやなぁ。本当に俺らで大丈夫なんか?」
「はい、何でもイベントの実行委員で町長の娘さんが『だんてらいおん』のファンらしくって.......」
「「マジでか」」
竹林がそう言った瞬間、思わず予想外だとばかりに声を合わせる二人。
そして、彼らは自分達のファンならば尚更この仕事を引き受けようと思ったようで、その顔には今回の仕事に対する意欲が見られたため、マネージャーの竹林はその反応を見てホッとした反応を見せたのは言うまでもない。
レギュラー番組ですら持たないお笑い芸人である彼らにとって、地方での仕事はとても重要な仕事の一つであり、地道ではあるがファンを増やす確実な方法であるため、その顔にはやってやるという表情になっていたのは言うまでもないことであった。
「地方営業は久々やけど、こうして仕事が貰えるようになったってことやな」
「あぁ、そうやなぁ」
小さな町の町おこしのイベントとは言え、仕事と言えば仕事なのでその仕事を頑張る覚悟を決めたのか、チラシをテーブルに置きながらそう言う二人。それはまるで、今の自分達の状況を感謝しているかのような雰囲気で、二人を売れない時代から見守っていた竹林もまた微笑ましい空気に包まれていた。
「にしても、こんなにも綺麗な海が見える町があるなんてなぁ」
「誇張しているとは言え、〈瑠璃の海〉って謳い文句もええなぁ」
「実際、百ヶ浜の海はとても綺麗らしいですよ」
涼しいクーラーの風に当たりつつも、百ヶ浜という町に想いを馳せる鴨野と寺井を尻目に、仕事が決まったからか一安心する竹林。
その上で、二人は海辺の田舎町のイベントの営業とあってか、どんな海産物が美味しいのかと話し合っていたため、その光景を見た竹林はやれやれという顔になっていた。
最も、二人と竹林は知らなかったのだが....その町で殺人事件が起こるとは今の彼らが想像しているはずもなく、今はただ海が綺麗という話を聞いたのもあってか、海産物とイベントについての話で盛り上がっていたのだった。




